関心領域のレビュー・感想・評価
全566件中、481~500件目を表示
嫁という字は女に家と書く
『ルドルフ・ヘス』の名前で知られるナチスの幹部は二人いる。
一人は『ルドルフ・ヴァルター・リヒャルト・ヘス』で「ナチ党」副総統。
そしてもう一人が『ルドルフ・フランツ・フェルディナント・ヘス』。
「SS」の将校でアウシュヴィッツ強制収容所の所長が本作の主人公。
もっとも本編では重要な役を担うのは
『ヘス(クリスティアン・フリーデル)』の妻『ヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラー)』と
夫婦が住む瀟洒な邸宅そのもの。
『ルドルフ』が収容所を虐殺機関として拡張・機能させるのと並行して、
『ヘートヴィヒ』は隣接する自宅を居住空間としてより心地好いものに充実させる。
プールもある、広い整備された庭。
広く居心地の良さそうな室内。
かしづく多くの使用人。
そして五人の子供たち。
夫が昇進により、この地を離れることになっても、
自分だけは子供と(使用人とも)一緒に残る。
その旨を後任者に伝えるようにと言い放つほど。
が、その心地好さは、傍から見れば首を傾げるもの。
四方は上に鉄条網を備えた高い壁で囲まれ、
壁の上から見える煙突は昼夜を問わず黒煙を上げる。
警備の犬の吠え声、収容所の所員の怒声、
収容者に対する発砲音は絶え間ない。
わけてももっとも違和感を覚えるのは、
焼却炉からと思われる重低音の響き。
一日に何度か着く汽車の蒸気と警笛が、
新たな犠牲者の到来を告げる。
勿論、それらが何を意味するかは、
鑑賞者の我々のみならず、そこに住まう人全てが知っている。
にもかかわらず、彼等・彼女等は
聞かれれば「収容所の中でそんな残虐な行為が行われていたなんて知らなかった」と、
ぬけぬけと話すに違いない。
収容所に移送されて来たユダヤ人から巻き上げた物品を
素知らぬ顔で身に着けていながら。
もっとも、正常な神経の持ち主も中には居る。
娘を訪ねて来た『ヘートヴィヒ』の母親は、
最初こそ住まいの素晴らしさに感嘆をしていたのに、
数日も経たぬうちにオゾケをふるい姿を消す。
最初はそれらを認知しながらも
意識の外に押し出していたのかもしれない。
しかしやがて、そうした景色や音が周囲にあることが
当たり前になり、違和感が無くなり、
関心を向けなくなるおぞましさ。
いや、これはドイツだけの話しではない。
以前に(旧)大連に住んでいた人と会話した時のこと。
「自分たちが造り上げた文化都市を、終戦とともに
中国人に奪われてしまった」と、戦後六十年を経ても
悔しそうだったことを思い出す。
もう二十年も前のコトなのに、
その時の戦慄は今でも強烈な記憶。
自分たちにとっては道理でも、
傍目には欺瞞が、実は自分たちの身近にもごろごろしている。
素敵なお庭
映画と言うよりコンセプチュアルアートの作品
メッセージは最強(賞レースも強いね🏆)ドラマはゼロ以下
ポスターもかなりこの作品を上手く表してると思います。
ドラマ性ゼロで内容としては全く面白く無いんですが家に居ても延々と銃声が聞こえて叫び声など聞こえている中で平気で暮らしてるとか(実際に行われていた叫び声を消す為にバイクのエンジン音で誤魔化したりしてるのとか 銃を撃ってる場所と家の距離を計算してとどれくらいの音量で聞こえるのかを徹底して研究して映画に反映させたのは凄い)隣で虐殺されてる音が聞こえてるのに無関心とか奥さんマジで超ヤバイ奴だろ!(逆にお母さんとかメイドの反応が普通で心霊現象どころの騒ぎじゃ無いくらい絶対にあんなところで普通に住める訳ねえし)って思うんだけど私たちもニュースなどでウクライナの事とかガザ地区の問題とかニュースで放送されていても平気で飯食ったり 娯楽を楽しんだりしてるので無関心の怖さってのを突きつけてくるの下手なホラー映画より怖いし相当凄いと思いますが いかんせん何も起きないので当然なんだけど単調なんですよねー
そういやメイドはユダヤ人って!
あと所長も単なる管理職でやってるだけでめちゃくちゃ悪人とかじゃなくて(むしろ麻痺してる部分もありますが)奥さんのほうが気も強いし 最後に嫌過ぎて吐きそうになるって設定が面白かったですね!
