君たちはどう生きるかのレビュー・感想・評価
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酷い。
冒頭30分くらいまでは何とか頑張ってみようと思うけど、それ以降は苦痛。
冒頭は、すごくきれいな戦時中の日本の絵に引き込まれて、「なるほどね。今回は、アオサギは出てくるから、現実寄りのファンタジーで行くのね!」
「コクリコとか、風立ちぬみたいな明るい感じではなく、ダークな感じで行くのね!」と思ったら、
ナツコがいなくなった時からだんだんおかしくなり、
作品が変わったのかと思うくらいに、
ハウルと、千と千尋と、マーニーと、風立ちぬ....
と、いままでのジブリ作品の名場面を、二番煎じにしてちょこちょこ、ちょこちょこ入れだして、
ストーリーが繋がらないし、「絵」や「表現」に目新しさもないしで、何だこれは...と。
ゲド戦記みたいに話が難しいという訳でも、
マーニーみたいに面白くない訳でもなく、
単純にストーリーがない。何を見せられているんだろう。
ストーリーが薄っぺらいハウルのパクリとしか思えない。
登場人物も、全員がチョイ役だし。最後に答え合わせ的に誰が誰かはわかったけどさ、深みがない。
1番いけないのが、主人公の眞人の成長が見えない。
表情が最初から最後まで変わらない。
....主人公を男の子にしたのも良くないんじゃないか。感情が見えない。
アオサギも振り切れてないよね。
年齢的に宮崎駿監督もラスト作品だから、思い残すことがないように入れたいことだけいれただけなのかなって思いました。。。
... ジブリ、宮崎駿ブランドは、決してコア向けでなく、大衆受けするブランドであると思っていたのに、ブランドイメージ壊してないか!?
金出して、時間使ってみる作品じゃなかった。
わかりやすいものを求める現代へのメッセージか
今までのジブリはファンタジー要素やその世界観だけでも成り立ち、裏にもメッセージが込められているものだが、
本作は真人が生きる現実や戦争、生死と結びついているため、その意図が汲み取れないと十分に楽しめない。
だが、それがなかなか難しく、わかりそうでわからない。
なので、ファンタジー要素あるキャラクターがスクリーンを駆け回りつつ、観ている頭の中は考えているという忙しいものになっている。
なので、楽しめるというより、もっと知りたい、と惹かれる感覚ではある。
全く宣伝をせずどんな作品かと興味をそそられ、観に行っても結局よくわからず、さらに惹かれる、という構造。
人生もそんなものだろう。
真人もお母さんを引きずりながら生きてきて、自分なりの答えを見つけて現実に戻る。それが代々引き継がれていく。
わかりやすくコンテンツを消費する世界だけど、実際はそんなものだけでない。
宮崎監督もこの映画でメッセージをあとの世代へ伝えたかったのではないか。
宣伝をしないという方法。お金がものをいう資本主義の映画業界の大部分を占め、自由な受け取り方を制限される宣伝という枷にとらわれないやり方を実践したか。
日の目を見ない映画が多い中で、宣伝は不可欠なもので、それをしなくても集客ができる宮崎監督にしかできないことではあるものの、配給の東宝がこれを許したのは少なからず意味がある。
もう一回観て、自分なりの答えは見つけたい。
2023年劇場鑑賞79本目
新鮮で贅沢な体験だった。先入観なく映画を見たのはいったいどれだけぶりか、、
映画の感想は、
とても画面が美しく、感情の起伏が激しすぎない内容で、
エピソード内で「世界ってそんな風にできてるものかな」という描写もあり
何か所か妙に納得したり。
世界の種明かしのような表現も多くて
何度か見ると必ず感想が異なってくる気がします。
再度見てみようかと思います。
この映画を見るにあたって「君たちはどう生きるか」の漫画版を
購入して読みかけていました。映画の前に読むつもりで。
ただこれがけっこう説教っぽく感じて漫画とはいえ文字も多く、放ってしまってましたが、
この映画の中の重要な役割であると思いますのでこの映画を再度観るときまでには
なんとか最後まで読んでみようと思います。
おそらくなにか感じるものがあると信じて、、。
面白かったのは、映画の広告や前情報がほぼない事でした。
贅沢というには逆な感じもしますが、最近特に大御所の作品で
なにも前知識なく見れるということはないと思います
よほど意識して遮断しない限り。
今回は予告どころかサイトもないし、パンフすらいまだに見せてもらえない
新鮮で楽しい体験でした。久々にワクワクしました。
すべて含めて星5にします。
うーーん
タイトルの割には、それほど重くない・・・?
