関心領域のレビュー・感想・評価
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ずっと流れる重低音。
さすが音響賞。暗転続きのオープニングもびっくりだが延々続く重低音が不穏でしかない。収容所の隣が夢のマイホームと思うなんて如何に時代が狂っていたかよくわかる。重低音だけでなくピストルや汽笛の音、煙突の白煙、普通の暮らしとの対比が強烈でリアルで正に戦時のホラー。
境界線は無い
アウシュビッツ収容所と壁を隔てた家に住む所長家族の生活をハネケを彷彿させる映像で描写し、その背後の収容所で何が行われているかの想像を喚起させる「音」がかすかに不穏に鳴り続ける。そして、終盤のヘス所長の姿がこの作品のテーマを伝える”私たちがいつあちら側に行ってもおかしくない”傑作。
無関心の悪魔から誕生したもう一つ悪魔と言えば良い
1.女の主人公は自然な姿で傭人に服を選ばせる。それらの服は全部ユダヤ人のラーゲルからもらった服だ。
2.女の主人公は一人で部屋に着てみる値段高い服もユダヤ人のラーゲルからもらって昔買えない服そうだ。中の口紅も奪った。軍官も奪われたお金を数えるシーンがある。つまり、戦争から立場や階級が変わってしまった。
3.ナチスの軍官達はラーゲルの焼却炉の効率的に上がる方法について話し合うシーンで、唯建築の改良のような感じが有り、そういう人の命の無関心は本当に悪魔みたい。会議室のシーンも同じ感じがある。
4.軍官は自分の家族の家が楽園の様に作ったがラーゲルの方は地獄みたいに煙が出る。そしてユダヤ人を殺害するシーンは具体的に描いてないがその悲鳴と軍官の無関心に比べると恐ろしかった。更に、ラーゲルと楽園の中の植物に分けられてその二つ世界がもっと具体的に感じさせた。骨灰を餌として撒くのも恐ろしかった。
5.軍官と自分の子供が遊んでいるシーンでユダヤ人の骨が見つけた。そして逃げて汚い物の様で繰り返して洗っていた。ユダヤ人の殺害はハキハキな状態のだ。傭人に叱れる時も「君の旦那の骨灰を田野に撒く」という様なセリフを言った。つまり、自分の旦那の仕事がわからないはずがない。
6.女の主人公の母からお見合いのシーンで最初は自慢する状態だが、その煙や人の悲鳴で一人で離れた。手紙で何が書いたか撮ってないけど内容は大体わかる。主人公の花も冷然で主人公みたいな無関心だと思う。
7.主人公の子供達がラーゲルの様な毒気がある部屋に囲まれることを真似して、親の無関心も子供達に影響された。
最後のシーンは一番良いと思って軍官は良知を回復する解説もあるが私は彼がもう自分の間違い信仰心に落ち込むと思う。
間違い道に行き続けるのは今のユダヤ人の深刻な問題に過ぎない。イスラエルも被害者から道を思考せずに加害者の様な無意味な戦争することではないでしょうか。
映画は良い映画だが、今の立場から連想すると共感できなくなってしまった。
音とさりげない映像で想像できる大犯罪
説明が少ないので、ある程度基礎知識が必要と聞いていたが、主人公が親衛隊の制服を着ており、豪邸に隣接する壁の向こうからは絶えず銃声や悲鳴が聞こえて煙突からはモクモクと煙が立ち上り、しばらくするとアウシュビッツの単語も出てくるので、ナチス強制収容所所長の家族の映画ということは、まあ誰でも分かると思う。
所長の名前があのルドルフ・ヘスというから、架空の人物かと思ったら、たまたま同名で実在の人物だったとは知らんかった。実際、かなり綿密な調査に基づいて制作されたらしいです。
劇中に出てくる「カナダ」の意味がわからなかったが、ユダヤ人から強奪した物品をドイツ人に配布すべく仕分けしていた部隊名がカナダと呼ばれていたのも見終わってから知った。
引きの映像で家族の暮らしぶりや官僚的な仕事ぶりを淡々と描きつつ、当然のように強奪品を品定めしたり、焼却した遺灰を肥料にしたり、たまにゲっとする描写が放り込まれる。
しかし、直接描写はなくて、不気味な音響とちょっとした映像でほのめかされるので、大音量の映画館で体感してほしいですね。
イメージしてしまう自分が怖い
兵隊なんで、命令だから仕方ない。
しかし、家族はどう思ったか
しかも戦後 主人公は、死刑になったらしいが
あの赤ちゃんや奥さんは?
