ジョーカー フォリ・ア・ドゥのレビュー・感想・評価
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偶像崇拝
始めに個人の感想としては普通の作品である。前作より、平凡な作品なったなーと。
しかし今回の作品は、自分の主観かもしれないが「非」の評価が多いかなと。
まずは何故ここで「非」の評価が多いのか考えてみた。
①ミュージカル映画でしたっけ?
前作と比べて圧倒的なシーン比率を誇ってたのが、歌唱シーン。それもミュージカル調。
ここの好き嫌いが激しいのだと思う。前作がここまで振り切ってるならともかく(フランク・シナトラの曲は意味をもっていたが)、さらには日本人はあまりミュージカル慣れしておらず、受けれている人は少ないように思う。
また、好きな方から観てもここまで数が必要か?シーンごとの意味のある楽曲になっているのかという点も多い。
近年のミュージカルを舞台にした映画、人気アーティストの伝記ものは楽曲が意味をもつし、それぞれ2つとも転換の時として曲が区切りとして機能し、観る側もそのシーンに期待を寄せる。
ここがこの作品には一つもない。ただ「風」になっているかなと感じた。(この楽曲はこういう作品に使われてて、こういう意味があるかもとかあれば教えてください。)また、曲数ももう少し少ないと思う。
「アリー スター誕生」の時の作品をもう一度と考えたのかもだが…(※トッド・フィリップスが制作に参加してた)
②カタルシスが全くない
こういうダークな作品というのは苦悩、葛藤や非道、残虐さを描き続ける負の画を描き続ける。
または、そのダークヒーローが最期に意味のある死を迎えるかどうかとか、報いや、最期に自分の美学を貫いた、回りまわって人の支えになっていたとか だ。
この2つの作品が個人的に多いと思う。
今回の作品は、上記2つに該当しない。
悪も貫かない、1人の人間、アーサーとしてJOKERはいないと宣言し、そしてハーレークイン(今回の役名はリー)に愛を求めふられる。
そして、刑務所内で囚人aにさされて、死んでしまう。
ハーレークインに殺される、悪を貫き死刑になる、脱獄しジョーカーとして君臨する。
そういう結末はない。スカッとする、かっこいいと思えるような描写はないのだ。
前作はやはり、アーサーがJOKERとして変貌していく様がキレイに描かれていた。
一番は皆、悪のカリスマとしての描写、ハーレークインとの共闘等期待していたのではないのかなと考えている。
JOKERを悪のカリスマとして描かないのは個人的には、悪くないとは思うのだが、ミュージカル調とこの地味エンディングは相性が悪いかなと。
単純に画がpopになるだけでなく、心理描写が楽曲によって直接的になるからだ。
それによってこの作品が重くも、軽くもなく、とっ散らかった印象を与えているのである。
上記の点だけなら、本当なら2.5とかなのだが、この作品の唯一輝いてる点を一つ上げたい。
理想像(偶像)の肥大化への注意喚起をこの作品で感じたところだ。
群衆にしろ、弁護士のスチュワートにしろ、ハーレークインすら、アーサー自身を見ず、自分が思うJOKERとしてしか見てなかった。アーサーとしては、1人の人間として見てほしい、そこは爆破された後の助けてくれたピエロからの逃走からも確認できると思う。あくまで彼らが助けたのはJOKERでありアーサーではないのだ。
また、現実でもこのイメージに大きく縛られてるところが大きいと思う。アイドルや、芸能人と呼ばれるかたがたは常にここに苦しん出るのではないのだろうかと思ったり…
あと、単純にレディ・ガガのthat's my life、ホアキン・フェニックスの色気はたまらなかったです。劇中の小ネタ(バットマンとの繋がり、劇中で流れてた映画 etc…)も含めてのこの点数で。
