「夜明け前の闇の中で、誰かを支える星となれ」夜明けのすべて 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
夜明け前の闇の中で、誰かを支える星となれ
こんな事を言ったら山添くんに疑問を持たれるかもしれないが、私も少しは境遇や気持ちが分かる。
私の場合持病ではなくヘンな症状なのだが、夜寝ている時に、突然の痙攣発作、激しい発汗と心臓が飛び出そうなほどの動悸に襲われる事がある。
暫く原因が分からなかったが、ようやく思い当たったのが、数年前の胃の全摘手術。胃を摘出した人に見られる“ダンピング症候群”。
胃が無く、食べた物がダイレクトに腸へ。その時消化が追い付かず、腸が痙攣。それが身体全体に広がる…というもの。
そういや退院の時そんな説明受けたな…と後になって思い出したが、まさかまさかこんなしんどくて、こんなにも続くとは思ってもみなかった。さほど大した事なく、一時の事だと思っていたので。
胃が無い身。これがこれからずっと…と思うと嫌になってしまう。
実は言うと、本当にこれが原因なのかも定かではない。勿論病院にも言ったが、医者はただ話を聞いて、じゃあ薬出しますねだけ。もっと色々診てくれるとか、原因を調べてくれたりとかしてくれない。なので、暫く通院し薬も飲んでいたが、今は通院も薬も飲んでいない。だって結局、通院しようがしまいが、薬を飲もうが飲まないが、同じ。起きる時は起きる。起きない時は起きない。
これも不思議なもんで、これまでは一ヶ月に2~3回、酷い時は4~5回、立て続けに起きる時もあれば、暫く起きない時もある。ちなみに今、4ヶ月ほど起きてない。最長記録!
ほとんどが夜寝てる時。でもごく稀に、昼間や起きている時に起きる時もある。いつぞや何か昼間外歩いている時に、突然くらっと目眩みたいなのが…と思ったら起きた。あの時はびっくりしたなぁ…。
それで日常生活や仕事に支障をきたすほどではないのだが、またいつ起こるか分からない症状に悩まされている。
藤沢さんや山添くんの抱える持病とは毛色が違うかもしれないが、それでも少しは分かるのである。
恥ずかしながら“PMS”という言葉を初めて聞いた。月経前症候群。調べてみたら人によって症状は様々らしいが、藤沢さんの場合は月に一度イライラが抑えられない。
それによって転職。大きな企業から子供用科学キットを作る町工場へ。
PMSは続く。そんな時、同僚の山添くんのやる気の無さ、炭酸を明ける音にイライラをぶつけてしまう。
それには訳が。山添くんもパニック障害を抱える身で…。
パニック障害もよくは聞くが、詳しくは知らない。
突然パニックや発作に襲われ、動悸や目眩、身体の不調、不安に駆られる。
原作者の瀬尾まいこもパニック障害の経験ある身。
山添くんの場合は発作。人ゴミの中や電車にも乗れない。やる気や気力の無さも心体の気だるさ。炭酸も身体にいいと聞いて。
そんな二人が出会って…。
ありがちな難病を抱える苦悩をお涙頂戴で…と一見思うが、そうではない。
あくまで持病を抱える二人の日常を綴っていく。
異常が無い時は二人共、ごく普通なのだ。藤沢さんはPMSの反動で周りに対して気を遣ったり(職場にお菓子の差し入れ)、山添くんはドライな面もあるけど。
ごくごく普通。だから、突然の症状が堪らなく怖いのだ。
私も例の症状がいつ起きるか、夜寝るのが怖い時がある。
山添くんがパニック障害と知った藤沢さん。お互い頑張ろうと励ます。
ちょっと違う気がするんですけど…なんて言われ、鳩が豆鉄砲を食らう藤沢さんだが、以来気に掛ける。
山添くんも藤沢さんがPMSと知り、イライラが始まったなと感付くと、さりげなく外へ連れて行ったり、イライラを自分に向けさせたりする。何だかんだ好青年。
二人の関係がこれまたありがちな恋愛に発展する事なく、あくまで友情や同志なのがいい。それが作品への清々しさや爽やかさにも表れている。
遠慮せず物を言い合ったり。ナチュラルなやり取りに笑いがこぼれたり。
上白石萌音と松村北斗の好演。
上白石萌音はどんどん素敵な女優さんになっていくなぁ…。松村北斗も良作に恵まれて。
二人を支え、見守る周りもいい。
二人が働く町工場の雰囲気が温かい。
経営者の栗田と山添くんの前職の上司の辻本は昵懇で、山添くんを見守る。
何かを抱えているのはこの二人も。栗田は共同経営者で科学好きだった弟を、辻本は姉を自死で亡くし、自死で大切な人を亡くした人たちが集う会に参加している。
『ディア・ファミリー』では嫌味な役所だった光石研、クセのある役所が多い渋川清彦の温助演。本当に演技巧者。
山添くんの友人たちや彼女、藤沢さんの友人や転職エージェント、パーキンソン病の藤沢さんの母…。
皆が何かを抱えつつも、気遣い、見守り、支え合って。
現実はこんなもんじゃない。理想的過ぎかもしれない。しかし私は、これが人の本来の姿と心だと信じている。
『ケイコ 目を済ませて』で絶賛された三宅唱監督の丁寧な演出。
作風も話も優しく、映像も音楽も美しい。
過剰宣伝の見世物的やアニメーションばかりヒットする昨今の日本映画界に於いて、これこそ良質良心作と言える。
世の中や大宇宙が変化していくように、私たちも。
母親の介護をする為、藤沢さんは地元へ戻って転職。決まった時、「栗田金属で働けて幸せでした」。
山添くんは前の会社に戻らず、栗田金属に残る事を決めた。
それを辻本に告げた時、辻本が流した涙には二つの意味があると思った。
一つは、パニック障害を抱え生きがいを失っていた山添くんが自分のやりたい事を見つけた嬉しさ。もう一つは、また戻ってくると思っていた可愛がってた後輩が戻って来ない寂しさ…。
このシーン、あの涙、ジ~ンとしたなぁ…。
誰もそれらに待ったなんて言えやしない。持病と向き合いながらも、各々が決めた事。
印象的な宇宙や星座、夜明けの話。
この壮大で神秘的な大宇宙の中で、私たち人間の営みなんて、些細でちっぽけな事とよく言う。
宇宙に全く変化など起こす事もない些細でちっぽけな存在かもしれないけど、私たち各々が光を放っている。
星々が巡り合うように、私たちも出会って。
光の中には影もある。夜の闇は夜明け前が最も深いという。
それは持病や悩みなど、時折不安にも陥る私たちそのものだ。
しかし、夜があるから朝をより感じられる。
悩みや不安を感じるからこそ、人の善意や良心をより感じられる。
誰かを照らし支える星となれ。
そして夜が明ける。
僕も3分の2をとって、残りの3分の1も取ったので、今はゼロになりました。
ダンピングには悩まされますが、85キロあった体重が55キロになった事を喜んで生きています。