まあ手前で歩いてる人とか無視して収容所のほうが気になってそっちばかり見るように作られていたり 音に集中するから会話が全く頭に入って来なかったり色々と斬新な手法で定点カメラのスイッチでの撮影だったり相当変わった手口の作品ですねー
映画祭などの賞レースに強いの分かるしメッセージ性が高い作品なのは充分に理解できますが内容としては壊滅的に普通というか家の中を隠し撮りしてるドキュメントのような感じでストーリー皆無なのでそこがちょっとなあって感覚になりましたね!
あと主演女優のザンドラヒュラーは落下の解剖学も凄かったですが関心領域の演技も派手な場面は無いけど演技の上手さを堪能できましたよ!
結局ですがメッセージ性が強くて賞を取るのも超納得の凄い作品だと思いますがあり得ないくらいつまらないし面白く無いという訳の分からん感想になりますね。(凄いと面白いがリンクしてないなんて珍しいと思いますよ)
悪くはないが
描きたいことは明瞭。ただ、登場人物がみんな機械人間みたいで、日常の延長にor現代の我々のすぐそこに、同じことがあるという感じが薄かったのが残念。/当然ながら人種間の断絶の話ではあるのだが、世代間の断絶の話でもあるのは面白いと思った。/要は私が気になったのはヘス夫人と母との関係。母が舐めた辛酸を自分は絶対に舐めない、むしろ仕返してやる、という気持ちがヘス夫人を動かしているところが大きい気がして、そういう心理であれば、普遍的だし場合によっては建設的・生産的・創造的に働くことも多い。だから人間(とその所業)は難しいのだ。悪行を行った人たちであることは言うまでもないが、あいつらは悪人です、で済ませて切り離してはいかんのよね。(それが“関心領域”だよね。)彼らを自分に連なるものとして、自分にもああいう成分がないか、と考えることが必要。アウシュビッツ博物館の映像、しかも、そのスタッフが仕事として(平気で)ガラス拭きをしている場面をわざわざ差し込んだのはそういうことでしょう。/普通の人々の戦争加担みたいなことで言ったら、『この世界の片隅に』には叶わないと思った。
耐えた105分
ある一家の日常をただ意味なく観るだけ。ストーリーが全く無い。何一つ面白くない。ドキュメンタリーとも違い、映像はドラマ風に映る。絵になる写真を動画で観てるような。ひたすら終わるのを待ち侘びて耐えました(笑)
多分そんな人たくさん居たはず。
ウェスアンダーソン監督作品と同じ観る苦痛がある。
予告を観ていて厳しそうだなーって思ってましたが、もしかしたら逆に当たりかも?と期待してみましたが、やっぱりハズレでした。(笑)
特有のスリラー、ホラーがあるのかと思いきや全くなかった。旦那さんは吐きまくっていたがあれは何?酒でも飲んでいたっけ?(笑)
ラストは呆気ない。逆にお洒落に映ったが。
新宿ピカデリーのレイトショーは満席に近い入りでしたが、帰りの反応は会話から悪そうでした。
パンフレットは既に完売していた。
収容所の中を見せないことがかえって収容所を見せてくる
映画は幸せそうな家族の日常から始まる
だが、気づく
銃声、人の叫び声のようなものが聞こえ続けていることに
そうして、家族の日常に少しずつ入り込んでくるものにも気づく
妻が試着するのは奪われた毛皮のコート、ポケットに入っていたリップスティック
夫のブーツを洗った水の色
川に流れてくるもの
空に立ち昇る黒煙
列車が到着したとわかる煙が流れていく
観ている側は、アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所だとわかっている
少なからず、映画などの映像や残された写真などを見ているからこそ、想像力が見えない壁の向こうの収容所の様子を浮かび上がらせてくる、聞こえている音ともに
すごい演出だ
もしも家族が、ユダヤ人や収監された人たちが、絶滅収容所と呼ばれたアウシュビッツ=ビルケナウで、どんな目にあっていたかを知らなかったとしても、少なくともある程度以上の年齢なら、あの距離で聞こえたはずの音や声、匂いで、その異様さに違和感を感じたはず
それでも、まるで何も起きてないように過ごせていることの恐怖
「ヒトラーのための虐殺会議」を観た時にも似たようなことを思ったけれど、なぜ?