続編とは認めたくないです。
賛否両論と聞いていたので覚悟してみに行ったけど、私は否のほうでした。以下辛口すみません💦
まるでレディーガガによるレディーガガのための映画。ミュージカルを入れる意味が分かれへんし、内容的にもなんとも中途半端。レディーガガのプロモーションビデオでも作りたかったの?って怒りすらおぼえる。
前作は、アーサーという孤独で優しい人間がなぜジョーカーと呼ばれる怪物に堕ちていったのかその過程が丁寧に描かれていたので、今回の映画ではそこからさらに悪が進化するという感じなのかな?と勝手に思ってたが…まさかの恋愛のほうにいってしまうとは💦衝撃のラストとか宣伝してたけれど、無理やり終わらせたなという印象。唐突にはじまるミュージカルに辟易。
ただ、裁判のシーンで前作で殺されなかった同僚が証言するシーンは印象的。同僚だけはアーサーの味方でいたかったのかな。優しいアーサーを知ってるわけやしね。同僚が傷ついてる様子もみてアーサーは民衆という影に操られていることに気がついたのかななんて思っていた。にしてもなぜそこでまた歌うねん…
ジョーカーの続編と名乗っていなくてこの映画単独で観るとすれば、ここまで評価は低くしなかった。点数はキャストの熱演分でつけます。ほんまに残念でならない。
アーサーとジョーカーの葛藤
前作では、アメコミで描かれてきた『バットマン』の宿敵である『ジョーカー』とは一線を画し、一人の男、コメディアンだったアーサーが、ジョーカーになっていった顛末が描かれていた。ヒューマンタッチなサスペンスで、主役のホアキンの狂気に満ちながらも、悲哀を感じさせる演技は、アカデミー男優賞受賞に相応しいものだった。ストーリーとしても、ちゃんとバットマンとの因縁に繋がるシーンも盛り込まれ、個人的には、あれで『ジョーカー』は完結したはずだった。
その第2弾となった本作。完結したはずのジョーカーを、恋人のリー役にレディー・ガガを迎え、どのように描くのか全世界でも注目の作品となったし、自分も楽しみにしていた。ホアキンの本作への入れ込み具合は、冒頭の肩甲骨が浮き出る減量によるあの体を見れば、半端ない事は一目瞭然。レディー・ガガも『アニー・スター誕生』での演技は素晴らしかったし、本作でも、ジョーカーの謎の恋人役に相応しい立ち回りの演技だったと思う。
社会の格差が広がり、人々に不満が充満したゴッサムシティ―の代弁者であり、カリスマ的な存在として祀り上げられていくジョーカー。一方で、人間らしさがまだ残り。リーを心から愛するアーサー・フレック。どちらが本当の自分なのか?図らずも法廷の中で、最後に本来の自分を曝け出し、ジョーカーとアーサーの存在意義の葛藤を描くシーンは、なかなか見応えもあった。そして、その後の法廷で起こる大事件は、ショッキングなシーンとしてインパクト大。また、一作目でジョーカーに目覚めたあの階段が、再びリーとのラストシーンにも使われたのは意味深く感じた。
しかし、しかしだ…。これを『ジョーカー』映画として視るには、ちょっと違うと感じたのは、レビュー評価の点数を見れば、自分だけではなかった事も覗える。単に、ある狂気に満ちた殺人者を主人公にしたサスペンスとして観れば、評価も★4つ以上はつけたかもしれない。しかし、本作はガガの魅力とエンタメ性を高める為か、ミュージカル仕立てになっており、ホアキンもガガも、究極の演技で魅了できたのに、次々と挿入歌を入れ込んだことで、却って演技や内容が薄まったように感じた。そして、あのラストシーン。あれでは、バットマンに繋がらなくなったしまうのでは…という?が残った。