真面目なドイツ人なんだろね。
ちゃんと拭き拭きしてたのが
笑うわ!
アンダースキンの音楽ぽいのが不気味だ!
観客の関心領域
私見ですが、少し前に見た『悪は存在しない』も同じで、本作もある意味“実験映画”だと思いました。
では、何を実験したのか?という事ですが、本作の時代から80年以上経過した今の時代の人々が、本作に対してどのような反応(関心)を示すのかという事が、作り手にとってはまず第一の関心事であったように思えます。
そしてまた自論ですが、実験映画というのは鑑賞後に観客が、面白い面白くないとか、共感したしないとか、感動したしないとか、それらの感想は作り手にとってはあまり重要ではなく、提供した映像に対して興味(関心)を持てたか持てなかったのかが一番重要な関心事の様な気がします。
本作のタイトルの“関心領域”の意味が最初分らなくて、タイトルと予告を見た限りは物語の主人公(家族)に対しての言葉だと思い込んで見始めたのですが、あの一家が収容所の所長の家族であるのだから一番の当事者であって、当事者対してに関心が有る無しなどの問いかけなど無意味だし、冷静に考えると彼等に使うべき表現である筈がないのです。
そして鑑賞者の色々なレビューを読んでも、彼ら一家の善悪に対する関心だと解釈している人が多くいるのに驚きました。だとしたらこのタイトル自体が観客を完全にミスリードしている様にも思えます。
そして、あの定点(防犯)カメラの様なズームアップもなく彼ら家族を覗き見ている(若しくは神視点)映像は、まさに観客に対しての“関心領域”を測る為の視点なのだと捉えることで私は本作を理解しました。
なので、レビューで単純に本作をつまらないとか退屈だとか意味分らんなどいう発言を、冷静に統計的に関心度を眺めている人がいるのだろうと思います。
本作の場合、既に審判が下された歴史的な出来事であっても、ある側面だけを見せられると事の善悪など忘れてしまい、もっと目の前にある家族の日常の出来事だけに目を奪われてしまい、それぞれの(観客の)個人的関心領域でしかこの作品を捉えられず、収容所との壁と同様に80年という時の壁が本質を見えなくするという事を、観客の反応で確かめられていた様な気がする。
あと細かな疑問は省き、何点か特に意味が分からなかった部分を箇条書きにしておくと
・ヘンゼルとグレーテルの話とその時のネガ映像部分の寓意的な意味
・主人公の母親の失踪の意味
・ラストの主人公の嘔吐の意味
想像力が試される
実在の人物、ルドルフ・フェルディナント・ヘスを描いたお話
描かれるのは裕福で幸福な家庭
広い家、広い庭、使用人も庭師も何人もいる何不自由のない暮らし
一家を支える父は部下たちからも誕生日を祝われるほど慕われ、
家にいる間でも電話で仕事をこなし、上司からも信頼の厚い真面目で勤勉で優秀な男
予期せぬ昇進で転任となり、今いる家を離れたくない妻との少々の口論を経て単身赴任をすることになり……という、まぁ現代にも通じるようなよくある家庭のお話
問題は、その豪邸からたったの壁一枚挟んだだけのお隣こそが、かのアウシュビッツ収容所であり、
ルドルフの立場がそこの所長であるという、
たったそれだけでもあり、それこそが世紀の大問題であるという事
本作中では、アウシュビッツの中での惨状については直接的には全く描かれない
それでも、その隣で幸福な生活を送っている家族の光景に重なって聞こえてくる声、銃声、何かを運んでくる汽車の煙、煙突から登る煙、川に流されてくるもの……
そしてラスト、ちょっと唐突に出てくる現在のアウシュビッツの様子と、そこに収蔵された山のような靴、カバン、義足や補助具、写真たち……
それらが何であるか、それを想像することが出来る観客は途轍もない空恐ろしさに見舞われる
出来ない観客にとっては正直ただただ退屈な一つの家族の起伏のない生活が描かれるだけ……という落差
徹頭徹尾、試されているのは観客が持つ予備知識と想像力。そういう映画です
経験したことの無い映画体験。
これまで経験したことの無い映画体験であった。
