「本分」碁盤斬り U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
本分
良かった。
時代劇を撮っても白石和彌は白石和彌だった。
ヒリヒリとする緊迫感が損なわれる事はなく、世界観にもテーマにもマッチしていたように思う。
役者陣も好演であった。
序盤はスローなペースではあるものの、草薙氏の持つ異様な様が際立つ。多くは語らず、腹に刀を差している武士の矜持とも呼べるものであろうか…一線を画していた。その佇まいに信念と覚悟が見える。
武家の娘として必死に名を守ろうとする清原さんも健気で愛おしいし、女郎屋の女将である小泉さんの振る舞いとか…ラストのキョンキョンに泣かされた。
斎藤氏の殺陣には少々ガッカリもするのだが…華麗な殺陣をやるべきではないシーンなのは明白で手数は少なくとも逼迫感がヤクザ達に欲しかったかなぁ。
どうにも安易に斬りかかりすぎなような気がする。
過去のしがらみを抱えながら生きてきた主人公。そのしがらみの元凶が判明し仇討ちになるのかな、覚悟を決めた男の目に生気が宿る。
そう、彼はやはり武士なのだ。
身をやつし、碁を打ちながら、市井の人々と語らいながらも、彼の本質は武士だった。
あらぬ嫌疑をかけられ、50両が出てきた暁には萬屋主人の首をもらうと宣言した時の表情、そしてそれが本心であり脅しでもなんでもないと分かった時の弥吉の狼狽。住んでる次元が違うかのようで、侍には侍の理があり、それを押し通す覚悟があるのだ感じた。
格之進が用意した50両は娘が父の汚名をそそぐため女郎屋に我が身を担保として用立てた金だった。
その一連にケジメをつけた後、格之進は仇討ちの旅にでる。娘の覚悟を受け止めての行動であろう。娘は父の過去と母の無念を晴らす為にも父を旅立たせたかったんだと思う。
損得勘定だけで生きてきた商人には理解できない価値観であるのだろう。
この道行もそうだけど、萬屋店主との親睦が深まっていく過程とかしっかりと時間の流れが見て取れる。
音楽の入りも見事だし、何よりアングルが小気味いい。時に不穏であったり、時に不安であったり…格之進が過ごしてきた仮初の時間が崩れてく時や、その本性にフォーカスされた時のアングルが素晴らしく…バイオレンス色が強い監督の持ち味なのかなと思えた。
照明もすこぶる良くて、その陰影が重さを伝える。
ゾクリとしたのは表面的情報ではなく、胸の奥底に燻る炎が業火に変貌した時だとハッキリ分かる。
白石監督の手腕に恐れ慄く。
タイトルである「碁盤斬り」が成されるシーンも見事だった。
おそらく約定に則り2人の首を落とす気ではあって、その覚悟をありありと見せつける。
彼らはその信念が覆る事はないと斬られる覚悟をし、首を差し出す。彼らは観念し格之進に従ったのだ。
その時点で侍の矜持は保たれた。
首を落とすのは最早余分な事でもあった。
が、振り上げた刀は振り下ろさねばならない。
吐いた唾を飲み込めないのと同じだ。
その刃先の向かう先が碁盤だった。
あんなもの…斬れる道理がない。
だが、その結果に何の疑念もなかった。
その気になれば、碁盤さえも両断できる腕も持ちながら、それを行使はしない。暴力と武の違いをこうも明確に提示されるとは思いもよらなかった。
その後日談として語られるエンディングも和やかで良かった。
終始、草薙氏に憑依する柳田格之進に魅了された129分であった。
白石監督はその裏側を描き出すのがホントに上手い、大好物なのである。