ただ2か所、挿入歌で気に入ったシーンがある。それは、刑務所でのリーとの面会シーンで、ガラス越しの口紅跡に、ジョーカーの微笑みが重なった時に流れた、カーペンターズの『They Long To Be(Close To You))』。それと、最後に法廷から車で逃げるシーンに流れた、ビリー・ジョエルの『マイ・ライフ』は、丁度、自分の青春時代の思い出の曲でもあり、心をくすぐる2シーンとなった。タイトルの『フォリ・ア・ドゥ』(妄想)から鑑みれば、妄想シーンをミュージカル仕立てにすることで、現実シーンとの対比を狙ったのかもしれない。
ジョーカー劇場
善くも悪くも「ホアキン・フェニックス」と「レディ・ガガ」が画面を独占している。
内容は前回からの続きで一般社会の中に混ざる事の出来ない主人公と
持って者は持っているが持たざる者は何も持つ事ができない社会。
個人的には現代の米国を風刺?皮肉っている様に感じる。
そもそもが「バットマン」の世界が、そう言うモノなのだが。。。
TVの情報番組で『今作は「賛否」が別れる作品だ』と誰かが言っていたが前回も同じだが「バットマン」=アクションと思って観る作品ではない。
作品を鑑賞して「賛否」どちらか選べば良いのかな。
自分はアクションが好きなので今作は「風刺映画」という印象の評価となる。
JOKERのお話はおしまい!自分に帰ろう、淋しくても
冒頭のアニメでジョーカーの(地面に映ってる)影が力づくでジョーカーの動きを止めよう、引き止めようとする、でも意気揚々としたジョーカーは影のそんな反応を無視してどんどん先に行ってしまい、影は離れる訳に行かないからジョーカーに嫌々くっついて共に居るしかないシーンがある。とても印象的だった。影はアーサーなんだなと思った。
レディ・ガガの歌の上手さと迫力に心から感動!アーサーが恋できてよかったけれど、自分を偽ったり興味本位にジョーカーに近づく者は皆、アーサーを見ないで隠れ蓑スターのジョーカーにしか関心を持っていない。だからせいぜい同じようなメイクと衣装で物まねするだけ。
前作のJOKERでは、アーサー&ジョーカーと共に格差社会、貧富の差、人々の分断と怒りと暴力が大きなテーマだった。今作のJokerはアーサーの孤独、苦しみ、絶望が前面に出ていた。ミュージカルであれBGMであれみんなの歌であれ、懐かしのアメリカン・ソング一揃いという感じだった。それは夢と憧れかもしれないけれど、みんなの前に出て照明に照らされ賞賛と歓声を浴びる強烈な快感がセット。だから麻薬のように人を虜にする。自分を見て!拍手して!楽しんで!でもそれは一過性のもの。前作でも流れた暗いインストルメンタルの曲は本作でも何度か流れた。チェロの深い音色と共に。それはジョーカーでなくてアーサーの音色。暗く重いけれど、暖かみと優しさが根底にある。アーサーが公衆電話からリーに電話をかけ、留守電に向けて一生懸命言葉を紡ぐ箇所では涙がたくさん出た。
ちっぽけで弱い自分の部分は誰もが認めたくないしあまり好きになれない。でも大事にしてあげて、優しくしてあげて、認めてあげて。自分自身への言葉でもある。
ミュージカル映画
最後の方で裁判所爆発して、これからやっとジョーカーを見れると思いきや(泣)暴れっぷりみたかった。
でも、これがリアルな人生だなと思いつつも、前作の壁は越えられなかったと思います。
悪くはなかった
•前作の狂気さだったりで、今作楽しみだったが、狂気さはほとんどなかった、、
•今回はジョーカーを演じようとするアーサーの話という感じがした。
•ジョーカーになるフリみたいなのが何箇所かあったがスルーし、がっかりすることもあった、、
•後リーはハーレイクインという立場のキャラなの?ジョーカーが依存しすぎて違和感、、アーサーだからてこと?
