「クイーンズギャンビット、ボビー・フィッシャー」スンブ 二人の棋士 蛇足軒妖瀬布さんの映画レビュー(感想・評価)
クイーンズギャンビット、ボビー・フィッシャー
韓国の囲碁界を舞台に、
二人の棋士の運命的な対決を描いた作品である。
私自身は囲碁のルールを全く知らない、
並べ方も、基本的な打ち方すら理解していない。
しかし、全く知らなくても、
本作は楽しめる作品だったと言える。
長きにわたり世界チャンピオンの座に君臨する孤高の棋士と、
チャンピオンの下に現れた無名の天才少年。
彼らの打ち手、攻め方と守り方の推移に呼応するように、
本作の撮影技法も巧みに変化する点が興味深い。
序盤の静謐な雰囲気から、
局面が進むにつれて緊張感が高まり、
カメラワークもよりダイナミックになっていく。
撮影アングルは、「カメラはここしかない、この移動ショットしかない」
と思わせるほどに堅実で、
盤面の下、ファインダー越しのショットを挟み込むことで、
対局者の視点や心理を垣間見せる。
オーソドックスなカット割りは、
物語を淀みなく進めつつ、
盤上の緊迫感と登場人物の内面を鮮やかに切り取る。
過剰な演出に頼らず、
映像そのものが雄弁に語りかけるスタイルは、
作り手の確かな技術とキャストへの信頼を感じさせる。
シナリオは、単なるスポ根ドラマやライバル対決の枠に収まらない、
珍しいパターンを提示する。
モーツァルトとサリエリのような嫉妬渦巻く関係でもなければ、
有名なチェスの物語(クイーンズギャンビットやボビー・フィッシャーの伝記など)とも一線を画す。
世界チャンピオンと天才少年、彼らは師弟、
しかしそれだけではない複雑な繋がりを持つ。
二人の間のセリフは極端に少ない。
にもかかわらず、その表情の微細な変化が、
言葉以上の情報量と感情を雄弁に物語る。
苦悩、畏敬、そして理解。
俳優たちの繊細な演技が光るからこそ、
観客は彼らの内面に深く分け入ることができる。
「おばさん」という言葉が持つ韓国的なニュアンスや、
ソウルと全州という約200キロメートルの距離感が、
彼らの関係性や物語の背景にどのように影響しているのかを肌感覚で知っていたら、
さらに作品世界への没入感が増しただろうと感じた。
しかし、これらの情報が無くても、
ふたりのツーショットを正面から捉えるカット、
靴ひもを結ぶシーンを含め、
二人の棋士が盤上で交わす「対話 dialog」、
そしてそこから生まれる人間ドラマの深さは十分に伝わってくる。
時計だらけの部屋は、
敵わない師匠を心のどこかで待っている、
ということか・・・
鑑定士と顔のない依頼人風に解釈すると・・・