遅ればせながら、テレビ地上波で放送したものを録画しての鑑賞です。
ジブリの映画も好きなんですが、何故か映画館へ足を運ぼうって気にはならないんですよね。まぁ、元々アニメを大画面で観たいって気持ちがあんまり無いかな。話題作だったら早く観たいって気持ちが優先するんだけど・・・
【ネタバレ】
本作品は公開時、徹底的な秘密主義で一切の情報が流れませんでした。そんなわけで、全く知識無しの状態で鑑賞しましたが・・・ファンタジーだったんで、ビックリ!
終戦間近の日本に、異次元空間が存在する。
新しい母親を救うために迷い込んだ別世界で、死別した母親と若かりし姿で再会したり、ヒトみたいな鳥の餌になりかかったり・・・
「千と千尋の神隠し」みたいな雰囲気を醸し出しながら、それなりに楽しめました。
アオサギとの友情っぽい繋がりも面白かったし、世界が崩壊していくクライマックスも、なかなか迫力あって良かったです。
でも、今までのジブリ作品に比べると、なんか小ぢんまりと纏められた気がしないでもない。
七人の小人ならぬ、七人のお婆ちゃんがなかなか可愛らしかったです。
別世界で御守り替わりのあの人形。商品化したら案外売れるかもって、思っちゃいました。
そして、エンディングで流れる米津玄師さんの地球儀が最高でした。作品の余韻を大いに満喫出来る壮大な主題歌ではないでしょうか。
壮大な白昼夢
アカデミー長編アニメーション映画賞受賞おめでとうございます。
映画館で宮崎作品を観るのが本当に久しぶりで、開始早々、絵や、音、動き…初めて観る作品でも懐かしい感じすらした。
宮崎駿さんには幼少期より感動とワクワクを私の心に満たし続けて育ててくれたようなもの。
今作、日本では宣材はイラスト1枚。
他の情報もなく、、…観なくていいかな、と思っていました。
観に行かないつもりでいたが、ずっと、何となく後ろ髪をひかれた。
先日、海外の予告編見た。
あれ?海外では予告編あるんだ。
…日本ではイラスト1枚で日本人なら分かれや、って感じすらしたけど、海外ではそうはいかなかったのだろうか。
物語がイメージできて、少し変わった異世界モノのような印象を受けたのでちょっと現実逃避したい気持ちになってた自分としては、呼ばれた気がした。
冒頭の火事
昔の階段の角度やキシミ
妖怪の様なおばあちゃん達
カエルの群れ、、、
美しい映像に何となく癒やされ。。。
不思議の国に迷い込むあたりは言わば壮大な白昼夢のよう…。
そう…意識が離脱するあの感じ…
ねもい…。。。。
過去の宮崎作品の片鱗がそこここに感じられ、イメージの膨大な情報量の映像化に感心する。。
…何を言いたかったのか?
