PERFECT DAYSのレビュー・感想・評価
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生活音と詩のような気持ち
トイレ清掃員の何気ない日常を描いた作品。 本年度ベスト級。
楽しみにしていた作品だったけど、自分にはあまり刺さらなかった感じ。
だけど清掃員の平山を演じた役所広司さんの演技には引き込まれた。
起床→木々の水やり→支度→缶コーヒー購入→トイレ清掃→飲み屋で一杯→銭湯→読書→就寝。
こんな繰り返しの中でも毎日違った出来事が訪れる感じ。
平山が就寝した後、モノクロの意味不明な映像は平山が見ている夢なのか?
その夢の意味がよく解らない(笑)
東京の美しい景色と洒落た洋楽が印象に残る。
驚いたのは公衆トイレが美しい(笑)
今の公衆トイレって凄いな!
ぶっちゃけ退屈な感じでお尻が痛くなる(笑)
睡魔も襲って来たけど何とか鑑賞。
あまり刺さる内容では無かったけど役所広司さんの演技には大満足。
平山が出掛ける時、家の鍵をしないのが気になりました( ´∀`)
ささやかな感動作
1人の男の日常を淡々と描いたなんとも退屈な映画?寝てしまうのを覚悟に観ていた私は退屈どころか、いつの間にかその世界に深く引き込まれてしまいました。私の地元の比較的地味な場所がロケ地だったからなのか?自分の年齢のせいなのか?何故か心に滲みる映画でした。
小津安二郎をリスペクトするベンダース監督らしく、往年の邦画を思わせる様式美に満ちた静の世界ではあるものの、微妙に変化する一日一日を短編小説の様に丹念に切り取った脚本と編集が素晴らしく飽きさせません。そして、ひたすら無口な男を演じる役所広司の抑制の効いた演技力が、ややもすると単調になりがちかな物語を強く支えています。
「ゴジラ−1.0」「鬼太郎誕生」等の大ヒットの裏で、この様なささやかな感動作に出会えた事の喜びに浸りながら映画館を後に、年末の寒空に自転車を漕ぎながら私はこの映画の主人公の様に幸せな涙を流すのでした。
役所広司すげー
あるトイレ清掃員の完璧な日常‼️
あるトイレ清掃員の日常‼️近所の老女の箒の音で目を覚まし、布団をたたみ、歯を磨き、ヒゲを整え、植物に水をやり、ユニフォームに身を包み、ドアを開けて笑顔で空を見上げ、缶コーヒーを一本、そしてお気に入りのカセットを聴きながら仕事のトイレ清掃へ‼️お昼に公園でサンドイッチを食べ、仕事が終わると銭湯へ、地下の居酒屋へ行き、眠くなるまで本を読む‼️休日はコインランドリー、写真の現像、古本屋、そして休日だけ通う居酒屋のママの歌声‼️映画は主人公・平山のそんな日常を繰り返し活写していく‼️セリフもほとんどなく、まるでドキュメンタリーのような地味な展開かなと思わせる‼️しかしカーステレオから聞こえてくる音楽は毎日違うし、平山が清掃するトイレは世界的な建築家がデザインした、芸術品と呼べるモノばかりで、同じはずの日常のルーティンに異なる彩りを与えている‼️ホントにトイレを見ているだけで楽しい‼️そしてそんな平山の日常に訪れる思いがけない出来事‼️同僚の恋愛沙汰、孤独を抱える同僚の恋のお相手、家出してきた姪っ子、わだかまりがある妹、平山が密かに恋心を抱く居酒屋のママ、ガンを患っているママの元夫・・・‼️もうホントに全編がヴェンダース監督の優しさに包まれているし、役所さんの名演が常に寄り添っているような名作ですよね‼️毎日同じことの繰り返しのようでも、一日一日違った喜びや悲しみがあり、新たな刺激がある‼️平山が毎日カメラで写す木漏れ日のように‼️時折挿入されるその木漏れ日のカットが、この作品をより美しく、より詩的にしていると思います‼️そして、平山のカセットテープから流れるストーンズやヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ヴァン・モリソンなどの名曲の数々も、サントラが絶対欲しくなってしまう素晴らしさ‼️ヴェンダース監督の最高傑作ではないかもしれませんが、最高傑作の一本である事は間違いないですね‼️