•悪いことをしたら報いを受けるということだと思うがジョーカーというDCキャラでする必要はあったのか、、ジョーカーという悪のカリスマも例外ではないということなのかもしれない、、
•ジョーカー役の人の演技はやっぱりすごいなーと思った!!痩せすぎててそこが一番驚いたかも、、
アーサーの物語としてみたら悪くなかったけど、ジョーカーの続編としてみたら物足りないように感じた。
Entertainment
前作から5年、わざわざ続編を作る意味やレディー・ガガの配役から懐疑的な目で見ていましたが、なんというか案の定思っていた通りの展開だらけの作品でした。
刑務所に収監されているアーサーが無罪を主張するために裁判所と刑務所を行ったり来たりするだけの映画なので前作のように目まぐるしく場面が変わらないので絵面的な面白さは感じられず、裁判に行っては奇声をあげてみたり、ピエロのメイクをしてきてエンタメにしたりとやりたい放題のはずなのに乾いた笑いしか出てこない不思議。
ジョーカーとハーレイというどのコンテンツにおいてもベストカップルな2人の描き方が全然魅力的じゃないのも致命的でした。
ジョーカーからの裏切りがあったり、それにすら心酔しているハーレイがキュートだったりと同じ空間にいなくても互いの存在が感じられるのが2人の良いところなのに、今作ではしみったれたキスをしては歌っての繰り返しなので今までの2人の物語とは別としてもなんだかなぁとモヤモヤする展開ばかりでした。
レディー・ガガが出演します!と記事が出た瞬間に咄嗟にミュージカル映画になるやん…と思ったらもう口を開けば歌って、見つめあったら歌って、なんか間ができたら歌ってとセリフと同じかそれ以上に歌を歌いまくるので本筋ってなんだったっけ?となる時間が多すぎて歌うたびにツッコミを入れたくなるくらい歌ってました。
アーサーの妄想の中にハーレイが入り込んでらんららんら歌うばかりなので現実に戻っても特別何も進んでないですし、やけに装飾が豪華なのでこれが現実では?となるのに全然そんな事ないので拍子抜けの連発でした。
アーサーが危機的状況になって聖地の階段へ訪れて2人で見つめあってからなぜか歌い出すハーレイに対してやめてくれ〜とアーサーが訴えかけるところだけは観客とリンクしていたと思います。
爆発オチなんてサイテー、の通り突然の爆発で裁判が終了してアーサーが逃げ惑う(ここの絵面だけハリウッドの大作だな〜ってなったし、後ろのお前が轢かれるんかいとなった)シーンは情けなさもありつつ、悲哀に満ちているホアキンの演技がカラッカラになるまでやり切っていたところは良かったです。
最終的には刑務所内の収監者にジョークを放たれてから思いっきり刺されてTHE・ENDという不甲斐なさはバットマンと相対するジョーカーではない事の裏付けであり、刺した男が後々のジョーカーになっていくのかなという含みを持たせた終わり方は悪くないかなと思いました。
カリスマ性こそあれど戦闘力に関しては武器だよりで怒りっぽいアーサーでは物足りないよなと思っていたので交代性か〜となんだか納得してしまいました。
前作がそこまでハマってないから、今作は意外とハマるかな〜と思ったらそんな事無かったです。
続編を作る理由は無かったですし、絵面的にも安っぽく、話自体面白みのない上にミュージカルで停滞して上映時間の長さに拍車をかけ続けるという燦々たる有様。
役者陣の演技やらビジュアルやらは良かっただけに勿体ないな〜となりました。
鑑賞日 10/11
鑑賞時間 21:10〜23:45
座席 F-26
前作のような見応えはない。
ホアキン・フェニックスの芝居をもっと観たかったなぁ。
歌になるたびに【またかぁ〜(TдT)】とゲンナリ。
レディ・ガガそのものも嫌いじゃないけど、やはり彼女は役ではなく【レディ・ガガで〜す♡】感満載で興醒めでした。
前作は何度も鑑賞しましたが、今作は1度の鑑賞で【ご馳走様でした。】
いい作品ほど次回作を作って【大ゴケする。】
ジョーカーは前作のままでよかったなぁ。
これを作ったことで前作の良さが薄れてしまうように感じた。
アーサーがジョーカーになれず破滅するだけの映画
ジョーカーの続編
前作の事件で刑務所に入っているところから始まる
賛否両論ある作品らしいが個人的にダメだった
続編なので前作の内容が頭に入っていないと
話がわからないところが多い
「5人殺した(本当は6人)」とかセリフがあって
誰々だっけ?としばらく考えてしまった
そして、事件の証人として
前作の登場人物もでてくるので
前作を見た人も覚えてない部分があると混乱する可能性があると思う
前作を見ている前提の作品なのに
裁判でアーサーの人格や人生を前作からさらに追い打ちをかけるように否定されたりする
しかし、アーサーは自分はジョーカーでないと認めてしまい
裁判所が爆破されて逃げ出すことができるが刑務所に戻って
最後は「ジョーカー信者」に刺されて殺されてしまい終わる
前作は妄想か現実かわからない部分があったが
今回はミュージカルシーンが多く
これのせいで上映時間は長く感じる
刑務所、裁判所の描写が大半なので
爽快感はほとんどない
アーサーの妄想で裁判所で暴れまわるくらい?
