首のレビュー・感想・評価
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暴力描写
もう二度と北野武の才が蘇ることはないのだろう。「その男、凶暴につき...
もう二度と北野武の才が蘇ることはないのだろう。「その男、凶暴につき」「ソナチネ」には。パンフレットには、20〜30年前からもう脚本はあった、とある。その頃の武が撮っていたら、と考えてしまう。元々中村獅童が主役だった話が変わっていったように見える。
しかし、それでも、このレベルの邦画を撮ることが出来る監督が今いるだろうか。いない。死体と争いが絡むショットは天才。
また、最後にあそこで話を終わらせることの出来る人間がいるのか。今や北野武と三宅唱だけだと思う。
傑作ではない。しかしこの境地にたどり着いた邦画ももう見ない。それが悲しい。三宅唱、もうあなたしかいない。
衆道外道
戦国バイオレンスBLコメディと言った感じの本作 今まで神格化されて...
期待しすぎた
加瀬亮の信長が新しい
映画館で鑑賞。
あまり事前情報を入れないように観に行ったので、実際みたら中々ビックリな内容だった。
「戦国アウトレイジ」かと思ったら全然違うじゃんっていう。
一方で映像的には、邦画では久しぶりの大型時代劇でもあり、黒澤明のカウンターではないけど黒澤明の時代劇の北野武流パロディという印象。
これは座頭市の時もそうで、当時多くの人が共通認識として持っていた「勝新の座頭市」をパロディにしているわけだけど、たけしさん自体、時代劇、座頭市の本質的な部分を理解・リスペクトした上で脱構築してるからこそ「たけしオリジナル」として成立してるんだと思う。
劇中では、加瀬亮演じる織田信長がとても良くて、これまでのある種カリスマヒーローとしての信長ではなく、方言丸出しでがなり散らす、身も蓋もなさが新しいと思ったし、これが他の作品だったらいくらなんでもオーバーアクトになっちゃうけど、本作の織田信長に関しては、あれくらいのオーバーアクト具合が絶妙にいいと思った。
で、そんな戦国武将たちのすったもんだを、一歩引いたところから茶化す秀吉、黒田官兵衛、秀長の3バカは現代語で話してるんだけど、そこに違和感がないのは、この3人は観客代表としてこの群像劇を批評的に見る役柄だからだと思う。
多分首が斬られるシーンや生首の数は歴代時代劇最多だと思うし、不謹慎だけど笑えるシーンも多いので劇場で観て損はしないと思う。
明治維新の
ここまでハマると驚嘆しますね
北野武映画大体観たが、何か物足りなさを時々感じていたが、その謎が解けた気がする。それは、戦国時代のような容赦のない時代観なのだと思う。人物描写に復讐や、成り上がり、現代人には到底理解できない無茶苦茶な心理この混沌とした感情、人の命が軽い時代、それこそ北野武映画に必要だったのだ、戦国時代はどういうものか、それは実感がないためわからない、しかしここに真実があるのではと思える迫真さが胸を打つ。織田信長が狂い、明智光秀が策士で、羽柴秀吉が策略を練る、徳川家康は狸、そういう一つ一つが嘘だと思いながら本物に感じる。
今までの北野映画にはない輝きがある、現代人がやると過激過ぎて、嘘すぎて滑稽に見える物を戦国時代に置き換えた時、進化をするのだと思った。歴史映画と呼べるほど高尚では無いあくまで娯楽映画ではあるが、ただ笑うだけでは勿体無い力を感じた。昔の武映画は大体が傑作だ、キッズリターンしかり、ソナチネしかり、諸々のそこで受けた衝撃に決して負けはしない、観た後の心地よさはそれ以上かもしれない。
それにしても出てる俳優は皆力のある凄い役者ばかりなので、その力は大きいかな。
後予告とか、番宣で重要なシーンかなり使ってると改めて思う、観なきゃわからないけど予告とかで良いシーンやりすぎだね、ここが現代の映画の嫌なところだ、なんの予備知識無しで観たいと今更ながらわがままを思いながら、この心地よさに浸ろうと思う。
23-137
これまでには無さそうな戦国時代の映画ではあるけど
外国人の方が見ることを想定されているように思える作品。
今年396本目(合計1,046本目/今月(2023年11月度)28本目)。
(参考)前期214本目(合計865本目/今月(2023年6月度まで))
