「本当の願いは心の中にしまったまま、その灯火の熱とともに昇華されていく」夏の終わりに願うこと Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
本当の願いは心の中にしまったまま、その灯火の熱とともに昇華されていく
2024.8.13 字幕 アップリンク京都
2023年のメキシコ&デンマーク&フランス合作の映画(95分、G)
少女が大人の事情を理解する過程を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本はリラ・アビリス
原題の『Tótem』は「伝統的な家族や部族が信仰する、動植物や自然現象」のことを意味する言葉
物語の舞台は、メキシコシティ
疎遠の父トナ(マテオ・ガルシア・エリソンド)の誕生パーティーのために祖父ロベルト(アルベルト・アマドール)の家を訪ねることになった7歳の娘ソル(ナイマ・センティエス)は、母ルシア(イアスア・ライオス)とともに公衆トイレでパーティーの出し物の練習をしていた
トナは病気療養のために実家に帰っていたが、ソルはそのような事情は全く知らされていない
実家では、トナの姉で次女のヌリア(モントセラート・マラニョン)とその娘エステル(サオリ・グルサ)がケーキなどの準備をしていて、長女のアレハンドラ(マリソル・ガセ)は霊媒師のルディカ(マリセラ・ビラルエル)を連れて部屋の浄化作業などを行なっていた
煙を使う施術にロベルトは怒り出し、そして遅れて、トナの兄ナポ(ファン・フランシスコ・マルドナド)がやってきては、量子療法の儀式を始めてしまう
ソルは意味がわからないまま、なかなか父と会えないことに苛立ちを隠せずにいた
父はヘルパーのクルス(テレシタ・サンチェス)が面倒を見ていたが、家計は逼迫し、クルスや主治医の支払いも滞りがちになっていた
モルヒネによる緩和ケアを選択したものの、姉兄の間では抗がん剤を使用した方が良いのではという意見も飛び出し、それでも本人の意思を尊重すべきという意見がそれらを封じ込めていた
映画は、何も知らないソルが、父の実家に来たことで「いろんな大人たちの会話」を耳にする様子が描かれていく
そして、彼女の中で父に起こっていることを理解していく様子が描かれていたが、その理解をあっさりと壊してしまうのが、父がバースディケーキの前でこぼしたひと言だった
おそらくは末期癌の状態で予後も悪く、ひとりで起き上がれない父なのだが、彼を取り巻く人々は愛情いっぱいに彼に接していく
それぞれには思惑があるものの、そこに溢れるものは確かな愛であって、彼のために何かをしたいと考えていた
また、今回の誕生日が最後になる可能性もあり、それぞれはどことなくそれを感じている
そういった言葉に出さないものをソルが理解する、という流れになっていた
映画のラストでは、バースディケーキを眺めるソルが描かれ、それが長回しの映像になっている
それを吹き消すことなく映画は終わるのだが、これは「ソルがケーキのローソクを父の寿命に見立てている」という意味合いになるのだと思う
直前の父のセリフ「願うことは、ないかな」という言葉によって、ソルは父が長くないことを悟り、その火を自分では消せないというニュアンスになっているのだろう
映画のラストショットはきれいに整えられたベッドが描かれ、それは父の死を意味するのだが、言葉で語ることなく、映像で状況や感情を描いているのはすごいと思った
いずれにせよ、物語としては「ある家庭の日常を眺める」という内容になっていて、一同に介すると、それぞれの諸事情をぶつけ合うというのは家族あるあるのように思える
彼らはトナの病気のために何かをしたいと考えているが、その方法論が彼らの人生を表しているようで面白い
それでも、事情を知らない子どもたちの前では隠語を使って話したりするので、これまたリアルな家族模様になっていると感じた
ひと夏のある1日の出来事だが、ラストのソルの表情を観るために、それまでの時間があるように思えた
パンフレットには人物相関図(家系図)が載っているので、ややこしい人間関係を把握するには最適の素材だったので、迷っている人は「買い」であると言える