「感動したことはなんといってもあなたの歌ですよ」キリエのうた 唐揚げさんの映画レビュー(感想・評価)
感動したことはなんといってもあなたの歌ですよ
歌は歌えるが上手く声が出せない路上ミュージシャンのキリエは奇抜な服装の女性イッコと出会い、マネージャーとなったイッコの元、話題の路上ミュージシャンとして有名になっていく。
そんな彼女には悲しい過去があった。
運命に翻弄された4人の男女の13年に及ぶ群像劇。
私の愛が溢れるばかりにめちゃくちゃ長文Love Letterになってしまっているから覚悟しな!
敬愛する岩井俊二監督最新作だったが、最近は映画への熱も以前ほどではないため、公開前に期待値を上げるということはしなかった(その方が映画を楽しめるし)。
予告もほとんど見なかったし、アイナ・ジ・エンドがキリエとして色々な場所で楽曲を披露していてもなるべく観ないようにした。
そうして臨んだ3時間の岩井トリップ。
鑑賞直後「ありがとう」その言葉しか出てこない。
もうね、いいですか語彙力を失いますよ。
はい、はい、はい。大きく頷いて深呼吸。
余韻を噛み締めながら帰途に着いた。
それからレビューを書くためにも思いを巡らせて、気付けばキリエの楽曲を聴きつつ常に映画のことを考える毎日。
鑑賞から3日経ってようやくちゃんと言葉に残すけれど、とりあえず言いたいのは岩井美学の最高傑作だということ。
好きな映画って語りたいけど語りたくない、語る必要もないとさえ感じる。
とりあえず観ろ!(語るけど。)
他の人のレビューとかもざっと観ていると賛否両論あることが分かる。
そりゃあって当たり前。賛否あるための映画だから。
だってこれはリリイ・シュシュじゃないか。
賛の意見はもちろんだが、否の意見も物凄くよく分かる。
特にレイプシーンやラストシーンへの言及なんかが多い。
評価をしてくれていることだけでも感謝したい。
そもそも今作は評価されなくていい。
もちろん評価されてもいい。
何を言っているんだ。
まあ、ともかく評価云々の前に映画として存在してくれたことに意味があると思う。
冒頭で岩井美学の最高傑作と述べた。
だが、岩井映画の最高傑作だとは思わない。
それぞれの心に残る岩井映画はそれぞれ違うだろうけど、正直この作品が1番っていう人はあんまり多くないんじゃないかな?
この映画は岩井俊二30年の歴史の集大成だ。
打ち上げ花火であり、Love Letterであり、スワロウテイルであり、四月物語であり、リリイ・シュシュであり、花とアリスであり、リップヴァンウィンクルであり、ラストレターなのだ。
過去作品のセルフオマージュがあちこちに散らばっている。
そして新たな一面も見ることができる。
さらに、未来への可能性も秘めている。
どこまで進化してくれるのか分からないが、この映画が全身を使って岩井俊二のすべてを体現している。
これは岩井俊二の人生そのものと言っても過言ではないかもしれない。
2011年〜2018年〜2023年。
宮城→大阪→北海道→東京。
時間と場所を移して、キリエ(路花)を中心に登場人物のそれぞれの人生が交差するように描かれる群像劇。
原罪を背負った彼女たちは運命に翻弄される。
ある時には運命に導かれて出会い、またある時には運命に見放され引き裂かれる。
自分はキリスト教には詳しくはないが、ルカ、キリエといった名前から分かる通り、根底にあるキリスト教的観念が物語に大きな厚みを持たせているように感じた。
キリエの物語、それは幻想的なファンタジーのように始まるが、現実は残酷に無情に彼女たちへ襲いかかる。
ただその中で歌だけが救いであり、その歌声はどこまでも純粋で真っ直ぐ。彼女の歌こそが福音なのだ。
「キリエ」という言葉は「主よ」という意味のギリシア語らしい。
十字架を背負い、苦しみに耐えながら、希望を込めた歌で人々に光を与えていく。
キリエを名乗り歌うことは、希から路花に与えられた使命なのかもしれない。