生と死について描きたかったのか
よく分からない。。。
思いついたまま描きたいことを描いたらできた作品の様な印象を受ける。。。
あそこで、それでもお母さん、と呼べるんだ…。
結局、宮崎映画だから観ておきたいと思った
声の担当は俳優さん女優さん。前から気になってはいたけれど…。
広がりすぎて収拾の付かない世界観…
もはやカオス…と思う反面
よくこれだけのものをあの御年で作り上げたな、と、そのエネルギーに感心する。
なのに、なぜか、あれだけの映像を見せられても物足りなさを感じた。
私が宮崎作品に期待した事…
米津の最後の曲はとても良かった。
色々思うところはあるものの、日本の作品が世界に認められたのは素直に嬉しい。
時代の周期と共に、ジブリ隆盛に区切りをつけるような作品
戦前生まれの眞人が生きていれば御歳90以上である。
新たな混乱の時代が這い寄るような、嫌なムードが世界中にただよう現代、眞人の積み上げた時代(積み石)のバランスがあたかも崩れていきそうな、そんな事になっているのだろうか。
勝手ながらの解釈でそう考えたとたん、タイトルのそれが自分にとって意味をなすのでありました。
* * *
劇場で観るべきかどうか、迷いに迷った挙句、長期休暇だったり水曜サービスデーだったり、以前、息子が見に行って面白かったという感想に追いつかねばという気持ちだったり、自分でも可笑しなくらい言い訳ならべ、やっと観た本作品。
こんな言い訳 羅列の理由は、各方の作評は賛否割れまくっていて、どちらかというと否定的なそれも目立つのを散々知ったがゆえ。
それなので私は、本作は黒澤明の「夢」のような作品なのかしらと、ちょっとした覚悟を持って観に行きました。
結果、私の感受性にはとても良い意味で刺さったようです。(人それぞれ、ってやつですね)
まず、想像していたよりもずっと一連性のある物語と思った。平たく例えるなら、おもったより食べやすいよと。
但し、どうしてこんなに低評価があるのかは想像がつきまして、ヒーロー&ヒロインの大冒険譚、いわゆるジブリファンタジー的なもの?幾度となく金曜ロードショーで再放送されまくってきた王道のハラハラドキドキを期待してしまうと、呆気に取られてしまうのかなと。
宮崎駿氏のファンタジー作品は「アリエッティ」あたりが最後で「風立ちぬ」からはとても内省的な作風。本作はより内観が深まったものであるかと。(これは覚悟の上で鑑賞)
そして本作ははっきりと前編後編で分割されているようであり、前編はより宮崎氏の「内省風景」。後編は同氏のライフワークであった「ジブリ」。この接続はやや強引なところがあり、ここが苦手と感じる観客も多かったのではなかろうか。
私は、ここまで人の五感に迫るアニメ漫画を見たことがなかった。アニメ、二次元で得られる感動はいつだって視覚的で、大好きな鬼滅だって、推しの子だって、まずは視覚的な感動があって、だ。
本作では、視覚(風景)、音、あり得ないほど素晴らしい。その素晴らしさが私自身の心を現地に引き込んでいく。そして 匂い、香り、板張りの床から足裏に伝わる質感、手触りひとつひとつ、また味覚に至るまで(雑炊は不味そうだったし、ジャムパンは美味そう)通常音響の劇場だったが、気づけば 五感をフルに使ってしまっている。
こんな映像をCGじゃなくアニメで描ける人は、この先現れるのだろうか。色々と議論されることの多い宮崎駿氏だが、天才だと私はおもう。最早、絵画以上かと。
ぜひ海外での評価も聞いてみたい作品。
あ、そうそう。ペリカンとインコを見る目が変わっちゃったかな…
老いてしまった宮崎駿
今までの実績を信頼したこちらが悪いのか
一切告知無し、それでも映画館は満員。これが信頼される実績を持った監督だから成せること。
これから書くことは、大いに批判である。
「嫌なら見るな」と言われるだろうか、「ジブリファンなら黙って見ろ」「ファンなら公式からの供給を素直に喜べ」と言われるだろうか。
