「人との関わりがすべてな人間」夜明けのすべて movie mammaさんの映画レビュー(感想・評価)
人との関わりがすべてな人間
パニック障害もPMSも、発達障害などと同様に周りの理解が不可欠な症状だが、公表しても偏った目で見られたり適切どころか不利益な扱いを受ける可能性もあるため、人に言うことを隠す・迷う・躊躇いがちな病気だと思う。きっかけも改善も、本人の怠惰などとは関係がなく、コントロールが難しく服薬の副作用にも苦しむことがある。
藤沢さんも山添くんも、元々違う職業に就いていたが、職場絡みの状況で発作が出てしまい、小さな中小企業の組み立て作業に転職を余儀なくされた。
でも、そこでの人間関係は狭いので気遣い必須な一方で、深い理解をしてくれる。
蓋を開けてみれば、光石研扮する社長は兄弟を自死で亡くし30年近く心に痛みがあり、1番気を遣ってくれる久保田磨希扮するおばちゃん社員は恐らくシングルで黒人とのハーフの子を育てている。
みんな何かしら抱えているから、人の気持ちがよくわかる。
一方で、松村北斗演じる山添くんにも、上白石萌音演じる藤沢さんにも、2人との対比かのように、この2人の元々の人生を見せるようにそれぞれの友達が出てくる。
その友達も、片想いに悩んだり、転勤による人生計画崩壊やら、気を遣う人間関係やら、みんな気を遣って生きている。
天体観測キットを製造販売する小さな職場の同僚達が、藤沢さん山添くんどちらの病状も本人がカミングアウトするまで他には漏らさずにいるのが本当に素晴らしいのだが、藤沢さんと山添くん両方がお互いの病気を知った時、山添くんがPMSについて理解すべくかかりつけ医で何冊も本を借りてきて、藤沢さんの発作時に1人で車を洗ってという適切な提案までしたのがとても良かった。自分の殻に精一杯だったところから、他に視点が向いた時、再び元々できていた社会への適応に一歩近付くのだろう。藤沢さんも無愛想な山添くんの発作時に、一歩勇気を出して買い物してきたり、髪を切ってあげたり、歳も近い2人にお互いに思いやりが生まれる。
このまま仲が深まり結婚まで進んでもおかしくないが、本作の脚本はちょっと意地悪で、藤沢さんがそもそもPMSの症状をピルで抑えられない理由は、お母さんが血栓症で、血栓の副作用の可能性があるピルを飲めないから。お母さんは、藤沢さんが就職してからの5年間で、随分症状が進んでいた。最初は藤沢さんが発作を起こしても、迎えに来てくれたりホッとする存在だったが5年経つ頃にはリハビリしても歩行もままならずデイケアの車椅子生活を地元で送っている。
藤沢さんは、職場の小学校でのプラネタリウム会の企画と脚本を無事に終えたところで、地元に転職し母の介護との両立のために退職を決めたのだった。
山添くんは元の職場に戻るか迷うが、そのまま今の環境に残ることを決める。中小企業にとって、元々は少し扱いにくい現代的なドライな若者だったかもしれないが、大きな頼りになるであろうことを予感させる。
人生も大きく揺れ動く20代の持病持ちの男性と女性を、社会的に育成し、経済的に支え、包み込む職場の面々の存在がとても温かく、日本人的距離感が映像化されており、中小企業のメリットもデメリットも見えるが観るものの心には良かった作品。
病状が良くなってきたところで、事故に遭うとかなにか悲劇が起こらないよね?!と作品の起承転結に振り回されないか心配になるが、物語は淡々と進み、安心のラストを迎えられた。
職場理解がありすぎて、勤務中に忘れ物を届けたり買い物に行ったり、生産性が心配になるような職場。
でも、山添くんが元々いた職場の上司もずっと心配していて、自死した家族がいる共通点から、今の職場の社長と繋がっており、その紹介で山添くんは今の会社に入れた経緯もある。
夜明けの直前が1番暗いらしい。
その通り、闇と思っても朝がくるし、夜には星がついている。
どんな時も、人間は結局人間との繋がりで救われていくのだなと。
藤沢さんは方向音痴だから星に何度も助けられると言っていたのが、その比喩に思えた。
藤沢さんは生理前の怒り衝動に駆られるヤバい時は1人になり車を洗うなど黙々と作業する回避策を見つけたが、山添くんが気にかかる。発作が突然起こり電車もバスも美容院も無理な身体、住む場所も徒歩圏に限られ、まず駅に入るまでを試してもやっぱりまだ無理で、発作時にはしんどそう。発作が遠ざかる何かを見つけられるのだろうか?
僕と彼女と彼女の生きる道で冷たい印象の母親役だったりょうが、藤沢さんの母親役として出てきて、藤沢さん目線で傷付けられるかもと少し身構えたが、要らないものを沢山送ってくれるくらいの地元からエールを送る母親でびっくり。PMSが冷えで悪化するのを心配して、自由の効かぬ身体で毛糸のミトンを送ってくれて、それを身につけて真っ赤なミトンにみかんを抱えておばあちゃんみたいになっている若者の藤沢さん。
同世代の山添くんの都会的な元同僚とは対照的だが、若者同士のマウントや傷つけ合いや山添くんの取り合いに発展せず、善意で回っていたところがとてもとても良かった。
自分も適切な配慮を取れる優しい大人でありたいと思わされた。