「この世界には、たくさんの世界がある。つながっているように見えても、つながっていない世界がある・・・」‼️
街と人と道路とトイレの素晴らしい時間
まったく素晴らしい時間だった。役所広司演じるトイレ掃除のおっさんの最初の1日のルーティン観てるだけでグッときてしまった。何を大切に、何を感じ、街を眺め、街の中に生き、街の中に見つけ、そんな一日。ベンダースの今がそうなのか。こういうのは日本的なのかと思ってたのが、ベンダースから提示されるとは。
孤独ではあるが寂しさと違う。距離を置いているけど離れてない。「今度は今度今は今」ではないけど、その境界線を大事に生きる人生の断片。その日常を少し掻き乱す人たちの断片から想像できるその先の世界、主人公の想像を良き方に超える、想像外の小さなサプライズが嬉しい。同僚の柄本時生とその彼女、改札脇の飲み屋、行きつけのママさんとその男の話、役所広司のリアクションが本当にいい。ラストのドライビングシーン、その表情が素晴らしかった。
過去の作品に比べて軽やかであるが、やはり映画と街と人、とりわけ道路の景色がとても沁みた。
これでいいのだ〜
独身の末路、日常
高すぎた期待よりは下回ったかな?
あの箒の音もいつか聞こえなくなる
何故トイレの清掃員になったのか?
孤独の影
ヴィム・ヴェンダース(以下WW)によれば、ポスト・コロナにおいて人は“孤独”とどうむき合っていけばよいのか、その好事例を本作で描きたかったという。日常のちょっとした変化にも喜びを感じる主人公の姿は、WWの弟分にあたるジム・ジャームッシュ(以下JJ)監督の『パターソン』に重なった方も多かったことだろう。しかしその着地のさせ方には、JJの非常にパーソナルな気づきとはまた異なる広がりというか深みを感じるのである。多分、WWが尊敬してやまない小津安二郎の“ZEN”を意識した演出のせいだろう。
竹箒で道路をはく音で目覚め、アパートの前にある自販機でミルクコーヒーを買う。車のカセットデッキで70~80年代のオールディーズを聴きながらご出勤。相棒のタカシ(柄本時生)と合流後清掃仕事を丁寧にこなし、境内に植えられた大木を眺めながらサンドイッチでランチ、いつもの銭湯で汗を流した後、いつもの一杯飲み屋でレモンハイを飲みながらナイター中継を見る。渋谷のトイレ清掃員である平山(役所広司)は、こんなほぼ変わりばえのしない生活をくりかえしている。
いかにも建築家やデザイナーが作りましたというような斬新な🚻や、天に向かってそびえ立つスカイツリーのような、物質文明のダイナミズムを目のあたりにしなくとも、境内に植えられた大木の根元に芽吹いた小さな命にも気づける心の余裕が平山にはあるのだ。世捨人といってもよいシンプルかつミニマムな平山の生活だけに、“繋がっているようで繋がっていない”もう一方の世界に氾濫している余計な情報が入り込んでこないのである。
しかし、変わらない町浅草で暮らす平山のStill Lifeにもいつの間にか“変化”の波がおとずれる。仕事を突然辞めたタカシのせいでシフトを押しつけられ大忙し、家出してきたリッチな妹(麻生祐未)の娘ニコが平山のアパートに居候、そして、ひそかに想いをよせている?スナックのママ(石川さゆり)と別れた元旦那(三浦友和)が店内で抱き合っている姿を目撃してからというもの、平山は何ともいいようのない“不安”に苛まれるのである。WW作品の原作作家としても知られているパトリシア・ハイスミスが得意としたその“不安”である。
