「生まれて来てよかった。生きろ。生きねば。」君たちはどう生きるか グレシャムの法則さんの映画レビュー(感想・評価)
生まれて来てよかった。生きろ。生きねば。
【『失われたものたちの本』について追記】
2023.7.27
宮﨑駿監督が映画化したいと切望した物語。
それはアイルランド生まれのジョン◦コナリーの書いた『失われたものたちの本』
映画の理解に役立つかもしれないので、一部を概説します。
第二次大戦下のイギリス。12歳の少年デイヴィッド。愛する母親を亡くした直後、こちらの世界ではカササギの姿で現れる〝ねじくれ男〟にこう声をかけられます。
「わしらは待っておりますぞ。ようこそ、陛下。新たなる王に幸あらんことを!」
ドイツ軍の爆撃機墜落をきっかけに、デイヴィッドはねじくれ男の待つ異世界に入り込み、冒険が始まります。
冒険と言っても一般的なファンタジーと違いこの世界は暴力と血とブラックユーモアに塗れています。赤ずきんと狼の間に生まれた人狼と闘い、太った大食いの白雪姫に抑圧された小人は権利を主張したり。ダークファンタジーというだけでは収まらないほど少しのエロとたくさんのグロに溢れています。
少年デイヴィッドも盗賊相手とはいえ、正当防衛の域を超えて人を殺します。
デイヴィッドが、新しい母親(妹ではなく、亡くなった母親の看護施設の人)から生まれるこどもを憎む感情は、父親を奪われたと思う少年にとってはある意味、無邪気とも言える素直な嫉妬だが、異世界のねじくれ男は、このような少年少女の負の感情を糧に生きながらえているのです。
デイヴィッドに母親の声を聞かせて異世界に誘い込んだのもそのためです。
この異世界にも王が存在します。ねじくれ男は、ある思惑により、この玉座をデイヴィッドに継がせようとするのですが、この物語の核心はここにあります。デイヴィッドが少年から大人になるための闘い。
亡くなった母親が少年に伝えたこと。
『物語は読んで欲しがっているのよ。読んでもらわなくちゃいけないの。だから物語は、自分たちの世界から人の世界へとやってくるのよ。私たちに、命を与えてもらいにやってくるの。』
ねじくれ男の人間観の一端を表すセリフ。
『お前は誰かに邪悪な行いをさせられたのではないぞ。そんなことは誰にもできやせん。己の内に飼う邪悪に、お前が溺れただけのことさ。人間とは常に、自らの持つ邪悪に溺れるものだからな』
異世界に現れる怪物や凶悪な敵。
理性など働かない少年少女時代の邪悪な動機によってもたらされる不幸。
その不幸を招いた責任を負わせることで少年少女を支配するねじくれ男。
以上は、ほんの一部ではありますが、宮﨑駿監督に、引退を撤回してでもまた映画を作りたい、と思わせた要素のいくつかであることは間違いありません。
想像できるものは、なにもかも現実である。
ーパブロ◦ピカソー
【悪意の石について】2023.7.29 補記
こんなシーンがありました。
「あと一日は保つ」といった後だったと思うのですが、大叔父が手のひらに乗せた3個の石を示しながら、
「眞人、この石をお前が積み上げるのだ」
「いえ、その石には、墓石と同じ悪意があります」
と拒否した眞人。
あの墓を構成している石は、大叔父にこの異界を作らせた石の一部であり、この世界の悪意でもある。或いは、墓石自体に悪意を封じ込めてあるのか。
もしかしたら、〝パンドラの墓〟的なものなのか。
この映画における悪意とは、個人的な受け止めとしては、〝支配〟と〝抑圧〟。
支配とは、国家や帰属集団の統治システムのことでもあれば、子にとっての親という場合もある。
抑圧とは、支配する側の意図的な情報遮断により、その世界の仕組みや実相を知らずに生きている人たちであり、息苦しさを肌で感じている場合もあれば、始めからそういうものだと刷り込まれている場合もある。
石との契約で条件をつけられていた大叔父も、抑圧されている側のひとりとも言える。
『わたし(悪意)を学ぶものは死す』
これが、なんらかの教訓を含む言辞なのか、支配するものからの牽制なのかは、わかりません。
石との契約で成り立つ世界には、〝死〟が多いとキリコも言ってたのは、そういうことと無関係ではないと思います。
この世界の支配を続けるものは血縁(たぶん男子限定)でなければならないのは、この世界の永続性を弱めるための仕組み?
