「何もまだ終わってはいない」コヴェナント 約束の救出 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
何もまだ終わってはいない
スタイリッシュで洒落たクライム・ムービーが持ち味のガイ・リッチーだが、たまに手掛けるニュー・ジャンル。アクションの『シャーロック・ホームズ』とかファンタジーの『アラジン』とか。
本作もまた。臨場感と緊迫感ある戦場アクションで新境地。
最近も『カンダハル 突破せよ』で描かれたアフガニスタンやタリバン。複雑な情勢で映画でも小難しくなる事多いが、本作は非常に見易く分かり易い。
アフガニスタンでタリバンの武器庫を掃討する任務中のキンリー曹長率いる小隊。
新たなアフガニスタン人通訳のアーメッドを雇うが、少々手を焼く性格。が、地形に詳しく、裏切り者を察するなど勘の良さで、隊の危機を救った事も。
新たな武器庫を発見するも、交戦に。キンリーとアーメッド以外、隊は全滅。
二人で決死の逃避行。が、キンリーがタリバンの襲撃で腕と足に深手を…。
重傷のキンリーを手押し車に乗せ、アーメッドはおよそ100キロの山中を行く。それはタリバンから逃れ、険しい山道を行く長く過酷な道のり…。
簡単に出来る事じゃない。考えるだけでもしんどく、気が遠くなる…。
アーメッドにとってキンリーは異邦人。こちとら雇われただけで、助ける義理もない。心苦しいが、自分の安全を考慮して見捨てる選択肢もあった筈だ。
道中車輪が進まず、音を上げそうになった時もあった。が、アーメッドは諦めず、見捨てなかった。
単純に思う。何故そこまで出来る…?
元々タリバンの下で麻薬の売人をしていたアーメッド。が、息子を殺され、タリバンを憎むように。アメリカに協力。
ビザを取り、家族とアメリカへ渡る事が夢。
タリバンへの憎しみや夢の為があったのかもしれない。
でもそれ以前に、困ってる人、怪我した人を放っておけない。ただただ、人としての善意。
この直前、二人の逃避行も割と尺を置いて描かれる。
仲間を失い、悲しみに暮れるキンリー。タリバンに息子を殺されたアーメッドは心痛が分かるが、掛けてやれる言葉が出てこない。微妙な距離感。
しかし、危機をくぐり抜けてきた。信頼や言葉無くとも通じる確かなものが芽生え始めていた。
山を越え、谷を越え、荒れ地を行き…。
キンリーも怪我に苦しみ、同胞の助けを借り、危うくタリバンとの接触を経て…。
米軍が救助に。苦難の逃避行が終わり、無事帰国の途へ…。
『カンダハル 突破せよ』と『ローン・サバイバー』を合わせたようなサバイバルと救出劇。
その2本ではここで終わりだが、本作はまだ終わりじゃない。
“その後”を描いたのがミソ。
帰国し、家族とも再会し、怪我も治り、平穏な日常に戻りつつあるキンリー。
度々思い出すのが、朧気な記憶の中、過酷な逃避行と助けてくれたアーメッド。
命の恩人。忘れる事など出来ない。何かしてやれる事はないのか…?
そんな時、アーメッドに関するある話を聞く。
キンリーを助けた事で非タリバン派から英雄視。が、それ故タリバンからは同胞を裏切った者として命を狙われているという…。
自分を助けた事で窮地に。アーメッドだけじゃなく、家族も。
今自分はこうして居られるのに、家族と再会出来たというのに、彼は…。
寝ても覚めても彼の事が頭から離れない。まるで呪縛のように。
それほど気掛かり。受けた大恩を返すのは今こそ。彼と彼の家族をアメリカへ。
移民局などに掛け合い、ビザを発行して貰おうとするも、何処の国でもお役所の対応は…。
苛々が募る。少々お待ち下さい、今暫くお待ち下さい。…
待てだって? 待ってる暇など彼らには無いんだ!
上官にも掛け合う。ほぼ独断で強行手段に出る。
俺がまたアフガニスタンに行って、彼らを救出し、アメリカに連れて来る…。
無償で助けて貰ったこの命。
ならば今度は、こちらが命を懸けて助ける時。
日本人ならこの恩義はグッと来るだろう。
勿論、簡単な任務ではない。
アーメッドの居所は不明。唯一最後に接触したアーメッドの弟の情報が頼り。それも確かではない。
米軍の援軍は控えているが、諸々の事情により介入出来ない。孤立無援。
偽名で入国。何故なら、タリバンが血眼になってアーメッドとキンリーを探している。もし、見つかったら、バレたら…。
それでも、危険を承知で行く。
明確に交わしていない。しかしこれは、二人の“コヴェナント(絆、約束、誓い)”なのだ…。
初めて挑んだジャンルながら、ガイ・リッチーの手腕は上々。近年の作品の中ではベスト級では…?
スリリングなアクションは元より、二人の男のヒューマンなドラマが盛り上げる。
それを熱演したジェイク・ギレンホール。
何より、ダール・サリムの存在感。その熱演の中に、カッコ良さ、人としての崇高さ、優しさが滲み出す。
キンリーが再びアフガニスタンへ赴く際の、奥さんの言葉も忘れ難い。よくある設定だと反対する所だが、夫の意志を尊重する。夫や家族にとっても恩人の窮地を見捨てる事など出来ない。
実話のようだが、モデルとなった実話は無い。
アフガニスタン問題やアフガニスタン人通訳の幾つかのエピソードをベースに創造したという。
物語はフィクションだが、起きている事はノンフィクション。だからこそ胸に響く。
EDのスーパー。米軍のアフガニスタン撤退後、タリバンが政権を掌握。アメリカに協力した“裏切り者”は家族もろとも今も命を狙われているという…。
アーメッドのように救いの手を差し伸べられたのはほんの一握り。
今尚続く余波と問題。何もまだ終わってはいない。