アンダーカレントのレビュー・感想・評価
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役者陣の妙と独特の空気感で観る者を惹きつけるミステリー
人が一日の体の疲れや汗や汚れを洗い落とす銭湯という場所。ここで働く主人公の女性は、かつて蒸発した夫への「なぜ?」という思いを抱えたまま生きている。また、臨時で雇った従業員の男もここで働きたいのか理由を明かさぬまま、ただ寡黙に仕事に打ち込む。お互いに深くは語らないし、聞かない。だからこそ二人はどこか居心地がよく、互いにとって程良い温度の「お湯」のような存在になり得ていくのかもしれない。本作は彼らの関係性を軸に、常連客たちや同級生や私立探偵らが入り乱れ、飄々とした人間ドラマを奏でる。不在や記憶をめぐるミステリーも顔を覗かせるが、「なぜ?」を深追いしないところが本作の特徴か。主演の二人はセリフの少ない場面に言葉未満の「想い」がそこはかとなく漂う様子をナチュラルに作り出す。決して急がず焦らず醸成されゆくその空気が心地良い。不思議な透明感に吸い寄せられつつ、思いがけない感情へ誘われていく一作である。
程々の湯加減で
マシンガンでドンパチあり、カーチェイスあり、殺人あり。犯人を追いかけて、とそんな映画ばかりだとくたびれてしまいます。ちょっと緩いのがいいなと思い、プライムビデオで見ましたが、結構、間をとっていて、次はどう展開するかなと楽しませてくれる映画でした。終わってみるとなんということのない展開でしたが、そういえば、真木よう子さんとリリーフランキーさんは他の映画では夫婦役だったよな。と余計なことを思い出しながら見ておりました。東京ではなさそうだけど、ここはどこだろうと思ってみていましたが、千葉県市川市で撮影されたようです。ちょっと都心から離れた場所と描きたいテーマがうまく溶け込んでいるようでした。記憶の底に押し込んでいた子供時代の記憶。その忘れたいが忘れることができない記憶を封印した習いからなのか、夫に関しても見えていない影の部分に気が付かずにいた。そんな話なんだろうと思います。身体の中でコチコチに固まっている部分がユルユルと解凍されていく。そんな感触を感じさせる、この映画のエンディングが好きです。
あくまで考察ですが
もし悟が失踪する2年前に両親を殺害しているとして、そう仮定してこの物語を考察してみたらどうなるだろう。
悟のバックボーン考察する時に私が個人的に関連があると思うキーワードがいくつかある。
嘘で塗り固めた自分、嘘がバレ居場所がなくなり転々と居場所を変えては同じ事を繰り返す。
薪で湯を沸かす銭湯、火、バーナーの譲渡先の火事、その銭湯の主が失踪。
2年前の両親の死、1年前のかなえの父親の死。
2ヶ月前にかなえの元から失踪、しかしその後も探偵を雇いかなえを尾行させ行動を把握している。
これら全てに関連性があるかわからないが、仮に関連があるとしたらこういう考察はどうだろう。
悟は火に対して執着がある。かなえに近づいたきっかけも薪を燃やしたかったから。しかし次第に悟はかなえに心を惹かれていった。
ずっとかなえの側に居たいと願う悟だったが、嘘で塗り固めた自分はいつも居場所を失ってしまう。そして2年前に両親に今の生活が知られてしまい、かなえとの生活を壊されることを恐れた悟は両親を殺害する。
そしてその後かなえの父親にも何かを気づかれ殺害。そしてかなえは薪を辞めてバーナーで湯を沸かしたいと考えるようになる。
これらの事由が重なって、或いはそれ以外の要素もあったのかも知れないが、悟はかなえの元を去る決意を固めた。
しかし失踪後も遠くからかなえと繋がりたいと考え探偵を雇いかなえを監視、そしてバーナー譲渡の件を知り譲渡先の銭湯を放火、そして銭湯の主を殺害。
と、考えることも出来るのではと思うが、やはり飛躍しすぎであろうか。
皆さんはどう考えますか?