夜毎平山が見るモノクロの夢に必ず出てくる木々の葉が作り出す“影”が意味していたものとは?三浦友和扮する元旦那が「影と影が重なると濃くなるんですかね?」と平山に質問すると、「(二人の影を重ねながら)ほらちょっと濃くなったような気がしませんか?変わらないなんてそんなバカなことがあるはずがない」孤独+孤独=孤独。孤独は自由に逃げ回れるとおどけてみせたとしても、孤独な人間には影(不安)が常につきまとうのだ。木々を友としようがそれは決して変わることのない真実なのである。生活のルーティンを乱した一連の事件が、そんな絶対的な人間の孤独を平山に再認識させたのではないだろうか。
夕日とも朝日ともとれる太陽に照らされながら、平山はその真実の前に涙を流す。が同時に、主人公はそこに希望の光を見い出だすのである。この映画エンドロールの後に、ある重要なワンシーンが盛り込まれているので、劇場が明るくなってから離席することをお勧めする。なぜなら、平山が複雑な表情を浮かべた理由の大きなヒントが、そのシーンにこめられている気がするからである。私には、影と影が重なって濃くなった分だけ、その隙間から降り注ぐ○○○○が余計に眩しく輝いているように見えたのだ。
朝日のあたる家
「何も変わんないなんて、そんなわけないですよ」
舞台は東京。スカイツリーを仰ぐ古びたアパートに住むトイレ清掃員・平山(演:役所広司)の1日は決まっている。夜も白んでいない朝、近所のおばちゃんが道を掃除する音で目を覚ます。布団をたたみ、歯を磨く。口髭を整えてから顎髭を剃る。観葉植物に水をやり、つなぎを着る。玄関に並べた鍵や腕時計を身につける。アパートに朝日があたり、ドアを開けて外に出たら駐車場の自販機でBOSSの缶コーヒーを買う。車に乗ったら、途上で聴くカセットテープを選ぶ。昼休み、近くの神社でサンドイッチと牛乳を飲む。境内の木々から木漏れ日がさす。平山はいつも携帯しているカメラで木漏れ日を撮る。担当エリアの公衆トイレの清掃を終えると家に戻り、自転車を漕いで銭湯に向かう。湯上がり後に駅の大衆食堂で夕飯をひとり食べる。シフトがある日は毎日この繰り返しで例外はない。大都会の真っ只中、忙しなく行き交う人々は平山の姿に目もくれない。完全にいないもの扱いだ。身内でさえ、平山がトイレ清掃員であることをあまり快く思っていないきらいがある。だが平山は別段気にする様子もない。都会に忘れ去られるほど都市に溶け込んだ男の目は、一見何も変わっていないように映る風景のほんのわずかな変化を確かに切り取っていた。公衆トイレで日々書き足される9マスの⚪︎×ゲーム、場所を移したホームレス、境内の木の根元に芽生えた新芽...そのわずかな変化に平山は生命の充足をおぼえる。
役所広司に心底惚れた。言うまでもなく、現代日本映画界を引っ張ってきた旗頭だ。その役所広司がここまでオーラを消せるのか。劇中124分、平山は必要最低限の言葉を発するのみでほぼ喋らない。喋る必要がないからごくごくわずかな表情の変化を見せるのみだ。恐らく平山は本来ならばトイレの清掃員ではなくホワイトカラーとして生きるはずだったであろう描写が繰り返し登場するが、平山の過去に何があったかはほとんど語られず、観る側としては想像するほかない。言葉に頼らずに観る側に伝えるという芝居は、ある意味映像作品の原点に立ち返ったと言っていい。そしてホームレス役の田中泯も要所要所で印象的な姿を見せる。確かな技に裏打ちされた言葉に出ない自信を垣間見た。
社会人になってから今日まで変わらずに思うことがある。社会で最も恐懼すべきは社長でも、重役でも、株主でもなく清掃員だ。お偉いさんを敵に回したところで、最悪組織を辞めればいい。だが清掃員を蔑ろにした人間に生きる場所はない。常々そう思う。このろくでもない、すばらしい世界は目に映らない誰かによって支えられている。
今日も平山のルーティンは変わらない。静かな男の眼差しには、今日も朝日があたっていた。
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