「恋愛が先か、結婚が先か。情熱と現実の間。」きっと、それは愛じゃない レントさんの映画レビュー(感想・評価)
恋愛が先か、結婚が先か。情熱と現実の間。
ただの恋愛ドラマでなく、異文化交流や世代間ギャップ、結婚への価値観、家族愛を描いたかなり深い作品。脚本家の方はまさに主人公と同じくパキスタン人の男性と結婚してるので、内容が噓っぽくなくて真に迫ってた。セリフもいちいち名言が多くて、濃密な映画体験ができた。
劇中で言われるように恋愛結婚よりも見合い結婚の方が長続きする。恋愛結婚は減点方式、見合い結婚は加点方式。見ず知らずの人間同士なら暮らしてゆくうちに互いの良いところを発見できる。逆に良いところを知り尽くしての恋愛結婚なら嫌なところが見えてくる。
恋愛の延長線上にある結婚を選ぶか、あるいは結婚と恋愛は別物として割り切るかそれは人それぞれ。恋愛は情熱、結婚は制度なんて言葉もあったっけ。
恋愛は自分の感情の荒波に翻弄されて冷静な判断力を失わせるから、時には相手を傷つけたりもする。恋愛にはそもそも安定なんて必要ないのかも。強い炎は燃え尽きるのも早い。逆に火を長く灯し続けたいならコトコト煮る方がよい。そういう意味では恋愛は結婚におけるファイアースターターかな。
恋愛は一過性のもの、結婚は安定が必要とされる。情熱に左右されず冷静な関係でいたいなら見合い結婚はおすすめかも。
ただ、見合い結婚が長続きするのはしがらみが理由としては大きいとも思う。家同士が決めた結婚、自分たちの意思では簡単に解消できない。劇中のマイムーナの言葉通り結婚を続けるために演技し続けなけれなならない。
ゾーイは幼馴染のカズが見合い結婚をすることに違和感を感じながらもその過程を撮影し続ける。
イギリス生まれのパキスタン人の彼とは隣同士で家族ぐるみの付き合い。敬虔なムスリムの家庭で育った長男でもある彼の気持ちは十分理解できた。でも心のどこかで引っかかる。その理由を彼女はこの時はまだ気づいていない。
ゾーイは経済的にも精神的にも自立した女性であり、結婚に対しては冷めた考えを持っていた。自立しているから自分には王子様は必要ないと。でも心のどこかでさみしさを感じては夜ごとその場限りの恋愛を繰り返していた。
撮影を続けるうちに彼女の心の引っ掛かりはどんどん大きくなる。その国の伝統文化宗教を重んじるのは理解できるし、家族のことを優先したいという気持ちも。でも自分の気持ちを犠牲にしてまで結婚してほしくはなかった。どうでもいい人間ならそんなことは思わない。自分の好きな人がそんな結婚をすることがゾーイには耐えられなかった。彼女はカズに対する自分の気持ちに気づいてしまう。というよりも封印していた自分の気持ちを抑えられなくなる。
周りのことよりも自分の気持ちを大事にしてほしい。そしてそれは母を安心させるために妥協しようとしていたゾーイ自身にも言えることだった。そしてカズもゾーイへの気持ちを抱き続けていた。
結婚相手のマイムーナが好きな人がいながら見合い結婚したことを知ったカズは離婚を決意する。演技し続けるという彼女の言葉が彼の胸に突き刺さった。
古い世代の人々が伝統や宗教を重んじてそれに固執するのは仕方ない。そういう環境で生きてきたのだから。でも外国で、異なる環境で育った若い世代に同じ生き方を強いるのは酷だろう。広い世界を知ってしまってるから価値観も変わってくるし。カズは古い世代と若い世代の間で悩む。自分の気持ちを優先させるか、伝統文化家族を優先させるか。
個人の意思が優先されるか、伝統文化家族が優先されるか。結局は個人の気持ちに素直に生きることを否定できないと思う。なぜなら、自分の好きな相手と結婚することも、家族を思って見合い結婚することもどちらも個人の意思で決められるからだ。個人の意思が原点のはずが個人の意思が尊重されないのは本末転倒だ。だからゾーイは見合い結婚を決めたカズに対して何も言えなかった。カズへの気持ちに気づくまでは。
そもそもどちらか一択なんて酷な話だ。自分の気持ちも大事にしたいし、家族や伝統も大事にしたい。お互い譲り合えばいい。古い考えに固執せず柔軟に考える。それが一番いいし、実際にそうなってゆくはず。
たとえ異教徒同士でもカズとゾーイの家族は隣同士仲良くやってきた。お互いを尊重し合い歩み寄れば世界から争いなんてなくなるはず。凝り固まった考えに縛られていたら誰も幸せにはなれない。
カズの妹は自分の気持ちに素直に従ったゆえに家族とは絶縁状態になり腫物扱いされていた。ゾーイはそんな妹を映画に出演させて思いのたけを語って貰った。それに対して憤ったカズも本当は妹の気持ちがわかっていたはず。
妹やマイムーナの気持ちを知ったカズは自分に素直に生きることを選択しゾーイと結ばれる。妹も家族に受け入れられてハッピーエンドを迎える。
現実はまだまだ難しいかもしれない。たとえ隣同士で住んでいても違う大陸に住んでいるというカズの言葉は重い。いつか世界中の人々が同じ大陸に住めるようになればいいのに。
これはかなりの傑作だった。この公開規模が信じられないくらい。多くの人に見てもらいたい作品。
映画会社がマーケティングへたくそだったのかな。ポリコレにうんざりしてるという人ほど見てほしい作品。
鑑賞したのは昨年末だけどあまりに内容が濃くて自分の中で整理がつかず何とかレビュー書き上げた。でもとてもすべてを語りつくせない。
内容もさることながら登場人物のキャラクターも素晴らしかった。特にゾーイのお母さん、普段おちゃらけてるのに言うときは言う、自立してることと他人を遠ざけてることは違うとか、ほんと本作は身にしみる素敵はセリフが多かった。あと何でも飲み込むワンちゃんもかわいかったな。