劇場公開日 2024年2月23日

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「真実とは何か(否定できないことは可能であること)」落下の解剖学 文字読みさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0真実とは何か(否定できないことは可能であること)

2024年2月24日
PCから投稿

2023年。ジュスティーヌ・トリエ監督。フランス高地に住んでいる大学講師の夫、ベストセラー作家の妻、そして視覚に障害を持っている息子。ある日、夫が転落死してしまうが、調べるうちに他殺の可能性が出てきて、妻が逮捕されてしまう。自殺か他殺かをめぐる裁判に息子が巻き込まれていき、という話。
謎が解決されたり嘘が暴かれてりして真実が明らかになるということではなく、そもそも事故または自殺では納得がいく物語にならないために、そこに人の作為(殺人)の可能性を浮かび上がらせようとすると、否定できないことは可能である、という論法によってなにもかもが疑わしくなっていく。客観的な納得を求める法的な枠組みによって「動機」が探られ、可能性や思惑によって作り上げられ、当事者を混乱させていく。すごいのは、それに対して被告の妻が真実を盾にして戦うのではないことだ。当たり前だが死んだ人間の自殺の動機などわかりようがないので、私がやったのではないと言い募る以外に道はない。むしろ、自分に有利なことをでっち上げようとはしない倫理観を貫いており、真実は夫の自殺なのだろうなと観客に思わせるのもこの倫理観だ。思わせるだけで決定としては提示されないが。
「真実はわからない系」といえば黒澤明「藪の中」という名作があるのでどうしても比較したくなるが、とりあえず、あちらでは関係者それぞれのエゴで意図的に真実が隠されており、最終的にはすべてが暴露されてより高位のヒューマニズムによって乗り越えられている。それに対して、こちらでは真実は意図とは関係なく不明のままであり、それが乗り越えられることはない。

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