「パーフェクトな大人の寓話」PERFECT DAYS La Stradaさんの映画レビュー(感想・評価)
パーフェクトな大人の寓話
これは困った、非常にマズい。今年もあと1週間を残すばかりとなって、2023映画ベスト10もほぼ選定を終えたところへ、こんな凄い作品を観てしまうとは。ベスト作を含めて急遽もう一度考え直さねばなりません。
渋谷区の公衆トイレの清掃会社で働く60代の男の日常をビム・ベンダース監督が描いた作品です。もうそれだけで鑑賞が決定し、公開を楽しみにしていました。
男の部屋にはテレビもパソコンもなく、70~80年代のカセットテープと文庫本があるだけです。日の出前に起きて歯を磨いて、家を出て缶コーヒー買って、幾つもの公衆トイレを丁寧に洗って、仕事が終わるとちょっと一杯やって、風呂屋に行って、本を読みながら寝る。その毎日が淡々と描かれるだけで、大きな事件は何も起きません。ほぼ全ての場面で男が映りっぱなしで、彼を演じる役所広司さんの台詞も全編で脚本半ページほどしかないでしょう。しかし、彼の周りでの小さな出来事、ふと出会う人々から遠くゆっくり世界が広がって行くのが分かるのです。そして、過去に何かがあったらしい彼の悲しみがその世界を深くします。
生きて行くのに本当に必要な物だけに囲まれて都市で暮らすのは現実には難しいし、トイレ掃除も実際には様々なトラブルにも見舞われるでしょうから、これは大人の童話と言えるでしょう。でも、こんな豊かな世界が本当にあるのかも知れない、悲しみを湛えながらも穏やかに生きるこんな人になれるのかも知れない、もしかしたら・・と見る人に思わせる優しく静かな作品でした。
追伸1:石川さゆりさんが「朝日の当たる家」を唄ってくれるあんな小料理屋があったら、お酒の飲めない僕でも毎日通ってしまうなぁ。
追伸2:作品中盤で、スクリーンの右隅にビム・ベンダース監督自身が映っていたんじゃない? 気に成るなぁ。