安易ではない
ちょっと不思議な展開
嘘は誰でもつきます
…不思議な展開ではじまる
突然姿を消した夫・・
雇ってほしいと素性のわからない男が
舞い込んでいつの間にか暮らしはじめる
居なくなった夫の真相を早く知りたいのに
なかなか真相を知ることが出来なくて
モヤモヤな気持ちとテンポの悪さで
イライラが募る
夫は常に嘘をついて生きてきたので
何が本当の自分なのかわからなくなった
…と
当たり前の様に
嘘をついているとそうなるのね
もっと早くから話し合っていたら…
と彼女は言ったけど彼はそんなこと
関係なく同じ結果だったと思う
もう一人の男
妹を失くして彼女を見かけたからと…
言っていたけど(はてな)な感じでした
でも彼女の支えになったから
お互によかったのかもという感じです
深く考えることでもなかった
そして特に響く所もはなかった
首を絞められて水の中に沈められる
…夢が何度かあったけど
彼女の心底にあるものという意味する
所が曖昧でよくわからなかった
ものすごく好きな映画に含まれる
ぼんやりした映画を見たいと思った。
誰が出てるかもよくわかってなくて見始めたら 真木洋子とそして このボソボソ喋る男は誰だ おー井浦新じゃないか。
更に 江口のりこ。
安心して見る事にした。
Amazonプライム・ビデオです。
風呂屋
廃れ行く文化なのか
それとも 一部の愛好家によって存在するものなのか
はたまた サウナとか なんか私の預かり知らぬ何かに変化
して行くのか
そういう家業の女が 夫が失踪したせいで閉めていたのを
客の要望で再開する事となる。
誰か手伝う者がいれば と思う所に 無口な男がやってくる。
順当なストーリーで驚きも少ない中
探偵が リリーフランキー
メリハリのある配役に 淡々とそして不穏に進むストーリー
堪能した土曜日の午前中。
嘘の旋律と心地よい温度
家業の銭湯を継ぎ、夫の悟と順風満帆な生活を送っていたかなえ。
ところがある日突然、悟が失踪。
銭湯を何とか再開して奮闘してる最中、謎の男の堀が現れる。
銭湯を住み込みで働きたいと志願する。
そしてかなえは、友人から紹介された探偵に悟の捜索を依頼する。
銭湯のお湯と不幸な事件の川の水。
多幸感を感じる銭湯。
夫の失踪、謎の男、怪しい探偵。
困難な人生でも、銭湯のお湯は温かく、かなえの気持ちの支えである。
しかし、かなえの根底に流れているのは、
冷たい忌まわしい川の水。
封印していた記憶が、近所の子供の誘拐事件により呼び起こしてしまう。
嘘と心地よいの良い温度差が人を窮屈にして、優しさのすれ違いを描く。
純文学をエンターテイメントに昇華して、嘘に翻弄された話しなのに、喜怒哀楽がない。
真木よう子のお湯、井浦新の水、リリーフランキーがぬるい湯。
ぬるい湯は適温。
人の気持ちの移ろい易さと嘘を寛容する。
三位一体の上手く表現された作品であった。
「人をわかる」
銭湯を再開したかなえだったが、夫の悟は失踪したままだった。そこへ堀という男がやってきて、銭湯で働くことに。かなえは友人の紹介で、私立探偵の山崎に悟の行方探しを依頼。山崎の報告は、彼女の知らない悟だった。そんな時、かなえは過去のトラウマを思い出し。
タイトルは「1 下層の水流、底流 2 (表面の思想や感情と矛盾する) 暗流」。物語では、悟の失踪が表で、かなえのトラウマがアンダー。悟の真実や、堀が隠していること、もか。失踪とトラウマに直接の関係はないのに、織り交ぜ方が上手くて見入ってしまいました。国内失踪者が年間8万5千人に驚き。
リリー・フランキーが良いです。副業で探偵やってそう。 原作マンガの画像を見て笑いました。
心優しい映画
