「日常の中の地獄を描く」関心領域 ガジュマルさんの映画レビュー(感想・評価)
日常の中の地獄を描く
『関心領域』は、アウシュヴィッツ強制収容所の所長ルドルフ・ヘスとその妻ヘートヴィヒをモデルにした物語で、これまでのナチス関連映画の中でもっとも衝撃的な作品の一つと言えるでしょう。
映画は、至って平凡な家庭生活の映像に、真っ赤な画面で血を想像させるシーンや、煙や灰をフィルムっぽいシャープな白黒映像で挿入し、観客に考えさせます。音の表現力も高く、不気味な空間を想像させる効果を生んでいます。映像に直接描かれないことで、観客の想像力を駆り立てる恐怖感は圧倒的です。
父親として、夫としてヘスの姿はどこにでもいる一般人と変わりありませんが、所長として短時間で数百のユダヤ人を虐殺するインフラを作り上げるその発想は戦慄させます。妻のヘートヴィヒは、ユダヤ人収容者から奪ったものの中から自分に最も価値のある毛皮コートを残します。彼女の赤ちゃんや夫に対する愛情は、表向きの形さえ整えれば良いという考えで、きれいな庭園を手入れし、好きな農業ができれば自分は幸せだという価値観は理解し難いものです。ヘートヴィヒのお母さんすらこの収容所の壁を隔てた平和な家庭環境から逃げ出しましたが、ヘートヴィヒの育った環境以上に、彼女の心の病は深刻です。彼らの子供がどのような人間になるのか、考えさせられました。
エンディングでは、ヘスの健康状態を医師に正常だと言われても、心理状態はかなり病んでいることが描かれ、その描写力は見事です。良い暮らしをしているヘス家は、誰もが心に食いしばっているとほのめかします。
この映画は、観客にそれぞれの関心領域がどのように多様であるかを示しつつ、見て見ぬふりをする心理がどれほど恐ろしいものか、平和ボケで良いのかを問いかけます。