理解できない
妻の母が途中でいなくなる
恐らく置き手紙と思われるものの中は見せない
それでも、前夜、赤い空に目を覚まし、窓辺で収容所を見ていた表情からして、うかがえる
そちらのリアクションの方が理解できる
それでも、妻は難しい顔で、しかし感情を一切出さずに、その手紙らしきものを火にくべてしまう
もしかすると、罪悪感や違和感、嫌悪感があるのかもしれない
けれどそれを認めたら、なにかが崩壊してしまう
だから、認めない、受け入れない、気づいてないふりをしているのかもしれない
途中、果物を置く女性が出てくる
最初は娘の夢なのかと思ったが、なにか違う
2度目に出てきた時、状況を理解する
そして、やはり、隣でなくても匂いがしていることが鼻をおさえて窓を閉める動きでわかる
この作品は、説明を一切しない
けれど、随所にヒントを出してくる、見せてくる
さらなる大量虐殺を前に、最後のヘスの吐き気、その後に映し出される現代のガス室、焼却炉、収容された人たちから奪ったカバン、靴、衣類、写真から、アウシュビッツ・ビルケナウ博物館だとわかる
そこを清掃する人々
正直、ガス室の掃除をひとりでやるのは気分の良い仕事ではないし、毎日残されたこれらのものと対峙するこの仕事、なかなかハードでは。と思ったが、同時に、これが日常の人たちがいるのだな、と。かつてのヘスたちのように
そこからヘスに戻る
まるでともに今の映像を見たかのように佇むヘス
だが、彼は再び歩き出し暗闇に消えていく
エンディングロールを見ながら、強烈ななにかが残ったことを感じる
そのなにかを考え始める
どうやって観るか
終始何か特別な事が起きる訳ではないので退屈と言われれば退屈な映画とも言える、多分家で観てたら寝落ちするだろうなぁとすら思った。
しかしこの映画の面白さは、教科書にすら載ってる事が現場ではまるで何も起こってない様に観せる事にあるのだと思う。
日常会話をしている後で壁の向こうから聞こえてくる叫びや銃声、煙突からモクモク、機関車からモクモクと煙も止むこともない。
観ている最中に自分自身がこの作品を退屈だと思ったとしたらそれは既に目の前の事象に関心が無くなっているという事なのだろうか…
映画館で是非体感して欲しい作品だと私は思う。
アウシュヴィッツ強制収容所の壁1枚先では優雅な生活が送られていた。...
音への恐怖
不気味
壁の向こうは地獄
今まで色々なナチ映画や、ドイツの歴史を一時期学んでいたことがあったから、ナチの非人道的な行為をあえて暴力的なシーンを排除し聞こえてくる音だけで痛ましい光景が広がっているというのは説明不要とも云える。
平和に暮らしているように見えるが、心は病んでいる。助けたい一心でリンゴや砂糖をこっそりと夜中に出てアウシュビッツに忍び込み受刑者に与えていたのだと察すると、見た辛さ故に無関心ではいられなかったのだろう。
映画に出てくるルドルフ・フェルディナント・ヘスはアウシュビッツ収容所の初代所長を務め、ナチ・ドイツの敗戦後、戦犯となったヘスはホロコーストの責任を問われ絞首刑に処されている。
ラストの今のアウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館となった光景をヘスが思い浮かべながら階段を下りていくシーンだが、個人的にはこう思った。
ヘスはこれから待ち受ける運命が分かっていた。
空襲にも遭い、これ以上の犠牲を増やさないためにもドイツは降参するしかなかったのだが、負け戦になることを分かっていたので、未来のアウシュビッツ収容所はきっと…という感じで脳裏をよぎったのかもしれない。
特に映画館で観るべき映画
「Aleksandra Bystron-Kolodziejcz」をググると絵本のシーンの意味がわかります
2024.5.24 字幕 イオンシネマ京都桂川
2023年のアメリカ映画(105分、G)
原作はマーティン・エイミスの『The Zone of Interest』
アウシュヴィッツ=ビスケナウ強制収容所の隣に住むドイツ人一家を描いたヒューマンホラー
監督&脚本はジョナサン・グレイザー
原題は『The Zone of Interest』で「関心領域」という意味
物語の舞台は、1943年のポーランド・アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所近郊
そこには、SS親衛隊の司令官ルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)の一家が住んでいた
妻ヘートヴィヒ(サンドラ・ヒューラー)との間に5人の子どもを授かっているルドルフは、ポーランド人のメイドを複数人雇い、庭師も雇って、自分たちの住処を形作っていた
ある日、火葬装置の業者が彼の家を訪れ、そこで新型装置の説明を受ける
ルドルフは上官のビショフ大佐(Kaudiusz Kaufmann)にその性能の高さを進言し、これによって計画が押し進められることになった
ルドルフはこの功績を認められ、組織の配置転換の中で、昇進し転属することが決まる
だが、妻は動くことを拒み、「行くのなら1人で」とまで言ってしまう
そこで彼は収容所の総監であるリチャード・グリュックス(Rainer Haustein)に宛てた手紙を綴ることになったのである