無関心なのか、意図的に関心を無くしているのかは不明であるが、日常と非日常が壁一枚で変わる特異な環境が気味が悪く、色々なことを考えされられる作品であった。
淡々と過ぎていく日常に、違和感のある音。
観る人の心を動かす方法として強い方法であると感じた。
無関心の未来
アウシュビッツ収容所の所長ヘスは、あまりにも有名な人物なので、名前ぐらいは知っていたけれど、この映画で本当に恐ろしかったのは、彼の奥さんでした。
家の横で、ユダヤ人が虐待され昼夜問わず焼かれているのに、壁一つ隔てた家を楽園と呼び、子供を育てるのに理想の環境と言う彼女は、もはや異常としか見えませんでした。
でも、それはユダヤ人を人ではなく「何か動く物体」程度にしか認識しておらず、存在そのものを無視しているからだと思いました。
映画の収容所のユダヤ人は一切映りませんが、昼夜問わず響く「音」が、中の状況を雄弁に物語ります。
初めはもしかしたら、彼女や彼女の子どもたちも、その「音」に恐怖していたのかもしれません。
そして、そこに住むためにはその「音」を無視しないと、普通の神経では住むことが出来なかったんだと思います。
慣れや無視することは、しばしば自分を守るために大事なことかもしれませんが、本当にそれで良いのか?と言うことを、問い掛ける映画だと思いました。
この映画では、家族の中で唯一、ヘスだけが収容所内でのことを目で見ているのですが、映画の最後、収容所に戻ると分かった後に、吐き気を催すシーンが印象的でした。
因果報応と言うのが合ってるのかどうか分かりませんが、もしかしたら奥さんがアウシュビッツを気に入らなければ、戦後ヘスの人生も変わっていたかもしれません。
もしかしたら、奥さんの無関心がヘスを戦争犯罪者にしたのかもしれません。
私達は、この時代より、簡単に世界で起こっていることを知れるようになりました。
遠い何処かで起こっている戦争も映像で簡単に見れるし、知ることもできます。
遠い所で起こっていることを関係ないとするのか、関心を持って知ろうとするのか、そして行動に移すかで、未来が変わるのかもしれないということを、映画の最後に思いました。
林檎殺人事件
アウシュヴィッツ第一強制収容所に隣接する豪邸で暮らす所長と家族の話。
収容所の中の様子は音や煙や照明のみで表しつつ、ただひたすらに所長と家族やメイドの「平和な暮らし」の様子をみせていく。
オラニエンブルクの司令官本部も少々あったけど。
能天気自己中な嫁の平和ボケドラマは一応あったし、嫌悪を示す描写も極若干はあったものの、はっきり言ってほぼ全てが無関心な平和ボケの退屈な作りで、それこそが皮肉というのはわかるけれど短編か中編で充分。
なんならこういう暮らしがあってそれをみせる映画ですよと聞いたら観ないでも良い作品という感じ。
【ユダヤ系イギリス人のジョナサン・グレイザー監督がアウシュビッツ収容所のホロコーストを”不穏なる音響”で描き、且つ、壁の外側の”裕福な”ドイツ人家族の関心ある事しか見ない心の闇を描いた作品。】
<感想>
・オープニング、不穏な音が響く中暗闇が続くが突然、晴れやかな空の下、子沢山の家族が川べりでピクニックをしている風景が映される。平和な風景である。
・その後、家族の父はナチス親衛隊(SS)の制服を着て家を出て仕事に行く。
ー 家族や、彼の部下たちの会話を聞いていると、その父親がルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)であることが分かって来る。
ご存じのように、アウシュビッツ収容所所長で、戦後絞首刑に処された男である。-
・今作では、アウシュビッツ収容所内は描かれない。収容所と接したルドルフ・ヘスの瀟洒な家の中で暮らす彼の妻ヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラー:「落下の解剖学」に続き、印象的な演技で愚かしき妻を演じている。)を始めとした家族や家政婦たちの姿が描かれる。
