「権力を持つ巨悪は、周囲の心をも飲み込むブラックホールのよう」アシスタント 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
権力を持つ巨悪は、周囲の心をも飲み込むブラックホールのよう
今年1月に日本公開の「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」(監督はドイツ出身のマリア・シュラーダー)と同様、のちの「#MeToo運動」につながった米映画プロデューサーのハーベイ・ワインスタインによる性暴力を題材にしつつ、性暴力の直接的な描写は避けている。「アシスタント」を監督したオーストラリア出身のキティ・グリーンも、被害者に悪影響を及ぼしかねない性的なシーンを入れずとも、訴えるべきテーマはきちんと伝わると判断してのことだろう(2作品とも非米国人の女性監督という共通点も興味深い)。
本作の主人公ジェーンは、大物プロデューサー(作中では固有名詞がなく、単にboss=会長と呼ばれる)が率いる映画製作会社に入社し5週目のジュニアアシスタント。映画は、彼女が職場で体験するある1日の出来事を淡々と追い続ける。会長のオフィスを掃除し(ソファを消毒したり、床に落ちていた女物のアクセサリーを拾ったりする)、同僚の男性社員らの冗談めかした噂話を聞かされ、地方から出てきた業界未経験の若い女性を高級ホテルへ送り届ける……これらの小さなエピソードを点描のように連ねて、会長が女優や業界志望の若い女性に対して行っていることを観客に想像させる。
会長の性暴力を知ることだけでなく、組織的な隠蔽に加担する男性社員らの態度によっても、ジェーンの心が少しずつ削られていく様子を、ジュリア・ガーナーが繊細に演じ切っている。日本にも「長い物には巻かれよ」ということわざがあるように、ジェーンの先輩社員らは会長の不正に抗うより黙って従う方が自分のキャリアにとって得だと割り切っている。権勢を誇る大物の悪行は周囲の人間の心をも蝕み、まるで巨大な質量ゆえに周囲の光さえ飲み込むブラックホールのようだ。
日本に目を向ければ、ジャニー喜多川によるジャニーズ事務所所属タレントへの性加害問題が2004年の高裁で事実認定されながら、番組制作や出版事業で利害関係のある大手メディアグループに属する報道部門が沈黙してきたことも、間接的に隠蔽に加担したのと同じ。結果、判決後もジャニー喜多川に性的虐待を受ける被害者は出続けたと推定され、死後4年経った2023年3月にBBCがこの問題をドキュメンタリー番組で取り上げたことで、ようやく日本の主要メディアも扱うようになってきた。遅ればせながら日本のエンタメ界にも波及してきた#MeToo運動だが、日本で起きた性加害・性的虐待を題材にした映画が今後作られるかどうかを含め、メディアに携わる人間の矜持が問われていると同時に、受け手であるオーディエンスの意識も時代に合わせアップデートする必要があるのは間違いない。