「今日もエルビスを口ずさみながら、軽やかに階段を駆け上がる」ぼくたちの哲学教室 えすけんさんの映画レビュー(感想・評価)
今日もエルビスを口ずさみながら、軽やかに階段を駆け上がる
北アイルランド、ベルファストにあるホーリークロス男子小学校。ここでは「哲学」が主要科目になっている。エルヴィス・プレスリーを愛し、威厳と愛嬌を兼ね備えたケヴィン校長は言う。「どんな意見にも価値がある」と。彼の教えのもと、子どもたちは異なる立場の意見に耳を傾けながら、自らの思考を整理し、言葉にしていく(公式サイトより)。
ムキムキマッチョなスキンヘッドのケヴィン校長が、他の先生やスクールカウンセラーと共に、心と頭と身体がまだ一致していない子どもたちと向き合い、ひとつひとつのテーマについて、丁寧に思索を重ねていくドキュメンタリー。
本作は、アイデンティティ形成期の少年たちが、校長やかつての哲学者たちの力を借りながら、少しずつ言葉や思考を獲得していくほほえましい記録であり、観ているわたしたちにもそんな年齢の時が確かにあったと振り返らせてくれるノスタルジックな作品、というだけではもちろんない。
実は当地は長きにわたりカトリックとプロテスタント(イギリスとアイルランド)の領土問題が根深い。
「北アイルランド紛争によりプロテスタントとカトリックの対立が長く続いたベルファストの街には「平和の壁」と呼ばれる分離壁が存在する。1998年のベルファスト合意以降、大まかには平和が維持されているが、一部の武装化した組織が今なお存在し、若者の勧誘に余念がない」(公式サイトより)。
哲学教室で無垢な少年たちが思索を深めるシーンと対比する形で、いまなお至るところに残る紛争の爪痕、薄暗い路地に見え隠れする怪しい人影、組織に勧誘する看板、壁面に描かれた「ドラッグ追放!」の強い色彩の映像が要所要所に織り込まれる。
実体験と授業を通して、ケヴィン校長が子どもたちに暴力の無意味さを丹念に教えても、家に帰れば父親から「やられたらやり返せ」と上書きされる。子どもころは感情がうまくコントロールできなかったよなーと回顧に浸りそうになる瞬間、感情に突き動かされたたくさんの大人達が映し出され、やるせなくなる。
これだけ念入りに接しても、生徒たちは数年で卒業する。大きくなった卒業生の中には不正にまみれ、親に弔われる結末を迎える者もいる。相変わらず街には暴力とドラッグと疑心暗鬼が溢れ、親世代の復讐心が消えることはない。それでもケヴィン校長は、この連鎖を断ち切る力は子どもたちにあるという信念のもと、今日もエルビスを口ずさみながら、軽やかに階段を駆け上がる。
えすけんさんのレビューに大変共感しました。
>実体験と授業を通して、ケヴィン校長が子どもたちに暴力の無意味さを丹念に教えても、家に帰れば父親から「やられたらやり返せ」と上書きされる
>これだけ念入りに接しても、生徒たちは数年で卒業する。大きくなった卒業生の中には不正にまみれ、親に弔われる結末を迎える者もいる。相変わらず街には暴力とドラッグと疑心暗鬼が溢れ、親世代の復讐心が消えることはない。
親世代もしっかりしないと。親世代こそ哲学学ばないと!