怪物のレビュー・感想・評価
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怪物になれなかった子どもたちのために
「怪物だーれだ」という不気味な予告が印象的なこの映画は,1つの事件に多角的に光を当て,黒沢明監督の『羅生門』的な構成で進行する。1つの物事をさまざまな角度から見せられると,自分たちがいかに狭隘な視点で世界を見ているかを気づかされる。戦争が「正義と悪」という二項対立で片付けられないように,現象は簡単に割り切ることはできない。人は世界を自分の見たいように見ているという「認知バイアス」は誰しも心当たりがあるだろう。SNSの世界では特にその傾向が顕著だ。子供に体罰を加えたとして謝罪する教師(永山瑛太)は,母親(安藤サクラ)のいるその場で飴を口にするが,あの行為は実際に起こったのか,それとも母目線ではそういうふうに見えたのか。常識的に考えれば,謝罪の場で,教師が飴を口に入れ,噛み砕くことは(おそらく)ありえない。もしそのような脚本があれば「リアリティがない」として修正されるはずだ。しかしこの映画にはその「ありえないこと」がいくつも書き込まれている。さらに,教師の口調や態度もおぼつかない。下手な役者の演技を見せられているようだ。しかし,これらは母親には「そう映った」という認知の表現なのではないだろうか。「実際に起こっていないこと」も映画は描き出せる。幻や想像,過去や未来として。もちろん「認知バイアス」をその系で表現することも可能である。映画が終わっても,作品世界の事件は解決しないし,解釈は観客に開かれている。悪く言うと物語の構造は「ネグレクト」されている。多くの物語には起承転結があるが,この映画にはそれどころか着地点がない。だから見終えたあとにもやもやした気持ちで,劇場をあとにする人も多いだろう。本作は割り切れない現実のリアリティを提示しているように思える。そして,大雨警報の発出された夜に,子どもたちが打ち捨てられた電車に乗って新しい世界へと「出発」するラストシーンはまるで『銀河鉄道の夜』のように美しい。光の中へ駆け出す彼らは怪物だらけのこの世界から抜け出すことができたのだろう。それがどのような救済だったのかは定かでないが,『銀河鉄道の夜』の風景を想起させられた私はそこに死を読み取った。真実はひとつではない。物事を単純化することに警笛を鳴らす鉄道は,邦画の次元をひとつ繰り上げることに成功した。第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出され,「脚本賞」と「クィア・パルム賞」の2部門を受賞。脚本は坂元裕二。
子供の心、大人は知らず。ただそれだけの話し
子供はただ楽しくやっているのに、誤解した大人たちがいたずらに騒ぎたてる。
という映画。
これを凝った作るにしている。
観ていて冷めてしまった。
大人も子供も怪物ではありませんでした。
怪物だれだ
是枝裕和監督・坂元裕二脚本・坂本龍一音楽。
間違いない実力派が組んだこの映画が面白くないワケがない。公開前から期待していた映画を、公開から少し遅れて鑑賞しました。
結論ですが、面白かった!!!
是枝監督が得意とする陰鬱だけど美しい描写、坂元脚本の魅力でもあるコミカルとシリアスの切り替わり・坂本音楽の恐ろしく繊細で引き込まれるような感覚。どれをとっても素晴らしかった。役者陣の演技も本当に素晴らしく、どの俳優さんもハマり役でしたね。内容が結構重い内容なので誰にでもおススメできるかと問われれば微妙ですが、少なくとも観ておいて損は無い傑作だったと感じます。
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夫を亡くし、女手一つで息子を育てる麦野早織(安藤サクラ)。息子の湊(黒川想矢)の怪我や奇妙な言動から「息子が学校でいじめを受けているのではないか」と疑った早織は、学校へ直談判に行くことにする。そこでの教師陣の態度や言動から、早織は更に疑念を深めていくのであった。
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数人の登場人物の視点から、学校でのいじめ疑惑について迫っていくという内容。最初に抱いていた印象が視点が変わるごとに塗り替わっていき、最後にとある人物の視点から描かれた描写を観ることで、これらの事件の真相が見えてくる。
物語の構成としては特別斬新なものではありません。昨年公開された佐藤二郎主演のサスペンス映画『さがす』も本作と似た構成となっていましたし、古くは黒澤明監督の大傑作『羅生門』(1950)だって、「複数の登場人物の視点から一つの事件を描き、真実に迫る」という構成の映画でした。
本作は構成が良いだけでなく、それによって描かれるストーリー自体の美しさが非常に魅力的です。現代的といいますか、今の時世に合っていると感じます。そしてラストの展開も、観客に対して最終的な判断を委ねているような、人によって解釈が分かれるような描き方をしているのも素晴らしいです。
テーマや内容は結構重い話ですし、前半は胸糞悪い展開があるので万人に勧められる映画ではないとは思いますが、多くの人にぜひ観てもらいたい傑作映画だったと思います。オススメです!
