劇場公開日 2023年12月22日

「懐かしいテイストのヨーロッパ映画のよう」PERFECT DAYS アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0懐かしいテイストのヨーロッパ映画のよう

2023年12月24日
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鑑賞方法:映画館

こういう映画は久しぶりに観た。現在日本で上映される外国映画は、ほぼハリウッドの娯楽大作だけになってしまっているが、私の若い頃にはフランス映画やイタリア映画も普通に上映されていた。低予算で作られて、それほど大きな見せ場もないが、全編に詩情があふれ、どのシーンにも極めて繊細な注意が払われ、いつまでも心のどこかに残しておきたいような映画である。ドイツ人監督のヴィム・ヴェンダースは、「ベルリン・天使の詩」でカンヌの監督賞に輝いた名監督で、その手腕は流石という他はなかった。この映画は観る人を試すと思う。脂の乗った魚しか美味いと思えない人には、フグの美味しさが決して分からないようにである。

まず画面のアスペクト比がアナログテレビと同じ 4:3 というのに面食らった。横長の画面を見慣れた者には窮屈に感じられるのだが、監督の真意は外への広がりより中への没頭を重要視した結果であろう。台詞は極端に少なく、説明的なものはほとんどない。共演者が投げかける私的な質問もスルーするので、主人公の生い立ちや履歴を示す手がかりがないままに映画は進行する。その味わいは、まるでドキュメンタリー映画のようである。

トイレの掃除を生業とする主人公は、家にテレビもなく、スマホも持っておらず、朝は近所の老婦人が道路で箒がけする音で目覚め、布団を畳むとすぐに歯を磨き、朝食は摂らず、毎日熱心な仕事ぶりを見せ、昼はコンビニのサンドイッチを公園や神社で食べ、大木の写真を撮り、時には新芽を持ち帰り、部屋で育てている。帰宅後は銭湯で汗を流し、決まった店で安い酒で晩酌して、布団に入ってからは古書店で 100円で買った文庫本を読んで寝落ちする。ほぼ毎日同じことを繰り返して暮らしている。映画中、このルーティンを省略せずに丁寧に描くことで物凄いリアリティを生み出している。

同じことを繰り返して壮大な世界を見せるという手法は、ベートーヴェンやブルックナーの交響曲の作り方にも通じるもので、彼らの繰り返すフレーズは実は全く同じではなく、少しずつ変化している。その変化を聴き分ける能力のある者だけが、自分の呼吸を音楽のテンポに次第に同期させて曲の世界と一体感を感じることができるのだが、この映画の本質も似たようなものではないかと思う。

映画の中で、時々モノクロの映像が挟まれ、それがどうやら主人公の睡眠中に見ている夢らしいのだが、具象に乏しく、時系列も定かでない。まるで「2001 年宇宙の旅」で木星付近のモノリスを追跡したボウマン船長が見せられた幻影よりも謎なのだが、全編を見終えるとその正体が示され、彼はそれを眺めるだけで満たされた人生を送っているらしいと気付かされて、禅問答の答えが閃いたような感動が得られる。実によく出来ている。

役所広司をはじめ、俳優陣は台詞が極端に少なく、非常に抑えた演技が要求されており、大袈裟な身振りも大声も出す機会が奪われているので、所作や表情で内面を見せなくてはならない。演技の難易度は非常に高く、映画だからこそできる技で、劇場での演劇などでは不可能である。そうした監督の要求に見事に応えたからこその主演男優賞なのであろう。

音楽は主人公が勤務で使っている車の中で聴くカセットテープがほとんどであり、「朝日の当たる家」や、映画のタイトルにもなっている「Perfect Days」など、1960〜70 年代の曲ばかりである。「朝日の当たる家」など聴くのは何十年ぶりだろうという感慨に打たれた。劇中ではあの有名歌手の歌唱でも聴くことができて、望外の喜びだった。

俳優陣は馴染みの顔が多かったが、ほとんどはワンシーンのみの出演で、使い方が贅沢の極みだった。田中泯が台詞のないホームレス役だったのにも驚いたが、公園で野良猫を抱いてるだけの研ナオコ、挨拶だけの同業者が安藤玉恵で、芹澤興人に至っては、トイレに駆け込むだけの役というのには笑ってしまった。

映画で主張したいことの反対の人物も登場させる必要があるというのは映画の定石であるが、その役回りが当てられたのが三浦友和である。自殺企図のようなもっと悲痛な例を持って来なかったのも、監督の価値観なのであろう。この二人が川縁の夜景を背景に語り合うシーンは、周囲の光がピントが外れてただの丸い輝点と化し、まるでフェルメールの絵のように美しかった。

終わる寸前の役所広司の表情が全てであると思う。彼の出自や経歴は知らなくとも、映画を見ていれば人柄は分かる。その人が夕陽を見ながらほのかに涙ぐむ気持ちも、映画を見続けた人には痛いほど分かるのである。
(映像5+脚本5+役者5+音楽4+演出5)×4= 96 点。

アラ古希
アラ古希さんのコメント
2023年12月29日

有難うございます。

アラ古希
ibtさんのコメント
2023年12月29日

今晩は。
映画愛満ちた素晴らしレビューです。

ibt
アラ古希さんのコメント
2023年12月24日

身に余るお言葉ありがとうございます。役所広司は日本の誇りです。

アラ古希
ゆきさんのコメント
2023年12月24日

こんにちは。
まず、素晴らしいレビューを拝読させて頂きありがとうございます。
《同じことを繰り返して〜
 この映画の本質と似ている》
正に!!仰る通りですね。
ベートーヴェンの交響曲に例えられておられるのも、私でも理解出来ましたし、とても素晴らしい解釈で感動しました!!
又、平山とママの元夫が夜景を背景に語り合うシーン。
フェルメールとは!私はそこまでの発想には至りませんでしたが、今人気の丸シールのアートの様な美しさで(例えが庶民的過ぎてお恥ずかしいのですが。。)心に残ったシーンでした。ドイツ人の監督が、濁りのない美しい日本人を描いてくれた事に驚嘆と感動を覚えました。役所さんも素晴らしかったですね!

ゆき
アラ古希さんのコメント
2023年12月24日

身に余るお言葉大変恐縮です

アラ古希
momokichiさんのコメント
2023年12月24日

広い知識と深い洞察、それ美しい文に仕立てる文才、至極のレビュー。こんなレビューが読めることを嬉しく思います。しかし研ナオ子には気付かなかった^_^

momokichi