「現代版 フルメタル・ジャケット~新しい反戦映画の形~」関心領域 GodFieldさんの映画レビュー(感想・評価)
現代版 フルメタル・ジャケット~新しい反戦映画の形~
ミッドサマーでお馴染みA24制作
監督は「記憶の棘」のジョナサン・グレイザー
「記憶の棘」はかなり前に見た映画ですが今でも鮮明に覚えていてニコール・キッドマンのショートヘアも印象的でしたが何より非現実的な情景が淡々と進み徐々に観客を恐怖に引き込む手法は本作でも受け継がれていると思います。
物語は第二次大戦中のアウシュビッツ収容所と壁を一枚挟んだお隣に住む収容所の所長とその家族の話ですがそれだけでは映画は終わりません。
本作同様にサム・メンデス監督(イギリス出身ユダヤ系)の「ジャーヘッド」やユダヤ系監督のスピルバーグの「シンドラーのリスト」とは異なる視点の戦争映画でありユダヤ系監督が自ら現在のイスラエルのガザ侵攻に対する痛烈な批判と差別、侵略、戦争。そしてそれを無関心に過ごす私達に向けられた作品にも思えました。
この監督の勇気にアカデミー賞以上の賞が贈られる事を願います。
「常に音の圧に襲われる」
暴力を音だけで表現した本作はS・キューブリックの「2001年宇宙の旅」張りに何も映らない真っ暗な映像から始まり音の強い圧がかかりその暗闇と音の時間の長さに観客は緊張に包まれます。
この音の異変は予備知識が無くても気が付く程、主人公達の生活の風景にもずっと付いて回り、常に鳴り響く不快な音は主人公達が住むお隣のアウシュビッツからの音だった事が映像の中で徐々に明かされる。この映画は105分ですが暴力を音だけで伝える作品だけに常に鳴り響く音の圧に耐える、例えるならばクラブでかなり強めのベースミュージックを聴き続ける様な忍耐力が必要でした。
「音に負けない痛烈なセリフ」
主人公の妻が笑いながらに放つ
「私はアウシュビッツの女王」メイドには八つ当たりで「お前なんて夫がすぐに灰にするわ」は映画で無かったら国際的問題になりかねないパンチラインだ。主人公に新しい焼却炉の提案をする営業マンの会話では、図面を元にユダヤ人を連続して焼却炉で処分出来るシステムについて淡々と語られ、
(主人公も電話でそれを採用する意向を示す電話シーンもある。)
主人公も「パン屑(焼却されたユダヤ人)から真珠や宝石」や主人公が子供を寝かしつける時のおとぎ話でも「魔女(ユダヤ人)を生きたまま暖炉で焼き殺した」など妻に負けない印象的なフレーズを連発するがそれがどれも淡々としていて、無感情なのだ。
これは同じ戦争映画の「地獄の黙示録」の「朝のナパーム弾の香りは最高だ!!」
のセリフや「フルメタル・ジャケット」で主人公の仲間が死んだベトナム兵で遊ぶシーンと同様、不快ながら自然に描写され戦争の当たり前を冷淡に演出しています。
「定点カメラ」
冷酷な話をする主人公達が無表情で記憶に薄いのもそのはず、殆ど人物の後を追ったりズームしたりとカメラの動きが無いから臨場感が生まれない。
主人公の子供達がはしゃぐシーンでもすぐ真上にユダヤ人が輸送される機関車の煙がもくもくと上がっている。主人公が釣りをし子供が遊ぶ川にはユダヤ人の灰が流される。普通の会話シーンでも処刑の際の銃声や悲鳴が聞こえるがそれも気にする事なく会話は進んで行く。あえての定点カメラの動きの無い映像は残虐な処刑をしている現場のすぐそこの人達の無関心の恐ろしさを際立たせる見事な手法だ。主人公の妻が誇りに思う生活だが娘が不安で寝れない、妻の母親が不気味過ぎて逃げ出すなどさり気ない皮肉も写している。
これはイスラエルのガザ侵攻やロシアのウクライナ侵攻で人が虐殺されても無関心な私達にも向けられている視点だとも思う。
「サーモグラフィ」
映画の途中、アニメーションの様なサーモグラフィを使ったシーンがある。
ここで登場するのが収容所の人達に善意で食材を運んでいた少女で実在の人物を描いたようだ。本作でも彼女は林檎を収容所の人達の為に埋めるなど、献身的なシーンがあり家やピアノ、着ているワンピースまで本人の物と言うのは驚き。
暗闇での隠密行動を現代の技術のサーモグラフィで写したのも斬新で目を引く。
本来であれば彼女はこの映画で光に照らされる唯一のヒーローであるはずが暗闇に映るダークヒーローと言うのも記憶に残る手法だ。
そんな彼女が収容所のユダヤ人が書いた楽譜を拾い上げピアノを弾く印象的なシーンがある。
ピアノの音だけで歌が無いはずなのだが本作では和訳の歌詞が表示される。実在したその悲しみに満ちた歌詞は是非、劇場で見て頂きたい。
映画は現在のアウシュビッツ、処刑されたユダヤ人の私物や靴が大量に積まれた映像でクライマックスを迎える事なく終わる。レビューで多くを語ったが、主人公の下らない営みや音や映像が凄いなどの要素一つ一つはどうでも良い話。
日本でもロシアのウクライナ侵攻は多くニュースや番組でも取り上げられるがイスラエル(ユダヤ人)によるガザ侵攻によるニュースは前者に比べ余り多くない。
日本も関東大震災で復興の為に、ユダヤ人の富豪から恐ろしい額のお金を借りた歴史もあり、アメリカ含む海外もイスラエルとパレスチナと言ったら利益的に影響力や大富豪が多いイスラエルと宜しくやるのが情勢的に正解だ。そんな中でユダヤ系の監督自らこの様な映画を作った事が一番重要で現に日本の私達にも届いているので立派な功績だと思う。
映画のラストが弱い、(良い意味で今風で良いと思う)反戦ならばストレートに描けば良かったと言う意見もあるかも知れないが、上記で述べた事情の中ではこれが最善だったのではとも思う。何の知識も無ければ、ハーケンクロイツの氷の飾り、虐殺されるユダヤ人のシーンも出て来ないのでナチス賛美映画、ホロコースト(ユダヤ人迫害)だけを訴える映画にも見て取れる。
これでも実際は多くのユダヤ人やそれを支持する著名人からも批判を受けている記事も目にしたので(映画関係者だけで1,000人)ストレートに作ったら公開すら危うかった可能性がある。昔から身を守りながら手法を変えて民衆に差別や反戦を訴えるアーティストは居た訳だけど今回はユダヤ系の人が世界で公開される映画を使ってガザ侵攻を否定している。映画業界から消されたり命を狙わられる危険性まで本人のリスクも相当高いはず。上記を除いても重低音含む音の厚みによる表現やサーモグラフィなど音も映像も進化した現代だから出来る表現であり、レビュータイトルの「フルメタル・ジャケット」は反戦映画では無いのですが本作を見て初めてキューブリック作品を見たあの「新しく、とんでも無い物に出会った」感覚を思い出し使わせて頂きました。作品自体の技法や映画に対する熱意もキューブリック作品に勝るとも劣らない俊作であると思います。
自分では戦争を止める事が出来ませんが、この作品を通じて戦争の愚かさを一人でも多くの記憶に棘が刺されば良いと心から願います。