関心領域のレビュー・感想・評価
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イチャイチャインキャラカップル
結構混んでる回だったのですが、前の席でイチャイチャしている陰キャラカップルが上映中も顔を寄せたりしていたのが、恐ろしかったです(T_T)
虐殺を観ながらご飯おかわりできます!みたいなのを想像してしまい
映画の演出も音響も怖かったのですが
あのカップルの将来も怖かった
事件にならなければ良いですが(*´∀`)♪
アウシュヴィッツを調べようと思える作品でした
音響&演出は良かったですが
最後に捕捉があれば助かりますが、自分で調べます(*´∀`)
皆なにをそんなに絶賛してるの?
何人かに勧められたので見ましたが、伝えたいことは分かるけどとにかくつまらなかった
予告以上の情報はそんなにないです。
内容が辛いとかじゃく、つまらすぎて早く終わらないかなーと思ってました。
あまりにも日常すぎて、それなら短編でも良かったのではと思うくらいの内容量。
そもそもアウシュヴィッツ収容所がどんな所で何が行われてたのか良く知らないので、知識不足なだけかも。
銃声も途中までずっと軍の訓練の音だと思って見てまし
た。
隣から聞こえる叫び声も残酷とか怖いってレビューが多いけど、なんて言ってるのか分からないから特に何も感じない。字幕が付いてる叫び声は残酷さが伝わった。
映画マニアの人が「好きな映画」として発表したする用の映画みたい。
怪物だ~れだ?
恐ろしくおぞましい映画
この話しは事実を知っていれば知っている程、恐ろしい筈だ。監督はあえてアウシュビッツの中は映さない。しかし音は聞こえて来る…
これがこの映画の視点だ。現代社会もある意味、ガザの惨状やウクライナの状況をテレビ画面やSNSで遠い所の様に眺めている。監督は正しくこれを言っているのだ。。
この物語の妻は今の幸せな生活を手放したく無い。聴いているが聴こえないふりをしている。もしくは本当に聴こえなくなっているのかも⁉︎(現代人の我々の様に)これがまさしく恐ろしくおぞましい事だと監督は訴えかけているのだ。知っているのに知らないふりをする。聞こえているのに聴こえて無いふりをする。それは淡々と流れる現在の今を失いたくないから…まさにこの映画の妻と二人が話す時に、写し出される河の流れの様に次々と流れていく…
おそろしい…
表現のセンスよ!
ホームドラマ
土曜日にMOVIXで
アカデミー賞の何だかを獲っていて
すこぶる評判がよかったのでリストアップしていた
この手の作品はいつもの映画館で観るのが通例なのだが
公開予定になく油断していたら何と始まっているではないか
MOVIXと利府のイオンシネマで上映されていると
イオンシネマ シルバー料金は魅力だが利府は遠い
ん 今日は1日なので安い日だ
普段はあまり行かないMOVIXとなった次第
アウシュビッツの収容所 ホロコーストの話なのだけれど
直接描かない手法 そういう手もあるんだな
では何を描いているかというと 軍人一家の日常なのだ
オヤジが転勤するとか出世するとか妻は転勤イヤだとか
妻の母親を家に住まわせるとか家政婦がアル中とか
娼婦 庭師 息子の彼女…岸辺のアルバムみたいなホームドラマ
隣地はユダヤ人の収容所
汽車で機械的に運ばれてきて殺されて燃やされる
川遊びをしていると骨が流れてきて
オヤジが子どもたちに上がれ~と言う
風呂で淡々と汚れを落とす
血の付いた靴底を洗い流す作業員
暗視カメラの映像は最初は夢の中の風景か何かだと思った
いまだによく理解できないが
リンゴがどうしたとかいっていたなぁ
何もないところから家を作ってきた妻にしてみれば
日常の音とか景色なのだが ある日家に入った母親は
最初はいいところねぇなんて言っていたのに
その環境の異常さに耐えられない
ブラックコメディでありホラー
最後の嘔吐シーンは何だろう 未来からの復讐か
関心領域というタイトルは秀逸だ
目の前の景色が円形に明るくなっていて
その他はシャドウがかかっているイメージ
明るい部分はホームドラマ 夫の昇進 転勤 不倫 単身赴任
シャドウの部分では常軌を逸した大変なことが進行している
妻役は落下の解剖学のひとだっけ
いやぁすごい作品だった 先週のあぶ刑事との落差ありすぎ
早くレビュー読みたい
ただ観るだけ
すごいタイトルつけたなぁ
映画が始まった途端にこれはちょっと違うぞと思い始めて気持ちが引き締まる。まず英語のタイトルが前面に出た時、そうだ、この映画はそういう映画なんだと意識する。
始まってみると予想に反して、幸せな家族が淡々と描かれていた。事件もない。揉め事もない。でも、みんな聞こえないの?あの音が。あの声が、と言いたくなるのだ。音響の効果も抜群だった。
ヒトラーのユダヤ人虐殺は本当に色々な映画になっている。側近が主役だったり、ユダヤ人を救った人が主役だったり、様々だ。
