「伝説の前日譚!だけど…」マッドマックス フュリオサ 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
伝説の前日譚!だけど…
2015年に世界中で「マッドマックス現象」を巻き起こし、第88回アカデミー賞で6部門受賞を果たした名作『MAD MAX/怒りのデス・ロード』の前日譚。核によって文明が崩壊し、暴力と狂気が渦巻く荒れ果てた大地で、1人の少女の“怒り”が覚醒する。
シャーリーズ・セロンが演じた大隊長フュリオサ役を、アニャ・テイラー=ジョイが引き継ぎ、若き日のフュリオサの姿が描かれる。
全体的な完成度の高さは間違いないのだが、評判の良さに対して世界興収は苦戦を強いられている様子。何なら、赤字で終わる可能性が非常に高い。
その要因の一つとして考えられるのが、148分という昨今のハリウッド大作にありがちな長尺なのではないかと分析する。私自身も本作の上映時間が判明した際、「前日譚(スピンオフ作品)である本作が、本編である前作よりも尺が長いというのはどうなのだろうか?」と、若干不安を覚えた。そして、それは残念ながら的中してしまったように思う。
前作が極限まで要素を削ぎ落とした“究極の引き算”で成り立っていた(尺も120分)のに対して、本作は物語を構成している要素含め“今時のハリウッド大作”の域を出ていなかったように思う。勿論、面白いのは間違いないのだが、スピンオフである以上は前作と同等かそれ以下の尺で収めてほしかったというのが正直なところ。
もう一つ私見を述べておくと、やはり前日譚というのが不味かったのではないかと思う。本作を最後まで鑑賞しようと、所詮それはスタート地点に立ったに過ぎず、あくまで「本番はここから」なのだから。
前作がマックスやフュリオサといったキャラクターに感情移入して共に突っ走るライドムービーなのに対し、本作は既に未来が決した上でキャラクター達を見守る事になる。作中登場する懐かしのキャラ達も、その殆どが本編での結末を既に知っている状態。
だからこそ、観客は無意識に一歩引いた視点で物語を追う事になり、距離が出来てしまうのだ。久々の新作でヒットを狙うなら、やはりあの伝説の続きをこそ描くべきだったように思う。
若き日のフュリオサを演じたアニャ・テイラー=ジョイの演技力は間違いないのだが、幼少時代の子役と合わせて観ても、小柄で華奢な印象のアニャだと、とても15年の歳月が経ったようには見えず、精々5年くらいだろうと思ってしまった。
左腕を失う件と、それを補う義手を自ら造りあげるシーンはアツい。作中何度か瞳に涙を浮かべるシーンは、パッチリとした大きな眼を持つ彼女ならでは。
幼少時代のフュリオサを演じたアリーラ・ブラウンの活躍も忘れてはならない。“子産み女”として砦の楽園で監禁されるのを恐れ、逃げ出す際にカツラを作る機転の良さが良かった。
フュリオサの母親の仇である本作の悪役ディメンタスを、あの『マイティ・ソー』のクリム・ヘムズワースが演じているのは興味深い。狡猾で独り善がり、目的を果たす為や危機を脱する為ならば容赦なく仲間を犠牲にするペテン師を演じ切っており、ラストで木の養分にされる結末も良かった。
パンフレットによると、ディメンタスとは“認知症”の事で、肌身離さず身に付け「子供の形見」と語っていたクマのぬいぐるみも、自身が幼少期から所持していたものらしく、子供が居たかは怪しいという。しかし、その事が作中では示されない為、幼いフュリオサを生かしたのは、彼女に亡き子供の面影を重ねての、彼なりの唯一残された良心のようにも思えてしまった。
バイカー集団を率いての、時に残忍に、時に優しく、時に演説ぶって指導者らしく立ち振る舞うのも、悪役として一本芯の通っているイモータン・ジョーと比較すると、正に認知症的な「軸の定まっていない感じ」に見え、些か迫力には欠ける。しかし、彼の操縦する古代ローマの剣闘士が乗るチャリオットを模した3連結バイクは最高にイカしていた。
短い出番ながら、故ヒュー・キース=バーンに変わってイモータン・ジョーを演じたラッキー・ヒュームも良い。完全に彼が演じたイモータン・ジョーに成り切っていおり、「やっぱりコイツだよな!」と感じさせられた。
作中唯一の良心と言っても良い、警護隊長ジャック役のトム・バークの眼差しも印象的だった。何処となく、トム・ハーディのマックスと重なるようにも思え、フュリオサが唯一心を開いたのも頷ける。あまりに良い人過ぎて、アクの強いキャラばかりの本作では若干埋もれがちなのは惜しいが。
ところで、左腕を失って逃亡するフュリオサを崖の上から眺めていたインターセプターはマックスで合っているだろうか?だとすると、負傷した彼女を砦まで運んだ事で、本編の前に思わぬ出会いを果たしていた事になり面白い。
面白いと言えば、前作を鑑賞済みの観客には思わずニヤリとさせられるキャラクター達も嬉しい。“鉄馬の女”である若き日のヴァルキリー、医者であるオーガニック・メカニック、人食い男爵に武器将軍、数秒の出演にも拘らず強烈に印象に残るコーマ・ドゥーフ・ウォリアー。つくづく個性的なキャラクターの宝庫だなと思う。
どうしても前作と比較してしまうと、全体的にもう少し削ぎ落とせそうな印象を受けてしまう。だが、唯一ディメンタスのバイカー軍団とイモータン・ジョーのウォーボーイズ達の戦争シーンは、ダイジェストにしてももう少しじっくり見せてほしかった。特に、狡猾なディメンタスがどうやって戦線を離脱して逃亡したのかは見てみたかった。彼の性格上、また仲間を囮にしたのだとは思うが、それによってこれまで彼に付き従ってきたバイカー軍団の面々(特に下っ端)が「付く相手を間違えた」と戦場で後悔するような展開も面白かったと思うのだが。
最後にもう一度断っておくと、本作は間違いなく「面白い」部類の作品だ。しかし、前作のような「名作か?」と問われると、あくまで「昨今のハリウッド大作の中では面白い」という域なのは間違いない。
マックス役のトム・ハーディが、今後予定されているマックスの前日譚の可能性について、本作の興行的不振を理由に「実現する可能性はない」と語っていたが、残念ながらその発言は現実となってしまうかもしれない。
また、せっかく制作されるのならば、やはり前日譚ではなく、あの名作の「続き」をこそ観たいのだ。