映画は、強制収容所の隣に住んでいた一家の日常を切り取る内容になっていて、映画のタイトルコールが出た後に「じんわりとタイトルが侵食されて真っ黒になる」という演出がなされる
暗転してから約1分ほどの沈黙があり、そこから環境音が流れていく、という演出になっていて、その後も単色(黄色など)で埋め尽くされたシーンが登場する
また、劇中でルドルフが眠れない娘インゲ(Mele Ahrensmeier)に対して絵本を読み聞かせるシーンがあり、それは「ヘンゼルとグレーテル」だった
この絵本のイメージにて、グレーテルが道しるべとしてパンを落とすシーンがあるのだが、映画では「リンゴを作業場に埋める」という行動になっている
この時の少女を演じたのがJulia Polaczekなのだが、彼女はアレクサンドラ・ビストロン=コウォジェックの若年期として映画内に登場している
彼女は幼い頃にアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の囚人たちに食べ物を届けた人物で、のちにレジスタンスに加入することになる女性だった
このイメージは「絵本を聴いているインゲの脳内イメージ」ということになるのだが、何も知らない子どもたちも、潜在意識の中で、この場所で起こっていることを理解し始めているように描かれていたと言えるのではないだろうか
物語の中盤には、ヘートヴィヒの母リンナ・ヘンゼル(Imogen Kogge)がやってくるのだが、彼女も情報としては知っていたが、1日中「何か」が聞こえる状況に耐えられずにあっさりと帰っていた
教育されている子どもたちが感じる違和感、道徳的なものを考えてしまうリンナたちの方が正常で、夫の転属で引越しすることを拒む妻は異常にも思えてしまう
それぞれが自分の心を守るための精神的な領域というものを持っているが、あの場所で正常でいられるのは、より強固な目的と役割を持っているルドルフと、彼以上にその場所を聖域化している妻だけなのかもしれません
いずれにせよ、音が大事な作品で、目の前で展開される様々な引用は馴染みが薄いので、その意味がわからないと単調のように思えてしまう
実際には多くの意味があって、特に子どもたちが過ごしていく中で違和感を感じていく過程であるとか、教育によってそれを超えていく状態であるとか、家族の中の年齢差と知能によって、状況に反応する違いがあるのはすごいことだと思う
外から見ている未来人は何が起こっているのか知っているのだが、既知と未知の間にいる家族たちにどのような影響が起こっているのかを観察することができれば、この映画の真の目的が理解できるのではないだろうか
想像力に訴えかける作品
前評判を聞いていたが
個人的に何故か過去作含めて、全般的にあまり相性の良くないA24の作品です。
アウシュビッツで起こっていたことというのは世界中の多くの人が知っていることとは思うが、今回の作品のようなのは珍しいかと思います。ナチス・ドイツ側にも様々な個々人のストーリーがあるのは当たり前ですが、なかなかそこにまで思い至りはしないかなと。そんな所長家族の生活に焦点を当てたのが今作かと。
基本的にあからさまなハデなこともグロいことも、スクリーン上で起こるわけではありませんが、何か機械が稼働しているような重低音や、発砲音と思しき破裂音、それに悲鳴や怒声が、あたかも環境音のように遠くで薄く流れ続けているのがジワジワと効いてきます。
この手のテーマの作品なので、正直見る人を選ぶでしょうが、細いところの確認のためにも、もう一度見に行ってみようかなという気持ちにはなりました。寝不足気味で見に行ったせいか、途中あまりに淡々と進行するので、一瞬意識が飛んだりもしてしまいましたが、目を開けた瞬間にスクリーンが一面真っ赤だったのは、一体何があってああなっていたのだろう。
コンセプトがすべてのような映画
やはり中途半端という感は否めず
何回観たら解るようになるのだろう
ナチス親衛隊の社会に居るヘスの家族にしてみれば夫は組織の中枢へと出世すべく無理をしてでもチャンスを掴もうとするだろうし、妻は自らが作って来た夢に描いた暮らしを既得権として守ろうとするだろう。
アウシュビッツ強制収容所群
「The Zone of Interest(関心領域)」
は、彼らにしてみれば職場に過ぎず、そこでの生産性をより求めるし、効果を上げ、成果を残そうとする。
だから連続して大量に焼却出来る施設をも計画する。単身赴任もいとまず、吐くほどのストレスとプレッシャーに苛まれようとも組織を登りつめていく。
母親がこんな所には居られないと黙って帰ってしまっても妻はそんな事は覚悟の上で暮らしている。子供達はナチスの思想で育って行く。
世界が違えば当たり前な事とも言えるのではないだろうか。
音響賞受賞は納得です。こんな音響効果の方法があるとは驚きました。なにしろ映画を観ているのに音だけが流れてスクリーンに何も映らないのだから。そうして映画の世界に誘われるのです。
さて全編においてヘス一家の暮らしが描かれて行く訳だけども
「そのシーンが何をしているのか?」
が解らない。妻の行動、思い、子供達の行い、遊び、川で起きたこと。
「何? 解らない 何?」
何回観たら解るようになるのだろうか?
全566件中、481~500件目を表示