「樹木ソー」マッドマックス フュリオサ かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)
樹木ソー
「朽果てていくこの世界で、どう狂気に抗えと?」冒頭賢者が観客に問う意味深な言葉。ラテン語で“狂気”を意味するディメンテス(クリス・ヘムズワース)に母親を殺されたフュリオサ(アニャ・テイラー・ジョイ)の15年にわたる復讐譚である。ヒロインの名前通り、狂気に対して“怒り”を持って抗えば、その者もやがて狂気にのみ込まれる。ニーチェではないけれど、認知症のバイデンに対して下々の怒りを煽って大統領の座についたトランプもまたその危険性をはらんでいるということだ。
映画冒頭に登場する“知恵の木”、そして映画ラストの“生命の木”から察するに、例によって旧約聖書ベースの物語なのかと思いきや、ヴィラン役のヘムズワースの姿かたちは誰がどう観ても(新約聖書の)“イエス・キリスト”。賢者はフュリオサのことを“第五の騎士”に例えたりするし、白→赤→黒と衣装の色を変えて闇堕ちするディメンテスが、四騎士のもたらす災い(支配→戦争→飢饉)をなぞっているような気がしないでもない。ピンチに陥った警護隊長ジャックをフュリオサが助けにいくシーンでは、背面に炎にまかれた十字架さえ登場する。
が、ジョージ・ミラー監督がどこまで聖書ネタに忠実であろうとしたかは甚だ疑問だ。むしろ、オーストラリアに広がる赤い砂漠で、フュリオサを主人公にした“新黙示録”を撮ろうとしたのではあるまいか。過去シリーズのセルフオマージュを要所要所にぶち込みながら再構築された世界観は、前作『怒りのデスロード』のようなフェミニズムよりに転ぶことなく、メル・ギブソンを主役に据えたシリーズを彷彿とさせるバイオレンス・アクション盛り沢山で、ロカタン好きーな方々もそれなりに満足のいく作品に仕上がっている。
『デスロード』でフュリオサを演じたシャーリーズ・セロンが降板、グラマラスなボディには定評のあるジョディ・カマーの名前も上がったらしいのだが、結局フュリオサ役はアニャ・テイラー・ジョイに決定。華奢なボディを危惧する輩の予想を見事に吹き飛ばしてくれる身体を張ったアクションにはオジさんも大納得だ。台詞の量わずか30行という寡黙な役柄ながら、その分内に秘めた野獣性が目力の強い大きな眼から迸っていたのである。アニャの非力を全く感じさせない演出は、やはりミラー監督だからこそなせた技だろう。
惜しむらくは、暴力シーンがてんこ盛りのわりには、ラブ&エロシーンが皆無だったこと。警護隊長ジャックとせっかくいい雰囲気になりかけていただけに、馴つきすぎた飼い猫じゃあるまいし、オデコとオデコをくっつけあってどうすんねん、といった感じなのだ。インタビューによれば、どうもフュリオサにはジョージ・ミラー監督自身の母親のイメージが被さっているらしく、フュリオサが獣のような大男たちに嬲りものにされるようなシーンは生理的にパスだったのではないか。意外と硬派なミラー監督なのでした。