結局アーサーはジョーカーではなかった
だったら、前作を否定しているとしか見えない
最後アーサーを刺した男が次のジョーカーかもしれないがそれはよくわからない
前作、今作合わせてみると
不遇な男が悪のカリスマになろうとしたがそれができなくて破滅した
というように見えて「ジョーカー」はタイトル詐欺のように思えた
リーはアーサーをたぶらかして
ジョーカーにしようと思ったがジョーカーにならなかったからアーサーを見限ったように感じた
リーはミュージカルシーン以外では、放火騒動を起こしたくらいにしか覚えてない
ジョーカーという妄想を作り上げた悲しい男の物語
賛成派とか反対派とかではなく、悪役ジョーカーの活躍物語を期待してみるのか、一人の悲しい境遇の男の物語としてみるのか。自分はジョーカーの仮面をかぶったアーサーの悲哀が描かれた後者として理解したので凄く没入感があった。彼にとっていいことが続く事は期待できないとはわかってはいたが、とにかく暗く、いいことがない映画、生命力が吸い取られる。悲しい男の物語、あとからジワジワとくる。面会でガガが歌うクロストゥユーの歌が大変良かった。今度はめちゃめちゃ明るい映画を見よう。ところで、アーサーは死んでしまったので、バットマンと闘ったジョーカーはアーサーが装ったジョーカーに陶酔した第2、第3のジョーカーであって、誰にでもその可能性が含まれているといメッセージなのですかね?あと面会に来たのは誰なんだろうと気になるところ
ザッツ・エンタテインメント
ことごとく、観る者の期待をスカしてしまう作品だった。
だからと言って、愚作とは言えない。
恐らく、前作で予想以上の結果を示してしまい、あちらこちらで勝手歌う(妄想)の止めない我々に対する示しなのかもしれない。
しかし、ラストに彼の元に面会に来たのは誰だったのだろう。
酷評されたのが理解できた
ファンはここからハーレーと共に世紀のダークヒーローになっていく、ある程度のリアリティを持ちながらスケールアップしていく事を期待していたのではないでしょうか。
そもそもなんでコメディアンなのにミュージカル?話の腰を折るだけの要らない演出だったように感じました。アーサーは哀しい男だけど、別にハーレー同様別に彼の物語を知りたいと思わないんだよね。ジョーカーの事を見たかったのに。ハーレーの方がアーサー以上にサイコでやべえヤツでそこも、話として弱い。酷評した人はこんなジョーカーは見たく無いと言う事なんでしょうね。ミュージカルシーンも中途半端な感じでした。
冒頭のアニメはどういう意味だったのかなぁ。影のようなジョーカーの人格に負けて詰んだという事なんでしょうか??
誰にも理解出来なかった
バットマンの宿敵“ジョーカー”の誕生秘話を描いたオリジナル・ストーリー。
コミックをベースにしながら、それを払拭したリアルな犯罪サスペンス。
重く、暗く、救いの無い。バイオレンス描写もあって、年齢制限。にも関わらず、世界中で10億ドル超えのメガヒット。日本でも50億円超えの大ヒット。
ヴェネチア国際映画祭金獅子賞、アカデミー主演男優賞。
まさしく、2019年を代表する一本となった。
あれから5年。哀笑のピエロによる戦慄のショー、第2幕が開く…。
今秋期待の洋画が、人間怖がらせ屋、哀笑ピエロ、剣闘士。いずれも続編だが。
この中で最もスパンは短いが、やはり気になる。
誰にも理解出来ないさ。社会を混沌させ、収容された精神病院で不敵に笑ったジョーカーことアーサー。
あの後、どうなったのか…?
それほどセンセーショナルでインパクトあった。
前作と同じくヴェネチア国際映画祭で初お披露目。ところが…。
賛否両論。前作も賛否両論だったが、今回はよりくっきりと。
先日、アメリカ公開。ところが…。
前作はOP成績約9300万ドルの大ヒットスタートだったのが、今回は半分以下の約3700万ドルでのスタート。前作の米最終成績約3億3000万ドルどころか、1億ドル超えも厳しそう…。批評(Rotten Tomatoes支持率)も酷評レベルの現33%。ラジー賞警戒!
日本でも公開が始まったばかり。宣伝にするほどの賛否両論。
一体、どうした…!?
