「新たな戦前を迎えつつあるこの国で」映画 窓ぎわのトットちゃん レントさんの映画レビュー(感想・評価)
新たな戦前を迎えつつあるこの国で
日本の学校教育は一人の教師が大勢の生徒を受け持つ一斉授業で行われるため、平均的でおとなしい生徒が好まれる。画一的な教育を目指すものなので均等な能力の育成に効果はあっても、個性や才能を伸ばすことには不向きだ。例えばギフテッドの子供や逆に平均より能力の劣る子供はその枠内からはみ出してしまうデメリットがある。
人並外れて好奇心が旺盛で授業中でも気になることが頭から離れないトットちゃん。彼女の描くお日様の絵が画用紙からはみ出るように枠内に収まろうとしない彼女は教師からさじを投げられ、転校することになる。
彼女が通うこととなったトモエ学園は大正デモクラシーの流れで自由教育を標榜する考えのもと生まれた学園であり、少人数制で個々の子供たちへの気配りが行き届いた学園だった。校長の小林先生は初めて訪れたトットちゃんの話に延々と耳を傾ける。子供の気持ちを理解することが第一だというのはまさに児童中心主義の姿勢そのものだ。
原作者の黒柳さんは小林先生に言われた「君は本当はいい子なんだよ」という言葉がなかったら今の自分はないとまでおっしゃっている。
幼いころのこういった教師との出会いがその後の人生にどれだけ大きな影響を及ぼすかこの先生はよく知っている。だからこそ、悪気なく尻尾がついてるかもと発育不良の小柄な生徒をからかった教師に対しては厳しくしかりつけていた。
優しくもあり厳しくもあるそんな小林先生の下で子供たちはのびのびと学園生活を謳歌する。そしてトットちゃんにとってその後の人生に影響を与えたであろう出会いが。それは小児まひの泰明ちゃんとの出会い。トットちゃんは手足が不自由で遠慮がちな彼をプールや木登りに誘い、分け隔てなく彼と接する。そんなトットちゃんに次第に心を開いてゆく泰明ちゃん。服を汚して帰ってきた彼の服を見て涙ぐむお母さんは、洗濯が大変だから泣いたのではないだろう。
いらぬ気遣いから腕相撲でわざと負け、彼を傷つけることもあったが二人のきずなは強くなっていった。そんなトモエ学園での楽しい日々が過ぎてゆく中、戦争の足音が静かに忍び寄ってくる。
銃後の守り、お国が大変な時期だということで食糧配給は次第に滞り、育ち盛りの子供たちは質素な食事を強いられる。元気でのびのびと子供たちをはぐくむトモエ学園の教育方針とは真逆の方向へ向かおうとする国の姿勢がそこには映し出される。
お腹が空いてせめて歌を歌って紛らわそうとするトットちゃんたちに意地汚い歌を歌うなと怒鳴りつける大人の姿。本来大人は子供にひもじい思いをさせたくないと思うものだが、この時代は国こそが第一であり、そんな子供の気持ちさえないがしろにされた。
子供たちの気持ちを尊重するトモエ学園とは対照的に個人の意思を封じ、ただ国に従う人間を望む国の姿がここでは描かれている。
そしてやがて悲しい別れが唐突にやってくる。縁日で買ったひよこの死が予感させた通りトットちゃんは泰明ちゃんの死を目の当たりにすることになる。身近な人の死を体験するには幼すぎるともいえるこの体験が黒柳さんの現在のユニセフの活動につながったんだろうか。
泰明ちゃんの葬儀から飛び出して街中に出ると出征を見送る大勢の人々が、そして戦争ごっこをする子供たちの姿。国は第二次大戦へと本格的に突入しようとしていた。トットちゃんが生きる時代は大きなうねりに飲み込まれてゆく。
やがてトットちゃんには弟ができて、お姉さんに。トモエ学園を卒業して東京から疎開することになる。
その後トモエ学園は空襲で校舎を焼かれ、小林先生も亡くなり廃校になってしまう。トットちゃんは泰明ちゃんに本を返す約束を果たせず、トモエ学園の先生になる約束も果たせなくなる。
もし、トモエ学園が現存していたなら私たちはあの玉葱頭をテレビで見ることはなかったんだろう。
同日に鑑賞した「ゲゲゲの謎」の水木しげる氏ほど強烈ではないけど、明らかに幼少の頃黒柳さんが体験した戦争に対する思いが本作に込められていたように思う。
