「美しすぎて胸いっぱい」PERFECT DAYS zuzuさんの映画レビュー(感想・評価)
美しすぎて胸いっぱい
観たい気持ち半分、観て悲しい気持ちになったら嫌だなぁと避ける気持ち半分で、遅れて今頃観た。後悔しかない。もっと早く観ればよかった!
映画は木漏れ日を愛する男、ヒラヤマの部屋の朝から始まる。
修行僧の部屋か、監獄か、と思うほど禁欲的な何もない部屋。手狭な和室にあるのは必要最低限の家具と本とカセットテープレコーダーだけ。
暗い中、ボロボロのアパートで黙々と仕事の準備をするヒラヤマ。トイレ掃除の道具を満載した軽自動車に乗り込み、カセットテープ(!)をかけ100円の缶コーヒーを飲む。でも不思議と悲壮感がない。
彼は黙々とトイレを掃除する、一生懸命に。やけでもなく、逃げ込む風でもなく、絶望感もなく。
日々巡りあう人々や出来事、天気、空、緑、風を味わい、心から幸せを感じる。彼の周りには不思議な空気が漂う。
個性的な人々が現れ、何か展開するのか?と思うとそうでもない。彼がこの仕事についた経緯も明かされるのかと思いきや、触れられない。伏線のようで伏線でもない。彼の生活の様々なシーンが、カレイドスコープのように散りばめられている。
同僚の彼女は、行きがかりでヒラヤマの車に乗り、彼の音楽テープを気に入り盗んでしまう。そして返しにきたという名目で車に乗り込み、頬にキスして去る。せつない。。
音楽の趣味は、意外に人の本質や心のひだまで写したりする。あの見た目、仕事、車、なのにあのテープ!惚れる気持ちもわかる。
そういえば学生時代、男子が好きな曲を集めたテープを渡してくれたりすると、告白されたくらいの起爆力があった(趣味があった時限定)
突然訪ねてきた年頃の姪に、ヒラヤマは、
「家出するなら叔父さんちって決めていた」と言われる。
大人として最高の賛辞ではないか。
ヒラヤマの周りにはいい女が集まってくる。いい香りの花に集まる蝶のように。
繊細でピュアな精神を持つ彼女たちは、もがきながら物質的な世界に生きている。
そんな苦悩はとっくに超越したヒラヤマの潔さ、繊細さ、慈愛の心に女達は打たれる。
地味で、オシャレの片鱗もなく、いわゆる負け組的仕事・住まい、ややコミュ障?
そんな世間のカテゴリーも評価も知りながら、ヒラヤマはその中に生きない、絶望していない。
ヒラヤマは、木漏れ日をモノクロのフィルムカメラでファインダーも覗かず撮るのが趣味。現像後出来を確かめ、NGと思えば破って捨てる。その日の光と風と葉とシャッターの気まぐれによる一期一会。モダンアート⁈ただものではない感が滲み出る。
ヒラヤマのポケットにはいつも古本の文庫本が入っている。TVのない部屋には本がぎっしり。彼の精神性、哲学は静かなあの部屋で本達と培われたのかもしれない。
感情をみせないヒラヤマが、ただ一度あつくなったことがある。姪を迎えに妹が来た時だ。
センスのない社長車の後部座席に座り乗り付ける妹、ヒラヤマの感性と違いすぎる。支配階級の家の出だとわかる。ヒラヤマと父との確執もチラリ。別れの時、ヒラヤマは万感の思いで妹をハグをする。愛していたけど、自ら家族から距離をおいたのだろう。
圧巻は、石川さゆり扮するスナックのママの元旦那(ガンで余命わずか)との川辺のシーン。
「影って重なると濃くなるんですかね」「何もかもわからないまま終わっていくんだなぁ」「あいつをよろしく(×2)」
のしんみりセリフからの、
二人で体の影を重ねてみたり、影ふみしたりのクレイジーなおじさん二人に、涙腺崩壊。
夜明けに仕事に向かうヒラヤマは、いつものようにテープをかけ車を走らせる。
世界を肯定するように一人笑顔をつくる。その目には、おさえてもおさえても涙が溢れる。目だけで語れる役所こうじ、さすが。
静かな映像、ストーリーなのになぜこんなに力強いのか。心を別次元に連れて行かれた。日々溜まっていたモヤモヤやストレスもどこかに吹き飛んでしまった。
2023年の映画のマイベストです!