「イニョンの三人」パスト ライブス 再会 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
イニョンの三人
12年前。2012年。映画を見ていた。この年のBESTは『わが母の記』。仕事を辞めて次の仕事を探していた。
24年前。2000年。やはり映画を見ていた。この年のBESTは『スペースカウボーイ』。高校を卒業してバイトを始めたばかりだった。
…という記憶はある。もしこの時、運命的な出会いしていて、その想いを忘れずにいられるだろうか…?
ノラとヘソンの場合は…
24年前。12歳。韓国・ソウルに暮らす少女ナヨンと少年ヘソンはお互い惹かれ合う。が、ナヨンは家族と共にカナダへ移住してしまう…。
12年前。24歳。ナヨンは名前を英語名ノラに変え、NYで暮らす。ある時、オンラインでヘソンと再会。あの時の想いが蘇り、暫く交流続いていたが、再びすれ違ってしまう…。
現在。36歳。ヘソンがNYへ。24年ぶりに対面での再会を果たす。僅か一週間。思い出話や想いが再燃するが、ノラはすでにアメリカ人のアーサーと結婚していて…。
これがドラマチックなメロドラマだったら、アーサーが言っていた通りになっただろう。
が、ベタなラブストーリーにはならず。切なくも、しっとりと。24年の想いに浸る…。
ヘソンのノラへの想いは一途。
ノラも自立し結婚しているが、揺れ動く気持ちはあった筈。
が、再び巡り会った二人が結ばれないであろう事は薄々分かってしまうのだ。
そもそも二人は付き合った事など無い。昔、惹かれ合っただけ。
だからヘソンもヨリを戻すと言うか、僕の元へ…なんて気は無かっただろう。
ノラも夫を愛している。自分の人生を生きている。それを裏切るつもりなど無かっただろう。
だけどもし、出会いもあの時の行動も違っていたら…?
今とは違う運命があったかもしれない…。
誰もが思う“もしも”。
過ぎ去った事、もう取り戻せないもの、その時の自分の決断の結果だけど、“もしも”そう思わずにいられない。
それを感じさせる演出・演技が素晴らしいのだ。
ふとした視線、表情。何気ない会話や間。
NYの風景が本当に美しい。ちょっとした旅行気分。
幼い頃に家族と韓国からカナダへ。自身の体験を基に。カナダ系韓国人のセリーヌ・ソン。
繊細な演出だけど、情感たっぷり。デビュー作でこの手腕とは驚きの言葉以外見当たらない。
グレタ・リーの自然体の演技。秘めた中にも想い溢れるユ・テオの抑えた演技。
ノラの夫アーサー役のジョン・マガロがまた絶妙。
妻が初恋の相手と会う。久し振りだから、ほんの一週間だからと、反対しない。
妻を愛し信じ、裏切らない事に絶対の自信がある。
しかし本当は心中は、穏やかではなかったであろう。
バーで3人で。アーサーも少しだけ韓国語が分かる。だけど、二人が見合いながら韓国語でずっと会話してる時のアーサーの表情と言ったら…。
嫉妬とまでは言わないが、疎外感。
それはヘソンも同じ。少しだけ英語が分かるが、二人が英語で会話。自分が居ない二人の夫婦としての時間。
お互い気遣い、尊重し合いながらも、同じ女性を愛した気持ちとやるせなさ…。
ノラも一見自由奔放に見えて、二人の間で…。絶対に裏切りや間違いは起こさない。だけど積年の想いが…。
彼女もまたやるせないのだ。ちとネタバレだが、ヘソンを見送った後、流した涙。それは声を上げて溢れ出す。
登場人物は僅か3人と言っていい。アンサンブル演技と言うには少ないかもしれないが、素晴らしいケミストリー。
24年の時を経て、秘めた想いを。が、結ばれる事はなかった。これで良かったのだ。
そんな想いに後ろ髪引かれながらも、夫との今を。ヘソンを見送り家に帰ってきたノラを、アーサーは抱き締める。これで良かったのだ。
確かに切なくもある。が、誰が否定出来よう。
各々が選んだ道と今。
今結ばれなくても、来世なら…。
“イニョン”。韓国の習わし。日本で言うなら、縁や輪廻転生。
今出会えたのは、前世でも縁あったから。
その時は結ばれていたかもしれない。
現世では果たせなかった。
また来世なら…。
運命で結ばれたイニョンの二人は、出会いや別れを経て、いつか必ずまた巡り会うーーー。
共感ありがとうございました。
アーサー、内心はモヤモヤしたでしょうね。
長いあいだのおもいに2人が決着をつける運命の再会ですから。
それを理解して見守ってくれた夫への感謝と三人のイニョンを噛み締めこみあげるものが胸を打つラストでしたね。