この映画は、そういう戦争の悲惨さというより、人間の本質みたいなことに焦点を当てていた。隣で何が起きてるか知ってるはずだけれど、なんていうか、本当に普通に気にせず暮らせちゃうんだなぁ。それは彼らが悪いわけじゃない。interestは人によって違うんだ。あの母親は出て行った。彼女のzoneにはあの音が入ってきたんだなぁ。
気が付かないうちに自分にもzoneができていて,見えてないことがあるのかもと思えて、怖い映画だった。
別方向からの収容所
環境に適応してしまうことの罪
可能なら何の予備知識もなく出会いたかった映画です。
おそらく描かれていることの半分も受け取れていないと思います。それでいて、阿鼻叫喚の地獄の隣りで幸せそうに暮らす家族を見せつけられるだけで、人間が持つ業のようなものを嫌というほど見せつけられる作品です。
川から急に逃げるヘスや突然姿を消すヘスの義母、精神崩壊するメイド、さりげなく背景に映る焼却炉とその煙など、はっきりと見せないが確実にある悲劇をこれほど婉曲的に描き続けた作品もないでしょう。
いくつか理解できてないシーンも多いため、またみたいと考えています。
何も起こらないが、何かが起こっている。
映画において、“見せない”手法は、時として絶大な効果を発揮する。
「セブン」の例の箱の中身や、「レザボア・ドッグス」の耳のシーンのように、
“見せない”ことによって、そのおぞましいであろう実態のシーンを、観客の脳内で補完させるような巧みな演出である。
同じくホロコースト映画の「サウルの息子」でも、敢えてピンぼけを活用した独特の撮影手法で、
「ヒトラーのための虐殺会議」も、全編がただの会話劇なのに、その内容は外道の所業に満ちている。
直接的な殺戮シーンは全く出てこないが、独特の撮影や会話劇によって、観客に想起を委ねるような作りになっていた。
そして本作は、環境音に徹底的に重点を置き、“音”が最重要ポイントだということを示す手法を取っている。
恐らく全観客の意表を突いたであろう、開始早々のとある仕掛けがその証明だ。しかも約3分間も。
表現手法において、まだこんな切り口があったのかと唸らされた。
アカデミー賞では、あの「オッペンハイマー」を退けて音響賞を受賞したのも頷ける。
恐らく全観客が映画館の機材トラブルを疑ったであろうオープニング。
ズーンズーンと異音と共に、知らず知らずのうちに、聴覚に集中するよう促す秀逸な導入だ。
空は青く、自然に囲まれた場所、広々とした庭の豪邸に住む、幸せな家族。
すぐ隣には、有刺鉄線で囲まれた建物がある。
ここは、アウシュビッツー
この映画の中には、初見では拾いきれないくらいの、“狂気”が散りばめられている。
有刺鉄線、怒号、悲鳴、銃声、子供がコレクションしていたもの、毛皮のコート、植木に撒かれる灰、軍靴についていた血、煙突の煙、列車、濁った川の水、川の底に落ちていた物。
ルドルフの設計図は何の計画のものなのか、“荷”とは何のことを指しているのか。
リンゴを埋める少女とは。
終始、けたたましく泣く赤ちゃん。
弟を閉じ込めていじめる兄。
使用人を冷遇する母親。
「夫に頼んで灰にして一面に撒き散らしてやろうか」
こんな言葉をさも平然と吐ける事に戦慄する。
全てがヒントになっている。
豪邸と、ユダヤ人収容所。
一枚に隔てられた、狂気と日常の隣り合わせ。
基本的には、何も起こらない映画なのだが、しかし、確実に何かが起こっている。
このコントラストがあまりにも強烈だ。
一方で、あくまでよくあるホームドラマとしても成立しているのが、異常な普遍性を際立たせている。
よく分からなかった、つまらなかったと言っている人も多いが、
確かにホロコーストに関してある程度は予習が必要で、その知識が皆無で本作を観るのはハードルが高いかもしれない。
なので予め別のホロコースト映画を観ておくのをおすすめする。
「シンドラーのリスト」が有名だが、「サウルの息子」などでもいいかもしれない。
不穏な音響で暴かれる己の無関心
通常スクリーンで鑑賞。
原作は未読。
始めから終わりまでずっと不穏で不快で、心にずっしりと重く伸し掛かって来る作品だった。収容所で行われる非道は音のみの表現で直接的な描写は無いのだが、充分に恐ろしい。生活の背景に、異常事であるはずの銃声や悲鳴が聞こえるのに、それがもはや日常だから意に介さない一家の姿に戦慄した。
中でもいちばん恐ろしいのは所長の妻だろう。鏡の前でユダヤ人から奪った毛皮のコートをルンルン気分で試着する姿に嫌悪感を抱いた。所長の異動が決まっても、子供のために今の住環境を手放したくないと曰うのにも顔が歪んだ。その生活にしたって、多くのユダヤ人の死が根底にあるはずなのに、これっぽっちも意識していないのだ。とても怖かった。
淡々と描くことで恐怖を醸成する手法が巧み。しかし、事前情報の段階での予想を超えて来なかったのは残念である。
とは言え、塀の向こうとこちら側の差を意識させ、心をざわつかせる音響は映画館でしか体感出来ないものだと思う。
己の無関心具合を、これでもかと眼前に突きつけられたようであり、しばらくは余韻が抜けそうに無い。傑作である。
※修正(2025/03/29)
観る前に沢山のレビューを見ておいて良かった! 淡々と、一つ一つのシ...
