「特殊事情を排して、福島を通って、」658km、陽子の旅 文字読みさんの映画レビュー(感想・評価)
特殊事情を排して、福島を通って、
2022年。熊切和嘉監督。40歳を超えて都内でフリーターをする女性主人公は意欲もなくなんとなく生きている。ある日、故郷青森で父が死んだことを知り、受け止められないまま、従兄の車に同乗するが、ふとしたことからPAに置いていかれてしまう。ほとんど所持金もなく、スマホもないまま、ヒッチハイクで故郷に帰ろうとするが、という話。生きる意欲を失った主人公が父の死を受け入れて立ち直る様子を描く。
主人公が東京でやりたいことがなんだったのか、父とのいさかいの出発点になった出来事はなにか、ということが描かれないまま、なぜか意欲を失っている主人公が、なぜか父の葬儀を受け入れることに困難を感じているという設定から始まっている。特殊事情を排除して一般的な「無気力」「家族とのいさかい」からの立ち直りを描きたかったのかもしれない。その意味で、自分についても周囲についても客観的な認識を欠き、主観的な気分や納得のままに動いている主人公(コミュ障といわれている)の内面から出る言葉や行動には妙に切実なものがあって、心が動かされる。行動のもとになる事情が判明していたら、ここまで心を揺さぶられることはないのかもしれない。
しかし、ロードムービーとしてみると、やはり、行動の動機が不確かなのは致命的と言わざるを得ない。しっかり決意した後半はともかく、前半ではそこまでして青森に行こうとする意味が伝わってこない。わからないからこそ行動、ということでもない。例えば、本作では通関点である「福島」を目的として目指すロードムービーである「風の電話」は、一部ヒッチハイクも取り入れた女子高校生の旅だったが、震災で失われた親の姿を求めるという明確な目的があった。今作では高速に乗ったままなら通らないはずの福島の浜通り(富岡町あたり)を通っている。それには理由もあるし、結果的にそこでの出会いが重要ではあるのだが、画面に映る核廃棄物や防波堤が意味を成しているようには見えない。