リリーフランキー扮する山崎が「1年間に失踪する人は8万人いて、そのほとんどは見つからない」と言っていたが、帰るつもりはなく忽然と消えるのだから見つからないのは当たり前である。しかし、意外にも切れ者であった山崎は、劇中後半で主人公の真木よう子と失踪していた永山瑛太を岬のカフェで再会させる。
嘘を嘘で埋め尽くす生き方しかできない男に真木よう子にひたすら優しい。ぶん殴ってもいいシチュエーションなのに自分のマフラーを男の首に優しく巻いてあげる。
アンダーカレントとは、自分でもよくわからない心の奥底に流れているものなのだろうと解釈した。
井浦新が演じた堀も自分のとった行動など分析できる訳もなく、月の湯で働き、真木よう子を見守っていた。
ラストシーンは原作とは違うらしい。そのおかげで、最終カット堀の後ろ姿に観客は胸を撫で下ろし、エンドロールをゆっくり眺め、余韻に浸れた。
配役の妙
人間関係において真実を話すということの重要さ
ミステリーかと思いきや
心の底流とは
原作は月刊アフタヌーン誌で2004年に掲載された豊田徹也氏の漫画だそうです。
『ほんとうはすべて知っていた。心の底流(undercurrent)が導く結末を。
夫が失踪し、家業の銭湯も手につかず、途方に暮れる女。
やがて銭湯を再開した女を、目立たず語らずひっそりと支える男。
穏やかな日々の底で悲劇と喜劇が交差し、出会って離れる人間の、充実感と喪失感が深く流れる。
映画一本よりなお深い、至福の漫画体験を約束します。
「今、最も読まれるべき漫画はこれだ! すでに四季賞受賞作で確信していたその物語性と演出力に驚く。豊田徹也は心の底流に潜む、なにかの正体を求めるように静かに語る。」──(谷口ジロー)』
(アフタヌーン公式アンダーカレントより)
もともと映画のようだと評された漫画で、BookliveにもAmazonにも、雰囲気で乗り切ることなく、リリシズムを支える芯のような何かがある──といったレビューが並んでいました。
逆に映画は雰囲気で乗り切っていました。
雰囲気で乗り切ったように見えるのは「人をわかるってどういうことですか?」という命題に、話も気分も達していないからです。とうていそんな哲学を掲げる映画にはなっていません。
かなえは銭湯を経営するただのおばさんですし、探偵はたんに怪しいだけで、堀さんは何を哀しがっているのか解らず、失踪したかなえ旦那はたんなる統失にしか見えません。
もしそう見えないのであれば、よく見る俳優たちなので、善意でイメージ補完したのだと思います。ただしさいきん(2024年)かなえ役女優に炎上さわぎがあり、併せてアンダーカレントの評価点も下がった気がします。イメージだけの映画なのでイメージが大事なわけです。
映画のようだ──と評された漫画を映画化するのは、果敢でもありますが、絵コンテが出来上がっているようなものですから手っ取り早いとも言えるはずです。原作漫画の完成度に依存した映画だと思いました。でも魂はありません。
韓国映画のはちどり(2018)で14歳のウニは中国語塾に通っています。あるとき塾で大慧語録の相識満天下/知心能幾人を習いました。『この世に知っている人は大勢います。だけどほんとに理解しあっている人はいますか』という意味だそうです。そのくだりは切実で心にしみました。が、この映画の命題「人をわかるってどういうことですか?」は愚かなポエムにしか聞こえません。
漫画の世界観を映像化したことで、ごっそり魂が抜け落ちたという感じでした。
朝食が旅館のような焼き鮭と卵焼きがきれいに並んで正座してご飯味噌汁おかずを三角食べしていました。傍らに炊飯器があっておかわりはどうですかとかぬかしてました。揃いの食器で箸置きを使うようなごく丁寧な食事風景を日本映画でひんぱんに見かけますが、個人的には不自然だと思います。
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