眞人のように、こちらの世界に飛び込んでくる子孫がいなければ、その時の支配者の寿命とともにこの悪意の世界は消え去るようにできている?
ということなのかどうか、まだまだ分からないことがたくさんありますが、そのぶん繰り返し見たくなります。
【二度目の鑑賞後の追記】2023.7.18
①積み木の数について(もし、監督に何らかの意図があると仮定した場合)の穿った考察。
初めの積み木の数は9個(数え間違いでなければ)。「これであと1日は保つ」と言ってた場面です。
スタジオジブリ、ではなく宮﨑駿監督作品という括りで並べると、こうなります。
カリオストロの城
風の谷のナウシカ
天空の城ラピュタ
となりのトトロ
魔女の宅急便
紅の豚
ON YOUR MARK
もののけ姫
千と千尋の神隠し
当時の日本映画史上最大のヒット(304億円)、かつアカデミー受賞。この節目の作品でちょうど9作品。
積み木とは言っても、素材は石、それも悪意ある石。
ここで言う〝悪意〟とは邪悪な悪という意味ではなく、『確信犯的に自分の意図を込めてるよ』というほどの意味なのだと思います。法律用語で何も知らないまま、関わってしまった人のことを〝善意の〟第三者と呼ぶのと対をなす意味合いで。
ハウルの動く城
崖の上のポニョ
風立ちぬ
君たちはどう生きるか
以降の4作品を加えると、9+4=13!
インコ大王が積み上げたと同時に崩れた積み木の数は13でした。が、大叔父が、はじめの9個とは別に各地で拾い集めた無垢で悪意のない石だ、と言ってましたから、監督作品の数と同一視するには無理があります。
はじめの9個はこの13個の中には含まれないはずです。
単なる遊び心でちょい数合わせしてみた。そんなことならあったのかもしれませんね。
宮﨑駿監督は、紅の豚の制作中に湾岸戦争が勃発すると、「こんな時に能天気なものは作れない」と発言してるし、ハウルの時は、「今日性のある、作るに値する作品」にする、とやはり言ってます。いつでも、その時見る人たちの感性、世界情勢の影響も受けているに違いない人たちに寄り添う作品を生み出そうともがいています。
ポニョの時には、「少年少女、愛と責任、海と生命、これら初源に属するものをためらわずに描いて、神経症と不安の時代に立ち向かおうというものである』とも書いてます。
最後に大叔父が、真人やヒミや夏子に向かって、それぞれの時代に帰れ❗️と叫んでいたのは、我々観客に向かって、それぞれの世代で、なすべきことをしなさい‼️
そう言ってるように聞こえました。
一部で言われているような家族や周辺のアニメーターその他関係者のことを主要テーマとして描こうとしたら、そんなつまらないことでは、そもそもスタッフが着いてきません。チームでやる仕事ってそういうものです。
だから、ジブリ或いは宮﨑駿監督の作品として発表できるほどの仕上がりにはならなくて、頓挫したと思います。
②なぜ鳥なのか、なぜ夏子は入り込んだのか
神社には、鳥居があります⛩
異界との結界という意味合いなのだと思います。
それを知ってる夏子は、だから弓矢を持っているし、使えもする。
真人が、鳥🦅の影響で、異界に連れ込まれるのを阻止しようと自ら結界を超えた。そんなふうに見えたし、産屋(うぶや)での剣幕もその思いから発せられたのではないでしょうか。
(ここまで追記)
(以下は、はじめのレビュー)
正直、SF的設定の部分は、一回見ただけではよく分からず、家に帰ってからも頭を整理しきれず、取り敢えずもう一度見ることにしました。
でも、宮﨑駿監督がこれまで示し続けた、若者への一貫した応援メッセージだと思って見ると、テーマ性みたいなものは意外とスッキリと腑に落ちるように思えます。
他ならぬ我々日本人がしでかしたあの酷い戦争、やっと平和かと思ったら、経済成長という名の下に環境を破壊、バブルは弾けたけれど経済格差は厳然と残り、戦後いつまで経っても、若者が生きづらい世の中であることだけは不変。ネットには悪意が満ち、コロナ禍やウクライナのような外部からの影響もますます閉塞感を強めている。
6月21日に発売されたばかりの『スタジオジブリ物語』(集英社新書)の帯にはこんなコピーが刷られています。
4歳と14歳で生きようと思った。
「生きる力」を呼び醒ませ❗️
生まれてきてよかった。
