「賛否両論もやむなし」ジョーカー フォリ・ア・ドゥ Such A Foolさんの映画レビュー(感想・評価)
賛否両論もやむなし
本日、見てきました。
率直なところ 「これで終わりなん?」と見終わった直後は
感じましたが、あれだけ大ヒットした前作の続編を
つまらんの一言で終わらせるのもなんだかなあ、と
思い直して、いろいろ考察と言う名のこじつけを
語っていきたいと思います。
まずタイトルのFOLIE A DUEX の意味ですが
Wikipedia によれば
「個人の妄想が別の個人に伝染する」「感応精神病」
との事です。
これは劇中でのアーサーとリーの事でもあり
この映画を見ている観客のダブルミーニングと思われます。
さらに言えば冒頭のアニメで示された
「実在の人物アーサー・フレック」と
「虚像であるジョーカー」の関係ともとれる様に思います。
あくまで本人の影でしか無いジョーカーという存在に
本人であるアーサーが振り回される(乗っ取られると
いってもいいかもしれません)
劇中でも民衆が望んでいるのは「反体制のヒーローたるジョーカー」
であって「精神疾患を抱えたアーサー・フレック」では
ありませんでした。
改めて考えてみると
前作は
「社会的弱者のアーサー・フレックが予期せぬ形で手に入れた
ジョーカーという虚像」の物語で
今作は
「ジョーカーという虚像に振り回された挙句に
破滅してしまうアーサー・フレック」の物語だと
言えると思います。
あくまでも主役は「アーサー・フレック」であって
けっして「ジョーカー」ではなかったという事なのでしょう。
そして観客もまた「ジョーカーという虚像」に翻弄させる事に
なってしまうが故の賛否両論という事でしょうね。
「ジョーカー」のいう言葉の記号性を考えたら無理もないですよね。
まして今作はレディー・ガガの役どころがハーレイ・クインであれば
なおさらですよね。
ただ前作にしろ間にはさまれた「ザ・バットマン」にしろ
単純なアメコミキャラの映画ではなく
現実と虚構が混沌とした世界観ですので
「ジョーカー」「ハーレイ・クイン」の名前が持つ意味も
自ずと異なってきます。
むしろ「今作のヴィランは?」と考えたら
間違いなくリーの方ですよね。
「放火を起こしてアーサーと一緒に脱獄を企てても
独房に入れられるどころか、看守を買収して
アーサーの独房に忍びこむ」
「電気店のTVを堂々と盗む」
「新聞ざたになっても平然と裁判の傍聴席最前列に鎮座する」
よっぽど悪党やん?!
ラストシーンも自らは刺殺され、刺した奴が新たなるジョーカーに
なるのを示唆する感じで終わり。
哀れ極まりないですやん?
まあ6人を殺めたのは事実ですから
「因果応報」なんですけど
娯楽映画としてのカタルシスは得られませんね。
前作の影響力を反映した
ある意味アンチテーゼともとれる作風ですが
前作と今作もまた
FOILIE A DUEXなのでしょうね。