これはあくまでもファンタジーだ。
いや、ファンタジーであってくれなければ困る。
それでも何故他人事のように感じられないのかといえば震災を扱っているからであろう。
現代日本人の悲しみの記憶、その最たるものが東北の震災だ。
現在でもあの震災で味わった傷は癒えないし、直接失ったものがあるわけではない自分でさえも、このテーマはタブーにしたいほど辛い。
そんな取り扱いにくいテーマを今作は長尺でしっかりと描ききってくれた。
レイプシーンもそうだが、昨今ではこういった描写を配慮から注意書きをした上で曖昧にすることも多い。
しかし、今作は長尺で描いているのがかなり印象的だ。
批判はあって当然。
ただ、真正面から敢えてヒール役に徹してまで描くこと、それは御涙頂戴ではない。
特に、宮城県出身の岩井俊二監督は非被災者の中では人一倍震災への想いが強いと思う。
だからこそ、あのシーンには命が宿っている。
恐ろしかったし、苦しかった。
生半可なものではない。犠牲となった方々、そして未だ見つからない方々への最大限の鎮魂を込めて。
この映画の最大の功労者、アイナ・ジ・エンド。
後述するが本当にどの役者も素晴らしかった。
ただ、この作品はアイナがキリエをやってこその映画だと思う。
アイナ・ジ・エンドを初めて知ったのはドラマ『死にたい夜にかぎって』の同名エンディング曲。
天才だと思った。
それから少し聴くようになって、BiSHは未だに詳しくないけれど彼女の存在は割と前から知っていた。
自分の悪い特徴の一つで世間的に知名度上がると離れてしまうのだが、アイナの歌のヤバさはそんなこんなで有名になってしまったので少し離れていた。
そんな時にやって来たのがこの『キリエのうた』だった。
何故なのかは本当に説明できないけれど、彼女の唯一無二の歌声を聴くと胸が締め付けられ自然と涙が滲み出る。
今回の悲しみのような、はたまた喜びのような、魂の叫びにも似たキリエの歌声に適した人物なんて彼女以外考えられない。
Chara、Salyuの系譜を継ぎ、新たな岩井映画のミューズに選ばれたアイナ・ジ・エンド。
引き込まれるような演技力も含め、正真正銘のアーティストなのだと実感し、さらに興味が湧いた。
本当に無駄がないのよ。
映画的な側面もそうだが、役者が総じて本当に素晴らしい。
広瀬すずと気付けないほど(衣装のせいではなく)登場シーンからイッコそのものだった広瀬すずの俳優魂。
真緒里もしっかり演じ分けていたし、何より25歳であの制服の違和感のなさは流石としか言いようがない。
それから、松村北斗の適応力。
とても現役アイドルとは思えない俳優としての貫禄。
実力派若手俳優と言っても全く驚かない。
黒木華の安心感、村上虹郎の透明感、松浦裕也のキモさ、笠原秀幸のいい意味での浮き加減……etc
褒め出したらキリェがない。
七尾旅人や安藤裕子、大塚愛に石井竜也といったアーティストの積極的な起用も作品に間違いなくプラスに働いている。
そして、ルカの幼少期イワンを演じた矢山花がとにかく素晴らしかった。
教会で天井を仰ぐシーンでの彼女の目は1番印象に残っているかもしれない。
ただ一点だけ。
粗品は粗品すぎた。まあ、苦しい世界でちょっと浮いてるキャラも必要かもしれないが……
この作品への想いはまだまだ書ききれないが、ひとまずこれくらいにしておく。
3時間だからとか賛否分かれてるからとかで避けている人がいたら騙されたと思って劇場へ行って欲しい。
とにかくあっという間だし、どんな感想を持つかは分からないがとんでもない映画であることは間違いない。
岩井俊二の作品を映画館で観る体験を是非して欲しい。
って言っても、もしここまで読んでくれている人がいたら多分鑑賞済みだと思うけど。
上映しているうちにまた観に行きたい。
いやこれはもう一度観に行かないとダメだ。
今年のベストはほぼ間違いない。
あと1ヶ月でこの感動を上回ることは難しいだろう。