そこそこ長い映画で(140分ほど)、ストーリーというストーリーは存在するものの、タイトル通り「首」をどんどん斬り落としていくだけに後半なってしまうので(この意味で積極的なストーリーが見出しにくい)、やはりこの映画、狭い意味での外国人(観光で来ているなど。日本に適法に長期在住している外国人を除く)の視聴がある程度想定されているように思えます。ストーリーというストーリーを見出しにくく、日本の歴史ものを本気で取り上げようとすると(狭い意味での)外国人にはなかなか厳しく、このレベルの描写が事実上上限になりうるから、という実際の問題です。
※ そういえば、来週(12/1)の「ナポレオン」はどうなるんでしょうか…(日本から見た観点で。高校世界史程度では返り討ちにあいそうな予感。公式サイト参照のこと)。
こういった事情があるため、「積極的に」日本人が見ることをあまり想定していないところが多少なりともあります。歴史ものではありますがこの事情そのものは小学社会の歴史の範囲で、当然あることないこと付け加えられない一方で当時は資料もあまり残っていなかったのである程度着色しているのであろう点など考えると、(広い意味での)日本人には(ここでは、日本に適法に長期間在住していて日本の歴史もある程度理解できる外国人も含む)ほぼほぼ常識扱いの描写がずっと続くからです。
こうした理由(ちなみに大阪市では「ゴジラ-1.0」の英語版字幕まで放映されていました。このように「外国語版」そのものは字幕の有無だけなので、「海外進出」というより字幕を差し替えればいいだけの模様)から、「あまりこう、積極的に見に行って感想を書き込むのが難しいかな」といった特殊な映画ではあります(海外進出を想定しているのかストーリーは極めて平坦だし、よってストーリーうんぬんを語ることが難しい)。
評価に関しては以下の通りです。
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(減点0.3/「役不足」の意味)
・ 当時の日本語でも今の日本語でも「役不足」は映画のような用法(いわゆる現代日本語における誤用法とされるもの)はしません。
(減点0.2/「くのいち」について)
・ この点はご存じの方も多い通り、当時はこのような使い分けがなかったため(男女の差で使い分けることがなかった)、歴史考証が甘いように思えます。
(減点なし/参考/宣教師が出たりエンディングロールの「スペイン語監修」とあるもの等)
・ 日本での鉄砲文化やキリスト教文化はいわゆる「南蛮文化」としての扱いですが、当時はポルトガル語でした。ただ、「あえていえば」そうであり、当時はスペイン語とポルトガル語はそれほど明確に分けられていなかった、という事情が実はあります(なので、当時日本に入ってきた「ポルトガル語」は、「ポルトガル語」と「スペイン語」を混ぜたような言語だった)。
また、リアル世界事情に目を向けると、純粋な意味でのポルトガル語(イベリアポルトガル語。要は、ポルトガルで話される言語)と、ブラジルポルトガル語(ブラポル語)では後者のほうが圧倒的に使用者が大きく(愛知などに在住しているブラジル人の方々が使われているのもブラポル語です)、歴史に即せば「純粋な意味でのポルトガル語」による監修にすべきでしょうが、上記のようにそもそも「当時は2言語が明確に区別されていなかった」こと、さらに実際上の問題として「イベリアポルトガル語」(ポルトガルにおける正式用法というべき使われ方)を監修できる方が日本において少ない、といった事情もあるものと思われます。
※ 実際に、現在のリアル日本でもポルトガル語を学習できる環境はほとんどなく(愛知・静岡など特殊な地域を除く)、スペイン語と一定の互換性があるため、これら外国人の取扱いを目指す行政書士が「代替言語」としてスペイン語を学習することがあるのは、こういった事情です(大阪市ではそもそもポルトガル語を学習できる環境すら存在しない)。
まぁ、予想通り
今年出た集大成的なやつはほぼほぼスカだったな。 エヴァとかジブリの...
汚い戦国時代劇
北野たけしさんが想像した『本能寺の変』の解釈
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