「捻っていないことが捻っているということ!?これがシャマランにしか出来ないアプローチか」ノック 終末の訪問者 ezioさんの映画レビュー(感想・評価)
捻っていないことが捻っているということ!?これがシャマランにしか出来ないアプローチか
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M.ナイトシャマラン監督作品はあらかた観てきた。
予告は非常に不穏で素晴らしいものであり期待MAXで鑑賞。
今回はどんな捻りを魅せてくれるのか、と楽しみに観進めるうちに別の意味で不穏な空気が…。「これどう転んでも、どうにもならなくないか?」という不安が湧き上がり…。
しかし、ある啓示を受けて、ビジョンを見て、それを同時多発的に見ていた人間がいると知ったら行動せずにはいられなくなるというのは行動原理として筋が通っているし、その本気度もビンビン伝わる。でも決定的な証拠というのは他者にはわかるはずもなく、軟禁状態でその”狂った”状態の人達の気持ちに寄り添えるのか?どんな人権活動家でも寄り添えないだろう。「お前たちのせいで人類が〜」なんて言われてもなぁ。それぞれが自分自身の正義によって動きつつ(啓示によって”動かされている”という矛盾もある)、3人の家族は解決策を模索するがあらゆることの確証がない現状では解決する術は無い。
こうやって書いていて自分でもよくわからなくなってくるが、答えが出ない問答を繰り返させられているそれこそがシャマランの思惑の一つでもある「あえて捻らない、だけど濁しておく」というものに踊らされたような気もする。
ラストも賛否は分かれそうだが、濁すということを考えると「犠牲が必要だったか否か」も濁しておく必要があったのかなと思った。
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