・ヘートヴィヒは自分の理想とする生活を手に入れた満足感で、家政婦から差し出された明らかにユダヤ人の女性のモノと思われる毛皮のコートを身に纏い、満足気である。
更には、同じくドイツ人の女性がユダヤ人の歯磨き粉の中から見つけた指輪を自慢げに見せ、子供はユダヤ人と思われる歯で遊んでいる・・。
ー 家の壁の外からは、パンパンと乾いた銃声や怒声、犬の鳴き声、叫び声が聞こえて来るのに彼女の耳には入らないらしい。そして、壁の向こうに立つ煙突からはもうもうと煙が出ている。関心のある事しか見ないヘートヴィヒや彼女の友人、子供達の姿が恐ろしい。-
・ヘートヴィヒの母がやって来て、娘の住まいを見て驚き賞賛するが、彼女は夜でも響く焼却炉の腹に沁みる不気味な音と、業火の如く炎を上げる煙突を見て夜中に姿を消すのである。
ー そして、ヘートヴィヒは母が残した手紙を読んだ後、怒りながらポーランド人と思われる家政婦たちに怒鳴り散らすのである。-
■劇中、2度、少女がユダヤ人たちの労働場と思われる所で、土に林檎を埋めたりする姿が暗視カメラで映される。
非常に印象的なシーンである。
・ヘートヴィヒはルドルフから転属を告げられるが、彼女は”漸く理想の生活を手に入れた”と言う考えの元、共について行く事を拒む。それを容認するルドルフ。
・子供達と川遊びに来たルドルフだが、川の中で煙突から出た灰と共に運ばれたと思われる骨を見つけ、慌てて子供達を川の中から出し舟に乗せるシーンも、冒頭のシーンとの対比が印象的である。
<再後半、ルドルフは転属先で精力的に会議を進行させるが、その後建物の階段を降りていく際に2度、吐瀉する。彼の心に何か小波が起きたのだろうか、終戦間際になっての自身の行く末を考えたのか、良心の呵責が初めて身体の反応として出たのか・・。
そして、突然、画はアウシュビッツ=ビルケナイ博物館と思われる通路の両側にガラスを隔てて山のように積まれた無数のボロボロの靴が映し出されるのである。
今作は、ユダヤ系イギリス人のジョナサン・グレイザー監督が、関心のある事しか見ないルドルフ・ヘス及び妻ヘートヴィヒを始めとした全体主義に侵された人々の心の闇を描いた作品なのである。>
24-058
目に入らないものは気にならないのか❓
音や匂い、空気感、五感で感じる不穏な何か、不快な何かを感じないのだろうか❓
狂気は少しづつ人の心を蝕み、
大人も子供も老人も
耐え難い不調をきたす。
祖母も子供たちも、父も母も、どうも普通じゃない。
無関心こそ最大の不幸なのかもしれませんねぇ。
鳴り止まない音 The never-ending sound
街中にいると
静かと感じていても、
実は、様々な音が混じった、
ゴォーっという音が聞こえている。
それは意識しなければ、変化に乏しすぎて
通常は聞こえない、意識に上らないようになる。
ただ耳を澄ますと、
車のクラクションだったり、
鉄橋を渡る列車の音が混じっている。
この映画が始まってから、
美しい風景の裏で、
ずっと鳴り止まない、ゴォーっという
何かの稼動音が聞こえていた。
あるシーン以後、
その背後の音は、音量を増し、
強弱に乏しくなった。
そこで何の稼動音なのか分かってしまう。
そして、またあるシーンの後、
その不愉快とも感じる低周波の音に混じって
人の悲鳴と、乾いた銃声が混じるようになる。
一体なんの音をサンプリングしたのかは知らないが、
個人的には湿度を含んだ、不愉快な低周波。
ラスト近くに挿入される、
同じ施設の現代の音の
軽く乾いた感じとは対照的だ。
とにかく終始、
音が耳から離れなかった。
When you’re in the city, even if it feels quiet, you can actually hear a continuous whooshing sound mixed with various other noises. If you don't pay attention, it's too monotonous to normally hear and doesn't reach your consciousness.