生きろ。
生きねば。
(火垂るの墓、千と千尋の神隠し、崖の上のポニョ、もののけ姫、風立ちぬ。)
以下は、同書からの要約(一部引用)。
・宮﨑は、引退宣言後も月に3〜5冊の児童文学を読んでいて、ある時、「読んでみてください」と鈴木に渡した本があった。それはアイルランド人が書いた児童文学←この原作のままでは映画にならない、というとことで、最終的には宮﨑駿監督のオリジナル脚本、監督となった。
・その企画書を宮﨑が鈴木に渡したのは、2016年7月。
2013年に引退宣言をした宮崎が〝晩節を汚す〟ことになりはしないか、と危惧する鈴木に、「絵コンテを20分ぶんだけ描くから、それで判断して欲しい」
・絵コンテは本当に面白かったのだが、鈴木は迷い続けたままであった。そうこうしてるうちに返事をする日が来てしまい、宮崎のアトリエを訪ねたところ、宮崎はいつになくニコニコしていて機嫌がよく「お茶飲む?」などとコーヒーのお湯を沸かし始めた。
・鈴木はそんな宮崎の様子を見てると、「なんかもう、やるしかないのかな」と心を決め、「やりますか」と話しかけた。絵コンテ面白かったですよ、と声をかけても、跳び上がらんばかりに喜んでいる宮崎はもう聞いちゃいなかった。(笑)
本当は、絵コンテを描く、と言い始めた時点で、すでに抑えが効かなくなっていたのだ。
・今回は、共同製作となる出資会社もなくスタジオジブリの単独出資。とことん思うように作りたい、その責任もすべて負うという覚悟をもって制作。
・作画インから足かけ7年に及ぶ制作期間中、コロナ禍だけでなく、高畑勲ほか関係の深い何人かのアニメーターも亡くなるなど、悲しい出来事も多かった。
82歳の宮﨑駿監督の挑戦。
時空を超えたファンタジー、アメコミヒーローのパラレルワールド、スズメの戸締まり。
宮﨑駿監督流の『俺ならこうする』
それが、あの設定だったのだとも感じてます。
新海誠監督の考える扉は、あちら側が悪で、こちら側の世界に災厄をもたらすことになってましたが(本当はもう少し複雑でしたけど)、宮﨑駿監督の扉は、善悪の境目ではなく、どう生きるか、どういう世界にしたいのか、の選択肢のようでもあった。
劣悪な環境の社会ならば、そもそもペリカンに食われて生まれ落ちることも出来なかったかもしれません。
どんなに悲惨な世界であっても、生まれてしまったからには生きろ❗️そして、扉を開けて戻ってきた以上は、生きねば‼️
私にはそれらの叫びが、とても力強く響いてきました。
アイルランド生まれのジョン・コナリーの書いた『失われたものたちの本』
の概説、ありがとうございます。
おかげさまで、謎も多かった眞人や夏子の行動への自分なりの理解が、少し深まりました。
グレシャムの法則さん、コメントありがとうございます♪
とても見応えのある映画でしたよね!満足です😆✨
パンフレットは買ったのですが積読してしまっているので、そろそろ読みたいと思います💦
グレシャムの法則さん
レビューに載せて下さった「 失われたものたちの本 」の概説、本作「 君たちはどう生きるか 」の映像と重なる箇所が沢山ありそうですね。貴重なレビュー投稿、有難うございます。
パンダコパンダ、は高畑勲監督でしたね。
でもあの作品で、宮崎監督は子供の心を掴む作品を目指したと言っていましたから、プレトトロ的な集大成としても、どこかに記しておきたいすてきな短編でした。
グレシャムさん、コメントありがとうございます。
サスガの博学ぶりに驚きです。
この冒険物語にどこまで意図があるのか(ないのか)、観た者なりに意図として汲み取ることができるか、宮崎駿から挑戦状を突きつけられたみたいですね。
グレシャムの法則さん、コメントありがとうございます。
あの時、机から何気なく本を落としたのは監督の仕業ですね〜やっぱり笑
たくさんの考察が増えていくなかで、監督はなにを思っているのだろう?と考えていましたが、そのエピソードを聞くかぎり、監督はすでにこのステージにはいらっしゃらず、次の未来をみつめていますね。きっと☝️
コメントありがとうございます!
3回目!!わかります!
回数を重ねる毎に新たな発見や楽しみがあるので抜け出せなくなりますよね!
「失われたものたちの本」読みたいのですが、私でも理解できるでしょうか( ; ; )??
