劇場公開日 2024年5月17日

「「傑作」になり損ねたのか」碁盤斬り luna33さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5「傑作」になり損ねたのか

2024年5月24日
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鑑賞方法:映画館

「凶悪」以来すっかり白石監督に魅せられた者としては最新作を観ないわけにはいかない。早速行って来ましたよ。

全体的には好印象で良く出来ているとは思ったが、ものすごい満足とまではいかなかった。確かに白石監督の味はしてるんだけど、それ以外の何か別の意図が働いてるのかな?と思ってしまうような違和感があり、本来の白石イズムとは違うような気がずっとしていたのだ。とは言えこれは僕が勝手にそう感じただけだったのだが、後からこの作品は古典落語の演目だと知り、ああ…そういう事か、と何となく腑に落ちた気がした。

例えば黒澤明監督の「用心棒」やW・ヒル監督の「ストリート・オブ・ファイヤー」のような絵本的というか寓話的というか、誰にでも伝わるような普遍的でシンプルな物語の構成を狙っていたのかな?などと解釈しつつ、結局のところ「武士」と「囲碁」のどちらに軸足があったのか定まらず、最終的に何とも中途半端になってしまったように思えてならない。ただこれもあくまでも僕個人の感じ方であって、多くの方の共感を得られる話ではないかも知れないが。

あとは何というか、それぞれのキャラクターにあと一歩感情移入し切れなかったような気もした。柳田格之進の一貫性、お絹の自ら犠牲になる覚悟、柴田兵庫の行動原理、源兵衛の心の揺れ、弥吉の忠誠心など、重要な要素をシンプルな物話の中でどれだけ説明的にならずに最小限の表現でリアルに伝えるかが勝負だと思うんだが、結果的に十分に伝わり切らなかったように感じられた。これは全員に言えるのだが、要するに「どういう人物だったのか」が結局よく分からないのだ。だからどの登場人物にもいまいち感情移入出来ないまま物語が進み、それぞれの関係性もすっきりせず、結果まとまりに欠けてしまった印象が拭えなかった。何より物語の核心である柳田格之進の凄まじい怒りに心から共感出来ないと「寄り添う」のはとても難しい作業になってしまう。さらに格之進の融通の利かない実直さは分かるのだが、極端な性格の割に発言や行動に一貫性が感じられず単なる「不思議ちゃん」っぽく見えてしまったのが特に残念な点だった。
作品に没入し切れなかったのはそこが大きかったのかなと思う。そんな具合に最後まで上手く嚙み合わなかった気がした。もしかしたら完全な「悪」を描かなかった事で結果的に「正義」が立たなかったのかも知れない。

何だか文句ばかりになってしまったが決して嫌いな作品なわけではない。「碁盤斬り」というタイトルにまつわる最後の伏線回収も悪くはなかった(素晴らしいとまでは言えないが)。ただ前作「死刑にいたる病」でも同じように感じたのだが、とにかく何だかキレが悪いのだ。まあ大好きな白石監督だけに自分で勝手にハードルを上げてしまっているのかも知れない。

演者は概ね良かったように思う。特に國村隼さんが良かった。あと中川大志君のイケメンぶりは時代劇でもしっかり目立っており、結局「男前」って髪型の問題じゃないのねと再確認。

それにしても改めて「用心棒」などを思い返してみると、本当に凄まじい作品なんだなと痛感する。実に分かりやすい物語を実に分かりやすい絵で、実にシンプルかつ全く無駄のない描写で、それぞれの人物像をとてつもなく深く掘り下げ、最初から最後までべらぼうにカッコイイ。本当に「これぞエンターテイメント」としか言いようがないのだ。

白石監督の次回作にまた期待したいと思う。

luna33
luna33さんのコメント
2024年6月2日

かばこさん、コメントありがとうございます!

僕も観た直後は悪くない印象なのに満足出来てなくて何だかスッキリしなかったんですよね。何でだろう?と何日も考えてたら、レビュー書くのがすっかり遅くなってしまいました。

上げた後も何度も書き足してたらこんな感じになっちゃいました。

luna33
かばこさんのコメント
2024年6月2日

人物に感情移入仕切れない理由の分析、そうか、と腹落ちしました。
共感するところがとても多いです。

かばこ