「「悪意」と「悪意のない13の石」 追記:タイトルについて」君たちはどう生きるか からくりおばけさんの映画レビュー(感想・評価)
「悪意」と「悪意のない13の石」 追記:タイトルについて
一回目は絵力に圧倒され時を超えた親子の物語に涙しつつもさまざまに疑問もあったので二回目の鑑賞に臨みました。
一回目で一番飲み込みづらかったのが悪意云々の件です。
積み木を差し出されマヒトが「これは木ではなく墓と同じ石で悪意がある」といい、大叔父が長い年月をかけて用意した「悪意のない13の石」を差し出し、マヒトはこめかみの傷を見
せながら「これは自分の悪意の証でその石には触れられない」といったことを言います。
「悪意のない13の石」については宮崎駿の劇場公開作品の数と同一であることは指摘されています。では悪意とは何か。
あちらの世界というのは「上」とは違い、「石」と大叔父の契約によって「創られた」世界です。
積み木として使われる石は無数に存在する中で「悪意のない石」が宮崎駿の作品群であれば、映画やあるいは創作物、「創られた」ものが石ということになるかと思います。
マヒトの「悪意」とは、行為としてはこめかみに自ら傷をつけたことで、「命を弄ぶ」ことと言えます。
他の作品によく見られるような「命を弄ぶ」作品は作らなかったという宮崎駿の自負です。
「悪意のない13の石」でより良い世界を作ってとマヒトに伝えながらも、マヒトには断られ、インコ大王が無茶苦茶にして、世界は崩壊します。
大叔父が宮崎駿であるならば、「命を弄ばなかった」という自負がありながらも、それによって若い人たちに良い影響が与えられるなどということはない、自分の作品が世界を変えるなどということはなかった、そしてそれでいい、というのが宮崎駿のたどり着いた境地なのではないでしょうか。
もう一つあちらの世界について、夏子さんの「あんたなんか大っ嫌い!」というセリフがあって、あちらの世界(宮崎駿の作品)には嘘がないのではないかという点も気になって、青鷺のセリフを確認しましたが、少なくてもあちらの世界に行ってからの彼のセリフには嘘はありませんでした。
命を弄ばず嘘をつかなかったと自分の作品を評価しつつも、最後には自分で突き放し崩壊させ「それでいい」と言えるのは、かっこいいジジイだなと思いました。
追記:「君たちはどう生きるか」について
吉野源三郎著のものは未読ですが、児童書ということでおそらくは子供達に向けて道徳的な教えのある内容だろうと推察します。映画の中では亡くなった母が「大きくなったマヒトさん(君だっけ?)に」と書き添えた本をマヒトが見つけ、これを読みふけ涙する、というように扱われています。この涙の場面から、夏子さん失踪騒動の場面に直結しますが、実はこの時点でマヒトの成長譚としては区切りがついているのではないかと思っています。
この場面以降マヒトは苦労することはあるものの、悩み葛藤することがありません。夏子さんを連れ帰らなくてはいけないという芯がブレることが、全くないのです。つわりで苦しんでいる夏子さんにあんなにそっけない態度をとっていたはずなのに。つまり母親の思いのこもった本を読んでマヒトは変わったのです。
おそらくは夏子さんのような人を悲しませるのは良くないことだいう風に変わったのではないかと思います。だから自分のことを「大っ嫌い」とまでいう夏子さんに精一杯に「お母さん!」と叫ぶことができた、「僕は変わったよ!」と。
だから冒険を通して成長する物語ではなく、成長した少年の冒険、というふうに自分には見えました。
宮崎駿が吉野源三郎著「君たちはどう生きるか」をどう思っているのかは分かりませんが、少なくても映画内ではマヒトを成長させるものとして扱っています。いわゆる良書であり、「悪意のない石」と同義のものではないでしょうか。
映画の「君たちはどう生きるか」というタイトルは、挑戦的な意味合いではなく、宮崎駿自身が作り続け、今後もあらゆるところで生まれ続けるであろう「悪意のない石」に触れて、若い人たちはどんな大人になっていくんだろう、どんな世界になっていくんだろうと、老人が思いを馳せているような意味合いに自分は感じました。
世界を崩壊させたくだりと矛盾しているような気がしますが、創作物の可能性を信じながらも無価値さも感じているという、相反する思いが混在しているのがこの映画、というのが現段階での感想です。
様々な動画経ての感想
様々な動画を見るに、この映画は、宮﨑駿が生まれて初めて「この映画を見る子供」を意識せずに作ることができた映画なのではないかとおもいます。誰よりも褒められたかった老人である宮崎駿が、宮崎駿以上に誰よりも褒められたかった老人が、先に死んだからこそ生まれた奇跡の作品です。もう彼より褒められる必要はないのです。彼は死に宮崎駿は生きているからです。
多分に作り手の思惑に寄り添ってこそ楽しめる作品ではあります。かといって普遍性もちゃんとありますし、若く、日本で最も優秀なアニメーターとのコラボ作品でもあります。そのノイズもふくめ、「アニメーションとは」を何も知らない自分でさえワクワクさせるものがあります。