劇場公開日 2023年12月22日

「主人公が愛でる個人的空間」PERFECT DAYS 東山 びわこさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5主人公が愛でる個人的空間

2024年4月21日
PCから投稿

静かな映画。おんぼろアパートに一人で住む初老男性が主人公。仕事は都内の公衆トイレを巡回掃除すること。趣味は、部屋で植木を育てることだ。ずらりと小さな鉢が並んでいるのは壮観だが、それらはまだ、背が低いので、こういう生活を始めて、まだそんなに日数が経っていないことを思わせる。朝、箒で掃除をする音で目覚め、歯を磨いて植木に水をやり、階段を下りて、仕事に行く。それが終われば、浅草で夕ご飯を食べ、銭湯へ行き、ときには、飲み屋でいっぱい。そして、寝る前に少しの読書……ほとんど他人との交わりがない、個人的空間で過ごす。これが、主人公の一日である。突然、姪が訪ねてきたり、ほんのり好意を寄せている飲み屋の女将が素敵な男性と抱擁しているのを垣間見て動揺したりもするが、それは一過性のことであり、基本的は同じことの繰り返しである。そんな主人公の過去はまったく明かされない。トイレの使い方がわからない外国人女性に英語で教えてやったり、高級車に乗ってやってきた妹との対峙で、かすかに彼の背景を想像するしかない。ある意味、過去を捨てた男なのだろう。捨ててしまったから、逆に失うことを恐れていないのかもしれない。それが証拠に、彼は出かけるときに施錠をした様子がない。盗まれて困るものなどないからなのだろう……と思ったのだが、姪が転がり込んできた際には、「開錠」する描写があるから、やはり鍵はかけたようである。それとも、姪の持ち物は大事であったか。それとも、姪との個人的な空間を他人におかされたくなかったのだろうか。そう思えば、トイレも非常に個人的な空間だが、やはり、施錠する描写はない。主人公は、ふたつの個人的空間を愛しているように思えてならない

東山 びわこ