「余命短い妻は、死の直前まで仕立て屋の妻として、自分らしく生き抜いた」青いカフタンの仕立て屋 ゆみありさんの映画レビュー(感想・評価)
余命短い妻は、死の直前まで仕立て屋の妻として、自分らしく生き抜いた
美しい青いカフタン。街の有力者の妻から注文を受け、仕立て屋の夫(ハリム)は青いカフタンに金色の豪華な刺繍を施す。注文主に仕上がりが遅いとクレームをつけられた時、妻(ミナ)は夫がどれだけ端正込めて作業をしているのかを説明するが、理解してもらえず、早い仕上げをさらに要求してくる注文主に妻は激怒する。その刺繍に関しては夫と若い使用人ユセフとの共同作業によるものだった。
死期を悟っている妻の心は病を抱えながらも生気に満ち溢れている。夫(ハリム)の性癖(同性愛)も解ったうえで、夫を心から愛し信頼している。話の中心はこの仕立て屋夫婦と若い使用人(ユセフ)との三角関係なのだが、話は少しも険悪にはならない。妻(ミナ)もユセフもできた人なのだ(妻の夫への愛は深い)。店の商品であるピンクの生地がなくなってしまった時、妻は使用人のユセフに疑いの目を向ける。これは妻の心の葛藤と苦悩の現れと僕は理解したが、ユセフはとくに反論もしない(ユセフのハリムへの愛もまた深く、妻ミナへの配慮も深い)。その後、紛失の原因がユセフではなく、ミナ自身にあったとわかったときも、ユセフはその顛末を知って怒ることもなくスルーする。まるで自分の罪の重さと秤にかけているかのように。
妻は死の直前に夫とユセフに対し公衆浴場に二人で行くよう、けしかける。それは、まるで自分の死後、夫(ハリム)をユセフに託す決意のようにも思えた。
最後に妻は亡くなる。その亡骸に、夫(ハリム)はあの美しい青いカフタンを着せる(イスラム教の戒律では白装束でなければならないはずだが)。そして、台の上に乗せられた妻の遺体は、ハリムとユセフの二人によって墓場へと送り出される。