ひどい映画だった。ストーリーもめちゃくちゃだ。幻想的!神秘的!という肯定的な意見もある。分からないのだ。ピースが散らばったジグソーパズルをドンと置いて、「完成です。これが作品です。これが映画です、芸術です」と言われたような感じだ。
人を試すような作品は作ってはいけないと思う。映画なら尚更だ。映画ならストーリーで勝負しろ。芸術作品を並べて見せ続けるのは映画じゃない。自己満足だ。個展でやるべきことだ。
物語として考察しようにも、辻褄が合わなかったり、矛盾点が多くて、考察のしようがない。
「告知をしないことで作品に入り込ませる実験的な作品、それがよかった!」みたいな評価をする人がいるが、本来そうであるべきだろう。消費社会が加速してるから、失敗したくなくておもしろいという確信がなければ見ない人も増えたが、ネタバレをたくさん吸って映画に足運ぶ人はそんなに多いのか。少ないだろう。本来の映画の楽しみ方だし、作品のレビューをしろ。作品の良し悪しを上映の仕方やプロセスで評価するなよ。今後、レンタルとか配信で見る人には関係ないだろう。Amazonで「配送遅かったから低評価」とか言う人と変わらんぞ。
そして、告知しないことでネタバレの流出も大いに防いでいる感があるが、それで素直な低評価も弾圧されている気がする。
そして、「これまでのジブリのオマージュ」「監督の集大成、監督の頭の中」とかで評価されている方もいるが、それこそ監督の自己満足作品と言ってるようなものだろう。
本当にがっかりした。風立ちぬは本当に大好きで、何回見ても泣いてしまう。あれはストーリーが良かったから、声優の違和感も帳消しにできた。
今回の作品はただの芸能人声優当て楽しみましょう映画だ。暇つぶしの作品でしかない。
彼の一作品に惚れ込んだ私だからこそ、心の底からがっかりした。見なければ良かったとさえ思う。素晴らしい作品を作る監督というイメージを失いたくなかった。本当に本当に残念な映画でした。
良かった
現実世界から、ファンタジー世界へ。
徐々に移行する描写が良い。
最後は現実世界に。
ラストシーンは、タイトルにもフィットする引き絵。
「君たちはどう作って行くのか」
(生きる事は作ること)
とも受け取れる。
メインテーマは冥界下り。
産屋の御幣的ガーランド、母親と火、
個人的には鳥を地下世界の住人とした事も含め日本神話的に感じた。
(神使に鳥は多い)
行って戻ってくるUターン物語における安心感を改めて再確認した。
(Iターンも勿論魅力的ではあるけれども)
個人的に好きと思った表現は、
伊邪那美伊邪那岐神話内冥界下りにおける"千人殺す、千五百人産む"は、"二柱における繋がり続ける約束"と解釈しているので、
ふわふわの白いのが生まれに行く表現はとても好きだと思った。
主人公が、学校に行くのが嫌で(嫌な理由は諸々あろう)自傷した件のくだりは、原作のコペルくんの後悔を彷彿とさせる。
感情に任せて間違った行いをする事はある。
人間とはそうである。
そうした僕らの手に石の積み木がある。
「君たちはどう生きるか」
世界を良くする作品を、僕達は作れるのだろうか。
(世界を良くする行動を、僕達は選びとっていけるだろうか)
鑑賞者への問い掛けを感じた。
期待しすぎずに
お墓の石
宮崎駿の幼少期のアルバムを見ながら、
隣で「こんなことがあったんだ」と教えてもらっているみたいな映画でした。
青サギがいた、弓があった、本をたくさん読んだ、父さんは仕事で忙しかった、石が好きだった、でもお墓の石は嫌いだった とか、映画を見ているというより、宮崎駿と話をしてるみたいでした。
お墓の石は冷たいね、私もお墓の石を持ってきてしまったことがあります。
きっと、聞いているお話は、半分嘘で半分本当なんでしょう。
でも全て、見たり聞いたりしたことが組み合わさって宮崎駿の口から手から生まれる物語であるならば、
それは全て嘘で本当。
改めて私は、
ジブリが好きなのではなく、宮崎駿が好きなのだと気がつきました。
私は今、映画を作っています。
私は映画で生きていこうと思います。
なんでこの題にしたの?
噂の無情報映画観てきました
最初は観る気なかったけどネタバレが嫌だったので初日に突撃!!