レビューでお書きになっている抜粋部分を読んで、とても興味が湧いたのですが、難しそうです。。
亡くなった母親が少年に伝えたこと「物語は読んで欲しがっているのよ。〜」
この部分だけでも本作と繋げて考えただけで、興奮で毛穴がバッッ!!と開きましたw
監督が映画化を切望した物語というのも頷けます!
最近「渇水」の原作を読み終えたので、挑戦してみようかな。。
そして!!
実は一昨日から
《グレシャムの法則》について勉強していたんですw
「悪貨が良貨を駆遂してしまう」
「定型的意思決定」
「非定型的意思決定」etc、、
そんな所にグレシャムの法則さんからコメントが来たのでビックリです!!
私の念が飛んだのかもしれませんww
13は宮﨑監督の手がけた作品の数だろうなというのは映画を見ていて察しがつきましたが、カササキの原型がそこにあったとは気がする付きませんでした。早速読みます
黒リネンさん、ありがとうございます。
というより、おそれいります。
私の乏しい想像力では、なかなか理解が及ばないので、時間をかけてアレコレ考えてるだけなのです。
記憶力も悪いので、整理するために取り敢えず文章に落としてみる。
長いレビューにお付き合いいただき、感謝です。
お知らせありがとうございました。
なぜ青鷺(ねじくれ男)が眞人の前に姿を現したか。
なぜ、あの本があのときの眞人の手元にきたか。
なぜ、眞人は乗り越えることができたか。
グレシャムの法則さん、このついには大変な参考になるもので、私は今心底ぞわぞわしています。
監督の思いがいま全身に大量に流れ込んできています。
美紅さん
ありがとうございます。
解釈に正解はありませんが、宮﨑駿監督の考えてることに少しでも近づけたらいいな、と思ってます。かえって、遠ざかってるかもしれませんが😂
原作の小説もやっと買えたので、読み終えたら、また追記する予定です。
コメントありがとうございます!
2回目!!なんだか嬉しいです♪
初見では、困惑、人によっては落胆や怒りの感情さえ芽生えたような賛否ある本作。
私が再鑑賞の際には、本能の方が先に理解してくるというか、頭ではなく身体に一気に染み込んでくる様な感覚におそわれました。
9+4=13!!
私も同じ解釈をしました。
そして仰る通り、その時見る人たちの感性、世界情勢の影響も受けているにちがいない人たちに寄り添った作品を生み出そうと「もがいている」!
そんな監督の、映画作りに対する情熱と、我々へ、真摯であり続けなければ!という葛藤、自己に課している重みというものの凄さを感じました。
加えて興味深かったのは、キリスト教におけるペリカンの位置付け。
普段考察サイトなどを見ないのですが、なるほど!と思ったり、いや、本作はもはや芸術なのだから感じれば良いんだとも思ったり。
ただ、絶対的に根底にある知識量で解釈の深さが変わる作品なんだと思いました。
グレシャムの法則さんの理解度に比べたら私なんてまだまだだと認識していますが、とても好きな作品です!
3回目、、ありです^ ^
長々と乱文、失礼しました
m(_ _)m
おはようございます。多分、3回、4回と観に行くことになると思います。やはり、宮崎駿監督作品にはそれだけの魅力があるんですね。
「青鷺とぼく」のタイトルにしとけばよかったのかも。
私も二回目観てきました。
いろんな考察抜きにして素直に楽しみました。
普通に、こういった内容ですと、宣伝して公開しておれば、賛否の否は少なかったんではないかと思います。
グレシャムの法則さん、コメント、共感ありがとうございました!今作含め「生きる」というテーマはジブリ作品に力強く貫かれていますね。
ちなみにトトロと同時上映だった「火垂るの墓」は、帰りの電車の時間に間に合わない、という理由で鑑賞回避しました。高校生だったもので。なんともまあもったいないことをした、と30年以上経って後悔しております(笑)。
君たちはどう生きるか
小説と漫画、映像化されていたことを後に知りました。古い時代の少年が
叔父に解決できないこと、仲間がいじめられていることを相談したことがキッカケにして成長していく姿、人間像がアニメーションの中にも見られました。
こんにちは。
仰る通りで、私も若者への応援メッセージとして受け取りました。
「スタジオジブリ物語」は未読です。グレシャムの法則さんのレビューで知る事が出来ました。
要約を拝読し、宮崎監督はどうしても伝えたい気持ちになったんでしょうね。
82歳にして尚、他作品への興味が薄れない感覚や創作への意欲、届け手としての使命感。
宮崎駿監督へは感謝と尊敬の念しかありません。
グレシャムの法則さんに教えて頂いた事も踏まえて再度鑑賞しに行きます!