日常系
アウシュビッツの惨劇を直接的にみせる作品がほとんどのなか、周囲の日常を通して歴史的惨劇を想像させる画期的な作り
特に盛り上がりもなく、ドイツ人家族の日常を淡々と描写していく作りなので、眠たくなる場合あり
しかし、彼ら家族の言動、行動に逐一意味があるので、鑑賞後ジワジワくる作りに
主演のザンドラ・ヒュラー演じる主婦を非難するのは簡単だが、己を省みること必至
このようなアウシュビッツやヒトラーを描いたナチスモノ映画は毎年何本か必ず作られ、日本でも上映される
翻って日本映画に最近みられる戦争の舞台を借りた、あえて語弊を厭わず言うところの戦争ファンタジー(タイムスリップして好きになった人が特◯兵や、永遠の◯ミタイナキモイヤツ)が…ヤメテオキマス‥オワリ!
かなりしんどかった
人類にとって絶対に風化させてはいけない重要な負の遺産をこういう形で残すのはとてもい有意義なことだとは思います
が、当然ながら相当に気分が悪くなるし、二度と観ようとは思わない作品でもありました
アカデミー賞で音響賞を受賞した“音”がキーワードの作品ということで、かなり集中して聴いていましたが、たしかに平和な日常を過ごす家族の生活が淡々と描かれ、そのバックで銃声や悲鳴、焼却炉のゴーゴーいう音とかがひたすら流れてはいるものの、言うほどのインパクトは感じられず、直ぐに気にならなくなって、予想を超えてはきませんでした
しかし・・・これがジョナサン・グレイザー監督の術中にまんまとハマってしまったということに後で気づきました
この異常な状況に慣れてしまうとか、大して何とも思わなくなるところが“あなたも“ナチスとかわらないんだよ”と鉄槌を打たれてるということなんですよね、自分でもとても怖くなりました
「人間って・・・」ということですね
そしてキャスティング、メインキャストの「落下の解剖学」で全く自分と合わなかったザンドラ・ヒュラーさん、やっぱり本作でもダメだった
今回もヒステリックで気難しい役ですが、見た目そのままの印象、ある意味本人的にはしっかり役にハマってて成功しているんでしょうが、見た目も雰囲気も生理的に受け付けられず、それも相まってメチャクチャしんどい105分でした
特に彼女の役の話ですが、恐らくユダヤ人であろう女中の若い女性に「お前を焼いて、灰を家族にかける」とか平然と言うところなど、ホントに嫌な役が完璧に合ってて、心から嫌な人だなあと、ホントに早く終わってほしかったです
あと、意味がわからない、気になった描写がいくつかありました
・ナイトビジョンモードで撮ったような映像のくだり
・画面が真っ赤になるところの意味
賞レースで話題だったから観たけど・・・というところですね
不思議と?