いろいろ言いたいことあるけれど1番はなんでこの内容でこの題にしたのってこと。全く本編とタイトルが繋がらない
それと最近のジブリによくあるお話に纏まりがない事
なんか行き当たりばったりで話に整合性がみえなかった
面白いの?と聞かれたら…
『つまんなくはないかな』って感じ
最近の宮崎節っていうか説教臭さもない代わりに何かやりたかったのか?何を伝えたかったのかも分かりにくいお話でした
そして真人のキャラが弱い
序盤全く喋らないしなんか気持ち悪い感じだった
中盤からようやく主人公っぽくなったけど
もうちょっとキャラを立てて欲しかった
残念ながら私がジブリに求める娯楽性は本作も薄い!!
これが結論ですかね
本作1番のお気に入りポイント
ナツコがエロい😃(こんな感想ばっかり)
意味が分からないと言う人へ。
宮崎駿さんは、昔こんなことを言いました。
「トトロも出来るならビデオもDVDも出したくないんだ。子どもがあれを見て、わたしも森でトトロを探してくる!って言ってくれればいいけど、ビデオなんて作ったら家でそればかり見てしまう。」
要するに、子どもたちには外で遊んで欲しかったわけですね。
また宮崎駿さんは、こんなことも言ってます。
「この過酷な世の中では、ファンタジー映画や本のような子どもが避難できるところが必要だ。」
あえてネタバレはしませんが、レビューで意味が分からないと言ってる人は、この言葉で少しは内容を理解していただけましたか?
本は自分を映す鏡だという言葉があります。
年齢に応じて、見え方がガラリと変わるからです。もしも5年前に読んだ本を再び読んで全く同じ感想しかないなら、それは自分自身が成長していない証拠です。
映画も同じです。
アニメや漫画、児童文学などが好きな人は、この映画がずっと鏡であり続けることでしょう。
長文、失礼しました。
こんだけワケわからんというのは奇跡
一回目何も前情報なしで見てきましたが、正直全然意味が分かりませんでした。帰ってきて考察や解釈を色々調べてみると、なるほどこういうことだったのかと分かりました。ワケわからん中で描いていたのは普遍的な人間の本質や悩みで、めちゃくちゃ共感する、感情移入する部分があります。
分かりにくくてワケわからんことに対して、かなり批判的な意見が多いですが、私はむしろワケわからんことが嬉しいですし、こんなにもワケわからん映画を作れることは奇跡のように感じます。ここまで分かりやすさよりも表現を優先するということは、作り手と受け手の信頼関係がないと成り立たないからです。
作り手は受け手が汲み取ってくれることを信じて、分かりにくくても面白い表現、美しい表現を選択する。受け手は作り手が全てに意味を込めていると信じて頭をひねって解釈する。こんなことができるって奇跡のようなことだと思います。ちゃんと分かりやすくしようとしたらいくらでも分かりやすく描く方法はあるし、恐らくそれだけの技量ももってらっしゃるのにそうしなかった。私達観客は信頼されているのだから、それに応えるべきです。実際にワケわからんだけだったものが、他人の考察を読むだけでもめちゃくちゃ面白い映画に変わります。
評価が二極化する理由は充分に分かります。しかしこの映画は誰でも楽しめます。評判でこれは分かる人にしか分からないみたいな事が嘯かれていますが、面白いと感じるのに教養や知識などは特段必要ないです。なんせ誰しもが悩むことについてかいてあるから。楽しもうとするか、それだけだと思います。少しググって考察みるだけでここまで素晴らしいと感じれるのだから、面白いものに出会いたくてこの映画を見た人は、それをしない手はないです。
ワケわからんかったという人は是非、考察や解釈などを調べたり自分の中で考えてから2回目を見てみることをオススメします。めちゃくちゃ面白いです。まじで面白い。このままワケわからんで放置するのは本当にもったいない!!!