ガキ大将たちがトモエ学園をからかいに来た時、生徒たちはけんかではなく歌を歌ってガキ大将たちを追っ払った。それを見て背中を震わせていた小林先生。力ではなく歌で相手を負かしたこのシーンは本作で一番印象的だったし、これが本作で一番訴えたいことなんだろうと思った。
いまの日本は防衛費倍増で世界第三位の軍事力保有を目指そうとしており、新たなる戦前を迎えつつある。戦前に生まれ第二次大戦を体験した人の数は年々減っていて、ご存命でもかなりの高齢だ。そんな人たちが経験した話をこれからも引き継いでいかなければならない。もしこのバトンを渡すことが途切れてしまえばまた過去の同じような悲劇がこの国を襲うことになる。
トットちゃんのように子供たちには争うことよりも歌い、学び、遊び、伸び伸びと育っていってほしい。子供が国の未来の担い手、子供が幸せでない国に繫栄はない。
力ではなく歌で立ち向かったトモエ学園の生徒たちのように国はいかに戦争を起こさないよう知恵を働かせ対話を重ねることが大切かを学ぶべきだろう。戦争を知らない子供たちが引き起こす戦争によってこの国が二度と戦渦に巻き込まれることがあってはならない。
正直、こんなに直球で戦争を描いたものだとは思ってなかったので驚いた。年端もいかない子供に銃後の守りとか言って怒鳴りつける大人の姿には正直、反吐が出た。その後、いかにも自分は立派な国民だといわんばかりにトットちゃんたちを教え諭すような口調になるその姿にも。
子供たちの何気ない日常がやがて戦争に侵食されてゆくさまを見事に描いた。可愛らしい絵柄からは想像もできない戦争の不穏さを。その絵柄とのギャップがより効果的だった。ぜひとも子連れで観に行ってほしい作品。
こんにちは
コメントありがとうございます。
黒柳徹子さんは歩くそして生き方で示す平和大使のような
方ですね。
明るく元気で前向き本当に素敵な年の取り方ですね。
レントさんのレビューは、とても素敵です。
穏やかで静かに、これからの日本の進むべき道を教えてくれます。
世界第3位の軍事大国を目指してる、って本当ですか!
国民は貧しくなるばかりなのに、信じられません。
徹子さんの早口に負けない早食い、機関銃のように話しながら
お皿が空っぽになるエピソードは何故か記憶に残って
しまいました。
コメントありがとうございます♪
鬼太郎とゴジラですか。ノーチェックでした。レントさんにおすすめされなければ気にもかけませんでしたが、鑑賞します。ありがとうございます。
度々。
最近、ショートスリーパーを止めようと思っているNOBUです。
トランプを始めとしたショートスリーパーの特徴は、自身の尊大な考えに反するモノへの過剰なる言動と言う事を最近知りました。私自身、会社でそう言う傾向が三十代後半迄あり、パワハラ上司と一部で言われていました。私が自身の愚かさに気づいたのは、不惑になってからです。製造現場確認会でも、緊張しながら報告してくれる職制達には労いの言葉を掛け困り事を聞く日々です。
ショートスリーパーの特徴としては、常に苛立っている事、承認欲求が異常に強い事などがありますね。旧帝国陸軍のトップにもその傾向があります。
と言う事は置いて置いて、矢張上位役職者は今作品の校長先生の様に寛大で、懐深くなければいけないのだなと思った作品でした。途中から、何故か涙を必死に堪えている自分がいました。本や映画や漫画や音楽等文化から学ぶ事は多く、又そう言う機会がある時代を保つ事が壮年の役割だなと思った作品でした。長くなってすいません。では。
今晩は。いつもありがとうございます。
今作は、仰る通り、子供さんが見ても絵柄(特に色彩)が綺麗ですし、且つ、大切なことが沢山描かれている映画でしたね。
1.身体の事で、仲間を差別しない。
2.教育者としての矜持。(生徒の個性を尊重する。だが、教える側にはそれを厳しく指導する。)
3.体制に流されずに、人間として自身の信念を持ち。誇りを持って生きる。
といった事が、キチンと描かれていると思った作品でした。
もっと、多くの人に観て貰いたいなあと思った映画でもありました。では。返信は不要ですよ。