まあでも、実際見てみないと分からない。
今回はよりセンセーショナル過ぎて理解出来ないだけ。寧ろ、私はそれを期待している。
ジョーカーが再び、狂ったショーへ誘ってくれる…。
が、私が見たかったジョーカーはそこに居なかった。
アーサーのファーストシーンがそれを物語っていた。
前作以上の病的な身体。ジョークも言わず、あの耳に残る笑い声も発しない。
生気ナシ。廃人。魂の脱け殻。
悪と狂気のカリスマとして権力や社会に抗っているかと思いきや…。
看守や他の囚人にも侮蔑され、前作始まったばかりのアーサーのよう。
一体、彼に何があった…?
5人を殺害。母親も含めれば6人。その罪に押し潰され、目的も生きる意味も無く、どん底へ逆戻りしてしまったのか…?
そんな時出会った一人の女性、リー。
お互い惹かれ合い、愛を歌い踊る。
それは新たな狂気のショーの始まりに思えたが…。
レディー・ガガ参戦。“リー”と呼ばれるが、DC作品を嗜んでいれば分かる。
ハーレイ・クイン!
コミックでもジョーカーの恋人。ジョーカーに関わるのであれば登場の必要性はあり。
マーゴット・ロビーが演じたブッ飛びガールとは印象を一新。この世界観には合っている。
ホアキン・フェニックス×レディー・ガガ。異才の二人によるケミストリーにワクワク。
もう一つの話題が、ミュージカル・テイスト。
これがまた賛否両論となっているが、個人的には悪くはないと思う。
全編がっかりミュージカルではなかったが、結構歌が彩る。ミュージカルは空想シーンとなり、アーサーの心情を描写。
歌い踊り狂って。二人の世界へ。
しかし、もっと突き抜けて欲しかった気がする。
アーサーの裁判が開廷。
アーサーは弁護士を解雇し、ジョーカーとして自らを弁護。
自分を見下したゴッサムのクソ野郎どもを糾弾。お前も、お前も、あのエリート3人も、マレーも、ウェインも!
世間ではジョーカー信奉者が増加。愛するリーも裁判を見守る。
ここまでは良かった。しかし、そこからが…。
一体何の心境変化があったのかはっきりと分からぬが、アーサーが罪を認め、悔やむ。
途端にジョーカーへの信奉熱が冷めていく。
それでもリーは自分を分かってくれると信じていたが…。
リーが愛したのはアーサーではなく、ジョーカーであった。
希望も夢も無いこの世界で、何処までも何処までも二人狂い。
が、アーサーが望んだのは、愛する人との愛と平穏な人生。
ここも意見分かれる。本作はあくまで、孤独な青年アーサーの物語。戦慄の事件を起こしたが、人並みに望むのは…。
アーサーを一人の人間として見るなら悪くないだろう。が、多くの人が見たかったのは、狂人ジョーカー。
悪と狂気に染まり、見る者を震え上がらせるジョーカー。それが物議を巻き起こしても、賛否両論になろうとも。
やはり本作は、我々が知るDC作品のジョーカーとは全く別物。
そして、あのオチ…。呆然。衝撃ではなく、ああ、結局こういうオチなのか…。
トッド・フィリップスがオリジナル・ストーリーと思わぬ才で新しく築いたジョーカー像。
もっともっと、狂気の高みに我々を引き摺り込んでくれるかと思ったら、まるで突き放し、全否定し、自ら築き上げたジョーカーを“殺した”。
それもそれで大胆不敵なアプローチかもしれないが…、何か違う。
バッドエンド。前作もそうだったが、前作はそれでも不謹慎ながら映画としてカタルシスがあった。本作は何と言うか…。
アーサーを一人の人間として描くのもありきたりと言うか、安直。結局こういう着地になるのか…。
先述通りミュージカルはもっと突き抜けて欲しかったし、裁判モノも好きなジャンルだが、本作には醍醐味が無かった。
思い返せば思い返すほど、不満点しか挙がらない。
超期待外れ、がっかり残念、駄作ってほどではないが…。もう本当に、コンナンジャナイ感が…。
今回の続編こそ、誰にも理解出来なかった。
一緒に観た弟の感想。アメリカでの不評や不発を知らずに鑑賞。
この続編、作る意味あったの…?
酷評ですね。前作が良過ぎだから本作にどれだけの期待が集まったのだろ...