今を生きる人への「生きていけ」というメッセージを感じた
暗いニュースが流れ、世の中の流れが不穏になっている今こそ作りたくなった作品なのかなと。
個人的には「悪意」がキーワードなのかなと思いました。
主人公の人生は、生まれた時代が戦時中、親は太くお金持ちであるが母は他界、父親の再婚相手は叔母でなんだか思うところがある様子。
それゆえに、初めは叔母のことを無視してしまっているのかなと思います。(異性として意識しているように見えたけど、やはり初めは馴染めなかったのかなと)
その上疎開先ではうまくいかず、学校の誰かのせいにしたかったからか石で自らを傷つけてしまいます。
主人公にとっては辛い環境であったのだろうなと思います。
私も友人を亡くしたことがあり、その喪失感や続けて自分にとって良くない環境も続く経験があったため主人公に感情移入してしまいました。
母親になる叔母を無視し拒んだこと、自分を傷つけ自演のようなことをしてしまったこと。
これが主人公の「悪意」であると解釈します。
そんな主人公が、大叔父(創造主?)と出会い、元の世界に戻らずに豊かな世界を作る創造主にならないかと持ちかけるが、自らの「悪意」を理由に断ります。
「悪意」は誰もが持っているものだと思います。
大叔父は創造主であったが完璧な世界は作れなかったし、主人公がもし作ったとしても完璧な世界は作れなかったのだと思います。
完璧な世界を作れる人は、世界のどこにもいなくて自分の「悪意」を受け入れて生きていけというメッセージだと私は受け取りました。
辛い環境だけど、叔母を母と受け入れる、友達を作る、そうすることで自分で生き方を変えていくと主人公は決心したのかなと解釈しました。
これからも強く生きていきたいと感じられた作品です。
今、見られて本当によかった。
ありがとうございました!
宮崎駿の贖罪
悪意に溢れ歪んだ世界でどう生きていくのか。この作品はアニメーションを作り続けてきた宮崎駿の最後の贖罪の物語ではないのか。
主人公・眞人は裕福でありながら、それは父が戦時中に兵器(零戦の上の部分)を作っているからである。滑らかな曲線のボディを眺め美しいと思いながらも、この世界の歪みを感じる眞人。
母が亡くなった後、父はその妹である夏子を後妻とし子供を身篭る。兄弟だから代替できるものなのか。また、夏子の家は名家であり2人の結婚は勿論純粋な愛だけでない事もわかる。そう考えると夏子の言動に納得出来る。
そして眞人自身もある行為をし「悪意」を行う。
作中には現実世界の悪意と歪みが随所に出てくる。そしてそれに気付いているのは眞人だけではない。もちろん夏子も気付いているし、その他の人も言葉にはしないだけで各々がその歪みと悪意とを秘めている。
では大叔父さんが作ろうとした世界とは何なのだろうか。それは悪意のないユートピアであり、文学を読み漁っていた大叔父の作る世界とはフィクションの世界ではないのか。
すなわちそれは宮崎駿にとってはアニメーションを作ることである。しかしフィクションには功罪がある。「功」とは勿論今までも多く語られているし、自分たちも十分体感できている。しかし「罪」の方はどうだろうか。有名な話でトトロの例を挙げると、宮崎駿は対談で60回以上トトロを見ている子供に「危険だ、バーチャルでなく本物の自然と触れ合って欲しい」と発言したそうだ。ここにフィクションの「罪」の部分があるのではないか。もちろんアニメーションでも何でも、物語は生きる力になるが、そこに没入し過ぎてしまい現実が見えなくなることがある。
その一人こそが大叔父であり現実から逃げることで、フィクションの世界を作り上げる。そして眞人に継承させようとする。しかし「君たちはどう生きるか」を読み冒険をした眞人はこれらの悪意と歪み(現実)を直視した上で、この世界で生きていく事を選ぶ。ここに宮崎駿の最後のメッセージがあると思う。
大まかなテーマはこんな感じだと思うが、まだ細かい所まで解釈しきれていない。
どう言っていいかよく分からない
考えるな 感じろ そして楽しめ😹🫶
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