「横溝正史的な物語のドロドロ感と久能の推理はいささかなじまず。謎解きも弱いけど、タイトル通りにしっかりホロリとさせる人間ドラマが仕込まれていました。」ミステリと言う勿れ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
横溝正史的な物語のドロドロ感と久能の推理はいささかなじまず。謎解きも弱いけど、タイトル通りにしっかりホロリとさせる人間ドラマが仕込まれていました。
本作は『月刊フラワーズ』で連載中の田村由美による日本のミステリー漫画が原作です。但し分類としては「ミステリ」ですが、田村は「ミステリじゃないです。むり、そんな難しいもの描けるもんか」と主張し、そのことがタイトルにも反映されています。謎解きよりも、登場人物の心模様を描くことが主眼にあるようです。
2022年1月期にフジテレビ系「月9」枠にてテレビドラマ化され、それを元にテレビドラマのキャスト、制作陣による映画版が公開されました。
今回は映画で描かれるのは、原作で人気の高いepisode4【通称:“広島編”】です。 テレビドラマや原作をご覧になっていた人なら、episode4・第2話【バスジャック事件】で行くことができなかった印象派展を、やっと広島で見られてよかったねということから、物語は始まります。
■予習:主人公・久能整(くのうととのう・菅田将暉)について
天然パーマがトレードマークのカレーをこよなく愛する大学生。友だちや彼女はひとりもいないが、何とも思っていません。社会では「当たり前のこと」とされている常識にも常に疑う視点を持ち、普通は見逃してしまうようなわずかな違和感にも気づくのです。
とことん考え抜く性格で、膨大な知識と独自の価値観による持論を淡々と展開します。 整が事件についてだけでなく、まったく関係のないことでもひたすら長文で語り続けるスタイルは、生理的に受け入れるようになるまで少し時間がかかるかもしれません。
しかしその推理力は、プロ級。膨大な知識と独自の価値観による切り口で、まるで探偵のようにさまざまな事件の謎を解いてきました。第一線の刑事までファンになってしまうほど、常に事件の真相と関係者の深層心理にまで迫るのでした。
■ストーリー
久能整(菅田将暉)は、美術展のために広島を訪れていました。見学を終えたところへで、犬堂我路(いぬどうガロ・永山瑛太)の知り合いだという一人の女子高生・狩集汐路(かりあつまりしおじ・原菜乃華)と出会います。
「バイトしませんか。お金と命がかかっている。マジです。」そう言って汐路は、とあるバイトを整に持ちかけます。それは、狩集家の莫大な遺産相続を巡るものでした。
整は汐路の祖父・狩集幸長の遺産相続会議に出席させられ遺言を聞きます。狩集家は昔から遺産を当主となる1人にのみ相続するしきたりでしたが、実子4人はすでに亡くなっており、孫の代にあたる汐路と、インテリな臨床検査技師の狩集理紀之助(りきのすけ・町田啓太)、理紀之助らのいとこにあたり不動産関係の仕事をしている波々壁新音(ははかべねお・萩原利久)、同じくいとこで仕事を辞めて子育てと家事をしている赤峰ゆら(柴咲コウ)の4人から選ばれることになります。
昔から相続の際に死人が出るといわれており、それらは事故や病気であると言われてきましたが、汐路は警察の捜査不備を疑っていました。
整は、狩集家に泊まりこむことになり、4人の相続候補者たちと狩集家の顧問弁護士の孫・車坂朝晴(松下洸平)に協力し、遺言書に書かれた「それぞれの蔵においてあるべきものをあるべき所へ過不足なくせよ」というお題に従い、遺産を手にすべく、謎を解いていきます。
ただし、その度に死人が出るといわれている遺産相続の伝承。汐路の父親も8年前に、他の候補者たちの親と自動車事故で死亡していたのでした。次第に紐解かれていく遺産相続に隠された<真実>。そしてそこには世代を超えて受け継がれる一族の<闇と秘密>があったのです。
■解説
このシリーズの魅力は、トリックや犯人捜しというよりも、事件に関わる人の心をいつの間にかほぐしていく整の語り口にあります。
劇場版でも、「子供って乾く前のセメントのようなもの」など、心に刻まれるセリフがちりばめられていました。家庭内暴力のなかで育った整は、人が隠し持つ心の闇に敏感に反応します。終盤に汐路が父親を失った悲しみを見抜いた整が、汐路にカウセリングを受けるように勧めるシーンは、その優しさに多くの人が胸を打たれることでしょう。一見すると劇中でも整が、「まるで犬神家のようだ」と横溝正史の世界を連想しそうなテーマ設定の物語ですが、核心はタイトル通りの「ミステリと言う勿れ」のとおりに、汐路の喪失感がどう癒されていくのかというところにあったのでしょう。そういう点では、特別編で描かれたepisode15「タイムカプセル編」につながるものを感じました
整の超然としたおしゃべりや冷静な振る舞いはそのままに、汐路との絡みでどこかチャーミングな一面が見られるのも楽しかったです。
■感想~疑問を感じたところ、よかったところ
人気テレビドラマの映画化はスケール感や俳優の豪華さが強調されがちですが、整の微に入り細をうがつ注意力や探求心、シンプルで奇をてらわない言葉の面白さは健在です。 菅田の役作りでは、ドラマ版が始まる前から、松山監督と整のキャラを巡って、まるでドラマに出てくる整ような、言葉の応酬をやり合い、作り上げてきただけに、劇場版ではもはや完成されていて、よどみなく勝手知ったる整になりきれていました。硬さも緩みもなく、序盤からそのままスッといつもの整となって、文字どおり歩き始めた菅田は、さすが演技力に定評のあるだけのものはあると思いました。
ただ、横溝正史的な物語のドロドロ感と久能の推理はいささかなじまず。謎解きも弱く、ミステリとしては後味もすっきりとはいきませんでした。
■最後までお席を立たないでください。
ドラマ版ではお馴染みの大隣警察署の3人の刑事たち~風呂光聖子(伊藤沙莉)、池本優人(尾上松也)青砥成昭警部(筒井道隆)は、今回出番がなく、アレ?と思われることでしょう。
それがバッチリエンドロールの中で出てくるのです。なのでエンドロールが始まったからといって、お席を立たないで最後まで見届けましょう。