もう、歩けない男のレビュー・感想・評価
全4件を表示
いつ、何時、誰に起こってもおかしくない
鼻持ちならない自意識過剰な男で
もちろん不運な事故に遭ったことも
(これも自業自得なのだが)
それによって障がいを負ってしまったことも
本人や家族にとって悲劇であると思うのだけど
どうもこのアダム(アーロン・ポール)を
好きになれなくて、応援したい気持ちにもならん🤣
.
.
恋人もショックなのはわかるが
そこで声をかけることもなく逃げるように帰るとか
信じられんし、後の行動も結局自分の
罪悪感を拭いたいためじゃん🤢とか
まぁあまりいい印象はない。
.
.
救いなのはロシア人ヘルパーの存在。
(名前がわからん🤣)
強くて温かくて優しくて、暗い過去も
乗り越えて、アダムとその家族のために
献身的(彼女流だけどw)に支えるシーンは
胸にグっと来る。
安易な手助けは不要なのだと教えられる。
あとは、家族ね。
出来の悪い兄、少し子離れできない母親
息子が二度と歩けないと告げる際の
父親の苦悩と涙。
それらがとてもよかった。
少しづつ前向きになり、母親に感謝の言葉を
告げるシーンは演出として既視感あるし
わかっていても息子を持つ母親という立場で
見ちゃうとやっぱり泣けるぅ~🤣
類似作品にあったこととなかったこと
浅いプールに飛び込んで頸椎損傷をした学生無年金障がい者の話をよくきいてきた。本作で事故に遭う直前にも恋人が心配する転落があり、少し緊迫した。池に落ちた後、追随した愛犬が、退院して帰宅したときには直ぐに懐かなかったのは、少し違和感があり、介助犬という発想もなかったようだ。漫画『リアル』では、失神するほどの直立体位からリハビリを始めていたが、ここではなかった。入院患者仲間から「気取り屋」と呼ばれるように、リハビリにも熱がはいらない姿勢は、24時間テレビドラマ『ふたり』の主人公にも当初あったが、心を入れ替えてリハビリに励む場面もなく帰宅し、家族や一人目のヘルパーには我が儘放題だった。私が長くお付き合いをした頸椎損傷の友人は、首から下が全く動かず硬直していて、体を抱えるのが大変だったが、本作の主人公は、手動車いすの操作ができるほどの損傷部位だったようだ。本作での二人目のヘルパーは、主人公の我が儘を軽くいなし、訓練に前向きにさせるとともに、性的な能力回復にも目を向けさせているところは、『最強のふたり』や『セッションズ』の介助者とも共通していると思えた。病院で主人公を「気取り屋」と呼んでいた仲間が手動運転装置の自動車をみせに来たときには、乙武洋匡氏が自動車運転を披露したときのような驚きを蘇らせた。しかし、スロープ作動が上手くいかず、短気を起こして電動車いすで帰宅しようとして、電池残量が少なくなり、途中で盗充電しようとしてプラグでつないでいたのは、日本で見慣れた充電器とは異なるようである。そのように社会復帰を進めていたにもかかわらず、自殺を思い詰める場面は、『ウイニング・パス』を想起した。そこでは、性行為不能な脊髄損傷者も子づくりが可能であることが示されていたように思うが、本作では頸椎損傷者でもバイアグラによって性行為だけでなく、それを通しての子づくりが可能であることも示していると考えられる。ただ、恋人と再び性行為を成功させながらも別れに到ったところも、『セッションズ』と似ている。元気だったときの職場の上司が、「無形資産」という表現を取りながら、温かく復帰を迎え入れる姿勢も、『ふたり』と共通している。『ふたり』と『ウイニング・パス』では、障がいにもかかわらず愛を貫く物語だったが、本作ではそうならなかったのが残念だった。
真面目で一本気な男が葛藤の末得たものは
輝かしい未来を手に入れようとしていたときに遭遇した不慮の事故、それが原因でひねくれてしまう、観始めたときにイメージしたのは以前観た「シーフォーミー」と同じテイストかな?だった。
この主人公の傲慢さに、何故彼女は諦めきれずに復縁を求めたのだろうと憤ったのだけれど、よくよく考えてみると彼は、職場の上司であるミッキーの言葉通り「目先の利益を求めるのではなく、正直に取り組むだけ」の真っ正直な人間なのであり、四肢が麻痺して出来なくなった自分が許せない、腹立たしいだけ、その感情の発露がうまくできないだけなのだなぁと、そこから共感できるようになってきた(元同僚が職場からデータを持ち逃げ怪しげな企業をしたことに顔を歪めたのが象徴的だった)。
そしてロシア人ヘルパーとの出会いを経て、少しづつではあるが前に進み始めることができた。
いよいよ、自分でネクタイを結び出勤するシーンには心の中で拍手しながら「生きていればこそなんだ!おめでとう」とエールを送ってしまった。
もう一度、今度はパートナーと一緒に観てみたい作品だった。
ラストシーン、職場で電話の向こうから微笑んでいたのは本当の伴侶の方だったのかしら?笑顔が素敵でした。
【人生の頂点に居た高慢な男が、自らの愚かしき行為により四肢麻痺になり死をも覚悟する程の絶望感から、家族の支えや、口は悪いが優秀なロシア人介護女性やリハビリ仲間の存在もあり這い上がる姿を描く。】
ー 今作は映画としては、作りが粗い部分がある。但し、実話である事と、アーロン・ポール演じるアダムが、四肢麻痺になってから、人間として成長する姿に惹かれた作品である。-
◆感想
・保険会社の営業マン、アダムは急遽部長の座に就き、一目ぼれしたキャサリンとアッサリ結ばれ、家を購入し、我が世の春を謳歌していた時に、新居祝いで酔っ払って池に飛び込み四肢麻痺へ。
ー 正に天国から地獄とはこのことだろう。-
・アダムはヘルパーや家族に当たり散らすが、元々は自分の愚かしき行為が招いた事だという事は良く分かっており、彼の怒りは実は自分への怒りなのである。
・そんな時にやって来た新しいロシア人ヘルパーの存在感が屹立している。アダムには出来るだけ出来る事は一人でやらせ、優しく接するというよりは、彼の自立心を掻き立てるような態度。そして、障碍者の男と女性のロシア製ポルノビデオなんかを置いていく。
・ロシア人ヘルパーはアダムに言う。”前の夫はハンサムな男だったよ。だけど、今の旦那の方が優しいんだ・・。”
■一度は、身障者用の車が壊れて自棄になったアダムが、ロシア人ヘルパーに暴言を吐き、解雇したアダムが、家族の支えやリハビリ施設で一緒になった仲間達の姿を見て、電動車椅子に乗ってロシア人ヘルパーに謝罪し、”もう一度戻ってくれ”と懇願するシーンは、彼の人間としての成長を物語っている。
<ラスト、職場に復帰したアダムは再び仕事に取り組んでいく。そこには、絶望した男の面影はない。エンドロールで流れた実在のアダム氏の写真や奥さんと娘さんと仲良く映っている写真は、沁みたなあ・・。>
全4件を表示