酷評ですね。前作が良過ぎだから本作にどれだけの期待が集まったのだろうか。そもそも続編の話を聞いた時から、なぜ作るの?と疑問に思ったわけだけども、とは言え自信があるから作ることにしたんだろう。そして、そんな考えは甘かったようだw
109シネマズのど真ん中の座席をGETして胸躍っていたのだが、映画が始まると雲行きが怪しいw
ミュージカルシーンが多い。このためのレディ・ガガなんだろう。正直、ホアキン・フェニックスの歌唱力には難があったw
アーサーは刑務所に服役中。雨の中外を移動するんだけど、刑務官の持つ傘が鮮やか。実際には黒なんだけど、アーサーを表してるのかな?アーサーにはそう見えたのかもしれない。
レディ・ガガが演じるハーレークインも同じ刑務所に服役中。ハーレークインは実家を放火して、母親に刑務所に送られたそう。
アーサーは模範囚なので合唱に参加することが許されるのだけど、そこでハーレークインと接触していく。ハーレークインにとってアーサー、正確にはジョーカーはヒーローだ。映画の中では分かりにくいんだけど、たぶん大衆の中でジョーカーを盲信している人が多くいるようだ。ハーレークインもその一人だ。
ハーレークインが解放された理由が分からず。刑期満了なのかも。刑務所の放火も気付かれなかった?
本作は刑務所と裁判のシーンがほとんど。裁判はアーサーの殺人がアーサーによるものなのか、別人格のジョーカーによるものなのか。
アーサー自信が多重人格を否定したので、アーサーは有罪になっていく。ジョーカーを否定したので、ハーレークインやジョーカーを信じていたであろう人たちが、裁判所から去っていく。
すると裁判所が何者かに爆破されアーサーは裁判所から逃げ去った。前作で有名になった階段のところに行くと、そこにはハーレークインがいた。
アーサーにとっては嬉しい再会だけど、ハーレークインにはもう心が無かった。
再び捕まったアーサーは刑務所にて服役するのだが、同じ服役囚に腹を刺されアーサーは死ぬ。きっと死んだ。続編が出ないようにw
これで終わり?
今度はどんな悪事をやらかすのかと思ったがただの裁判かよ。こんなのジョーカーじゃ無いよ。裁判所爆破は誰のしわざ?車で連れ去ろうとした奴らでもリーでもなさそうだし。
最後、あれは死んだ?死んだら完結。でも生きてれば続編あるな。
監督の区切り作品としての意気込みは感じました。娯楽作品ではない
評価の分かれているこの作品ですが見るべきものは多かったと思います。
ミュージカルシーンがかなり多く好みがありますがレディー・ガガが出演している事で重要な意味が分かると苦痛な時間ではなかったです。
トッド・フィリップス監督が確信犯としてジョーカーとアーサーいうキャラクターの落とし前をつけた作品なのでDCシリーズの犯罪アクションを期待しているとガッカリするでしょう。しかしホアキン・フェニックスの演技と歌は見ごたえがあり最後まで飽きることはなかったです。
前作の予習は必ず必要なのでご注意ください。
オススメ度は私は高いですが娯楽作品ではないので爽快感は全くないです。
前作を茶番化する作品
DCコミックのジョーカーというのはバッドマンの最大の宿敵、戦闘力は高くないものの、様々な策で翻弄しいつも余裕の態度を崩すことはないゴッサムの犯罪王です。前作はそんなジョーカーの成り上がりの物語、いかにして男は悪のカリスマへとなったのか、と非常に満足でした。今作を見るまでは...
今作はアーサーの獄中での生活と裁判、ハーレイクイーンとの出会いが描かれましたが、蓋を開けてみればひたすらアーサーが虐げられ、あれだけ思わせぶりだったハーレイも最後はアーサーに失望し離れてしまう始末、最後はイかれた囚人にフォークで腹を刺されお陀仏。バットマンとは顔を合わせてもいません。もはやこれジョーカーじゃありませんよね?最後エンディングが流れた時何を見せられたんだ?と思いました。仮にもDCのジョーカーを使うならむかつく看守も何もかもぶち壊してハーレイと一緒に犯罪王として君臨してほしかった。あとミュージカル多すぎ途中で眠くなりました。マジでこんな結末にするなら前作はなんだったの?
全514件中、321~340件目を表示