「なまめかしく、繊細で、そして強い」青いカフタンの仕立て屋 マツドンさんの映画レビュー(感想・評価)
なまめかしく、繊細で、そして強い
ミカンの薄い内果皮を丁寧にむいて、病に伏せるミナに食べさせる。「甘いだろ」「とても甘い」2人が確認し合う。そして、ハリルがミナの口元を優しく拭く。たったそれだけを、丁寧に描写するんです。それだけにすぎないのに、どこかなまめかしい。
モロッコの光と陰が、なまめかしさを生み出すのでしょうか。マリヤム・トゥザニ監督の映像には、しかし、いやらしさはない。些細な描写が美しい。
例えば、ハリルが自分の店に出勤するために、ひとり歩く。直線の道を向こうから、ただ歩く。そのシーンが、そこそこの長回しなんです。特別なことは何もないのに。歩みは孤独です。
最後のシーン。カフェの男たちが映し出される。カメラをゆっくり振って、どこに行きつくのか、と疑問が湧いてくる頃、ようやくハリルとユーセフを見つけたように映し出す。特別な存在ではない、普通のふたり。
映像のそこここに、トゥザニ監督の繊細で丁寧な感性がにじみ出るのです。相反するように、彼女の描く女性は、強くたくましい。個人の生き方を抑圧するイスラム社会にあって、自分を押し殺すことがない。
と同時に、モロッコの文化の美しさが描かれる。それらの矛盾しているかのような描写は、彼女の中で整合しているのでしょう。
考えてみれば、『モロッコ、彼女たちの朝』『青いカフタンの仕立て屋』でも、モロッコの伝統的なパン、伝統的な衣装を生み出す職人の家庭に、外部から違う物をもった若者が舞い込んでくる。モロッコの文化を愛しながら、個人の解放を願わずにはいられない。トゥザニ監督の描くテーマは、ぶれることなく一貫しているようです。
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