テーマは濃いが内容は超薄い。衝撃、刺激に飽きた方にお薦め
「画期的な映画」と絶賛され数多くの映画賞を受賞した本作品。
戦時下でありながらも、豪邸に住み使用人を数人抱え、湖でピクニック、庭にはプールや家庭菜園を楽しんでいる家族。違和感があるのは壁の向こう。擬音や怒号、叫び声が響き渡っています。しかし、この家族は一切気にしていません。そしてこの家族の冷徹さが垣間見えるのが、ユダヤ人から取り上げた服や宝石の品定めをしては気にいった物を手にして満足しています。主の仕事はユダヤ人を効率よく扱うことで評価されるものでした。使える者は仕事をさせ不必要は処分する冷酷な仕事です。この作品が画期的と評価されるのは、このユダヤ人に対する残虐シーンを出さず、壁一枚を挟み天国と地獄という縮図を表していることです。淡々とこんな能天気な家族の生活を映し出しています。しかし、余りにも薄味過ぎます。ホロコースト劇といえば濃い展開や衝撃的なシーン、映像となるので、目新しさはありますが、余ほどの想像力を働かさなければこの許しがたい残虐を感じ、理解するのは無理があると思います。
遠くにいる私たち
「ああ…やっぱり来なければよかった…」
この日は某企業のお客様感謝デー。とってもお得に映画が見れるというのに。
目一杯、お客様感謝されたがるワガママな私の、至福の時間に相応しい映画として選んだ本作。
上映早々に耳に突き刺さってくる、人々の断末魔のようなオープニング音楽。
至福の時間は、あろうことか一瞬で苦行へと導かれた。
マジか。。でも、よし、いいよ。覚悟したよ。受け止める。
***
本作の目指した、風刺的かつ鋭いメッセージ。なぜ今この題材なのか、そして本作が観客に問いかける「自らを疑え」と言わんがばかりのテーマは、相当に意義のあるものだと思う。本作が日本に於いてもヒットしている事実がそれを物語っているのだろう。
1秒後に過去となる「いま」は、一人ひとりの人生のワンシーンであるとともに、引いては人類史、至っては地球史のワンシーンと考えたほうがよい。そして今日、平穏平和とは言い難い事象がそこここで起きているわけだ。
それで?
道端で人が倒れても素通りしますか?ってやつだ。
電車の中で人が倒れたら、ビビって不安そうな視線を投げかけるだけ?ってことだ。
壁の向こうで100万人以上の人々が死に続けていても普通に暮らせる感覚は文字通り狂気の沙汰だが、いまガザで毎日200人ペースで死んでいる状況にも関わらず、今日は大谷さんがホームラン打ったかどうかをまず知りたいお前(=私ね)の心も似たようなものじゃないのか?と、パンと頬を張られた気持ちになった。
以上が素直な感想で、以上です!
***
と、ここで筆を置いたほうが良いことは重々承知の上で、底意地の悪さが鎌首をもたげてきたのだ。
確かに、音響やビジュアルやカメラワークがモダンだし、アート性の高い絵面はある種、眼福だった(ポスタービジュアルは意味合いも含め秀逸!)。
時折 見ているこちらの眠気を誘うほどの平穏な生活。その裏で当然にあった狂気を、例えば子供心をネガ現像で描いてみたり、美しい花々がまるで能面のように無表情でこちらを見つめてくる映像、また現代のアウシュヴィッツ博物館の平常風景の差し込み方など、狂気を異なる視点から描くことで、そこはかとなく恐怖を伝える手法が印象的。
しかしだ。
最近、加害者側を主役に据える作品、多くないかい?
逆転の視点は謎=見たい、おもしろいのは理解しているし、本作の制作意図は前述の通りだから、それも納得なのだが。
でもこれは人類史上最悪の戦争犯罪であるホロコーストがテーマでもあるのだ。
ホロコーストは、本作「関心領域」「シンドラーのリスト」「ライフ・イズ・ビューティフル」など本当の意味では描けないほどの殺戮であって、もしそんな映画を作ったら観客が卒倒してしまうとはいえ、しかしそういう狂気に直に触れた恐怖体験が、戦争を繰り返さないという集団的自戒=平和な時代を作ってきたはずだ。ある種の凄惨な「疑似」体験が戦後80年を超える現代にはそろそろ必要なのでは無いか?そう思うのだ。
映画は、本当の痛みを伝えることができる文化でもあるのだ。
そんな映像を、とうてい私は見る自信は無いのだが、私と同じように考える「普通の人々」が、さしたる意味もなく今 悲惨な現状に追い込まれている。
ぶちまけると「関心領域」も「オッペンハイマー」も、そこにいない人、”遠くにいる人用”の啓蒙映画でしかない。被害者当人に【僕たちね、今こんな感じで映画みて『やっぱ考えなきゃなー』っていう勉強してるんすよね】なんてこと、言えないでしょう。
じゃあ何ができるの?具体的にやれること無いじゃん!
っていう感覚ね。諸悪の根源かと。
ああ…苦しいな。
うまくレビューなんか書けないわ。
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