However, if you listen closely, you can hear car horns or the sound of a train crossing a bridge mixed in.
Since this movie started, behind the beautiful scenery, there has been an incessant whooshing sound of something operating.
After a certain scene, that background sound increases in volume and becomes monotonous. That’s when you realize what the operational sound is.
Then, after another scene, mixed with the unpleasant low-frequency sound, you begin to hear human screams and dry gunshots.
I don’t know what sound they sampled, but personally, it was an unpleasant low-frequency sound that felt humid.
Near the end, a modern sound from the same facility, which felt light and dry, is inserted, contrasting sharply.
Throughout the movie, the sound never left my ears.
読み取る意気込みを持って鑑賞を
真正面からアウシュビッツの悲惨さを描くのではなく、映画を観ている人間と映画の向こう側の人間の感覚・感性のギャップという体験を価値にしている映画。
こうだからこうなんだよという分かりやすいメッセージではなく、ギャップの体験を通して自分なりの感想を抱いてくださいというもの。手法としては現代アートに近い。
あらすじを見て、壁の向こう側の悲惨さと手前の平和を描く中で手前の人間の無関心を怖がるような映画かと思ったが、実際はもうちょっと深かった。
コンセプトを理解してから観た方が良かったかもしれない。
怖いよ
登場人物は皆、恐ろしい現実に無関心。(アウシュビッツの隣に住んでる事はそこそこ経ってから分かる)平和そうに暮らしてるのに、どことなく不穏な演出が独特。冒頭の真暗とか、不穏な劇伴とか。少し不気味。
結局、ほぼ何も起こらないが、登場人物なんかどこか変なんだよね。とにかく、無関心は怖いってことだよね。
無関心は是か非か
予告から、これは押さえておくべき作品だと感じ、公開2日目の朝イチで鑑賞してきました。硬派な作品ですが、客入りは悪くなく、注目度の高さがうかがえます。
ストーリーは、第2次世界大戦中、ナチスが管理していたポーランドのアウシュビッツ強制収容所と壁一枚隔てた屋敷に住む、収容所の所長ルドルフ・ヘスと家族の平凡な日々を描くというもの。それ以上でも以下でもないというところが、本作の本質でもあるように思います。
まずは開幕、タイトルが長く映し出されてフェードアウトしたあと、今度は何も映されない時間がさらに長く続きます。しかし、その背景には音声があり、観客はじっと聞き耳を立てながら、その様子を想像することになります。このチャレンジングな開幕こそが、本作を鑑賞するための必須スタイルであることに後々気づかされます。
その後、描かれるのは、ヘス一家の穏やかな日々。アウシュビッツ強制収容所に隣接した家に暮らしながら、収容所内の出来事に全く無関心で暮らす家族の姿が淡々と描かれます。その無関心ぶりがあまりにも自然であることの不自然さが、観る者に居心地の悪い違和感を覚えさせます。
豪華な家、贅沢な食事、高価な衣服、広い庭には菜園とプール…、でも塀の向こうから聞こえてくる銃声や叫び声。自分たちの豊かな暮らしが、無数の犠牲の上に成り立っていることを知らないはずはないのに、ヘス一家はあえてそこに触れません。何か起きそうで起きない日常の中で、唯一の転機とも言える夫の配置転換による転勤の際も、妻は今の豊かで贅沢な暮らしが手放せず、夫を単身赴任させます。自分たちの暮らしが数多のユダヤ人の命を奪うための施設のおかげで得られていることに、毛の先ほどの罪悪感も覚えていない姿が、これもまた淡々と描かれます。
一方、この家に遊びに来た母親は、壁の向こうから聞こえる音や声に耐えかねて、そっと家を出て行きます。この家では、人間らしい正常の神経では暮らせないのでしょう。ヘス一家は皆、自身の心を守るために無意識に耳を塞ぎ、口を閉ざして、そこに触れないようにしているのかもしれません。しかし、所長として働くルドルフはそうはいきません。終盤、施設内で嘔吐する彼の姿は、限界に達した心の悲痛なサインのように見え、本当に痛々しいです。
映像的には、収容所内の様子をあえて描かないので、やや退屈に映ってしまうかもしれません。しかし、そのぶん壁の向こうから聞こえる音声に耳をそば立たせ、おぞましい想像をかき立てられることになります。また、家族の無関心ぶりへの違和感をいたずらに煽らないことで、人間の本質的な醜さを突きつけているようにも感じます。
終盤で、現代シーンが描かれますが、ここで描かれるのも、展示室を黙々と清掃する職員の姿のみです。展示物に目もくれずに清掃する職員も、無関心の象徴として描いているのかもしれません。そして、本作を退屈と感じている観客にそれを当てはめているのではないかと気づいて、ゾッとしました。今だに世界のあちこちで起きている紛争に、“あなたは関心をもっていますか”と問われているようで、返す言葉もありません。
キャストはクリスティアン・フリーデル、サンドラ・ヒュラーで、平静を装いながらも心が蝕まれていく夫と妻をそれぞれの立場で好演しています。
そのまんま
この作品のメッセージ性は至極真っ当だとは思った。テーマがテーマなだけにそこに議論の余地はない。
まずそこは大前提。
なんですがって事で…
自分はタイトルと映画館での予告編で大体どんな作品かはわかっていて観に来ていたが、メッセージ性は置いといて1つの作品としては以上でも以下でもないって印象を持った。
タイトルが出て邦題はそのままの同じ意味。
映像は美しく、そこに暮らす一家はそこそこ幸せな様でいても、それは上辺だけであって何処かギクシャクした人間関係。
映画が始まってから最後まで鳴り響く工場の稼働音。
時折、怒鳴ったり叫び声や銃声の様な音も聞こえ不穏さを煽る。
嫌な雰囲気から段々と嫌な事が起こり始める。
陰影が反転した映像で労働者にこっそり食べものを忍ばす女の子、お伽話、歌。
奥様の二面性が少しづつエグ味が増す。
川を流れてくるアレ、美しいガーデニングの肥料になるアレとか。働き詰めの旦那は"見せてる"とこでは家族を大切にしてる人の親だけど、やはりやる事はやってるとか。"見せない"から少しづつ見せていって、観客の想像がつく程度の描写に留めてる。
でもハッキリ言って個人的にはわかり易過ぎた。
これは無関心とかではなく、全員が知ってて見ない様にしてるが正しいと思う。
そんなだから特に身体が悪い訳でも無いのに心が嘘をつけなくてえずいてしまう。
離ればなれになった家族がまた元に戻れるかも知れない…そんな物語上の"興味"の誘導に流されそうになると、突然、現代の絵が入る。
忘れてんじゃねーよ!
って。
それはわかるけど、自分の印象としてはメッセージ性は置いといて作品の作りとして意地の悪い演出だと思った。また予告編から想像するものを超えてくる様な事は特になかった。エンタメじゃねんだよ!って事なのかも知れないが…いや見た人に関心を持たせる為かも知れない。
演出が空回りしているようナ......
年頭のアカデミー賞候補で興味があったので鑑賞しました。
ユダヤ人迫害の反戦映画ですが、迫害される側の映像はなく音だけで今までにない演出でした。
しかし演出の意図は理解できますが、何となく映画全体が空回りしているような感じを受けました。作品に対する感想や意見は鑑賞者にゆだねていると感じましたがもう少し着地に落とし所があったのではないでしょうか?
役者さんですが、やはりサンドラ・ヒュラーさんの妻役が印象に残っています。2019年の作品で「希望の灯り」で知りました。何となくクールな所がケイト・ブランシェットさんと重なります。私的には前作の「落下の解剖学」の方がこの役者さんの良いところが出ている様な気がしました。
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