怪物だーれだ?
私が、映画を見て果たして誰だろう。。
誰が1番酷い事をしてしまったのか。。
色んな意見があると思いますが
ここは、星川依郷君の父親だと思う。
そして、校長の伏見。。
この作品は子役の彼たちやクラスメート
にとって
凄く良い映画になったと思います◡̈⃝︎⋆︎*
演技力もそうですが、
可愛いくて最高でした◡̈⃝︎⋆︎*
これからも、頑張って欲しいです。
とても、応援したくなりました!
幸せになる資格
「誰かにしか手に入らないものは幸せとは言わない。」
田中裕子演じる校長先生のこのセリフは、心の奥に突き刺さる。
彼女は「永遠に幸せになれない道」を選んだ。
その彼女にしか言えないセリフだ。
私たちは何かを望むとき、すぐに「資格」をイメージしてしまう癖がある。
手に入れるためには何かを差し出し、資格を得るのだ。
でも、差し出すものを私は何も持っていない、と確信することがある。
私はプロ野球選手にはなれないし、総理大臣にもなれない。
当然だ。それは認める。そういうものだ。
でも幸せはそういうものではないはずだ。もっと別の種類の何かだ。
「誰かにしか手に入らない幸せ」は「しょうもない」のだ。
これは、本当にそうだと思う。
「しょうもない幸せ」は目標にしやすい。
本当の幸せは、目標になんてできない。
そして「いつかやってくる可能性」は絶対に消えたりはしない。
ロジックを超えた田中裕子の怪演に、深く説得されました。
脚本の出来、シンプルに悪いのでは??
観終わってまずの感想は、これでカンヌ脚本賞!??脚本の出来はかなり悪いのでは??というもの。
三幕構成で一幕ずつそれぞれの視点で見せる、「真相はそれほど単純ではない」形式とでもいうような、よくある形なんだけど、これが非常に雑に感じられた。
そもそもこの形式で魅力的な映画にするなら、人物自体の根本的なキャラクター性は一貫していないといけないし、伏線も張り放題なので意味を持たせる必要があると思う。
ところが……
◇主要人物である瑛太扮する先生が人格レベルで変わっている
1幕目と2幕目でいくらなんでも人として違いすぎ。視点が変われば人への見方も変わるというレベルじゃない。
特にこれ見よがしに高畑充希に「飴でも舐めて、テキトーに振る舞えばいい」みたいなことを言われるシーンが挟まれているけど、絶対に謝罪の場で飴舐めるような奴じゃないじゃん!
1幕目ではサイコパス野郎かと思って、ある種ワクワクしていたのに、超普通の人。それに対して受ける仕打ちが酷すぎて、ただただ可哀想すぎるよ。
特に作劇的に面白い人物でもないし、普通の人が超つらい境遇に貶められて、しかもなんのフォローもない話って、これは何を見せたい伝えたい話なんだ!?
◇ミスリードなのか意図があるのか、よくわからない伏線ばかり
・ちょいちょい出てくる眼光鋭めで、猫について告げ口する女の子は何がしたかった?みなとくんが好きだった?作中で語られなすぎて意味不明。
あと、猫については、あの状況で女の子はどうやって知れたの??
・よりくん、学習障害とか広い意味で発達障害を匂わすような描写が多々あったけど、その設定必要あった??結局、中村獅童の教育的虐待が向いているのは、ゲイであることだったんだよね?
・田中裕子全般、意味ありげなキャラクターとして出てくるけど、シンプルにどクズなだけだよね??なぜ深い思慮ある感じで吹奏楽を吹くシーンを??全然深くねーだろ!
樹木希林もそうだったけど、是枝作品の高齢女性が語れば深い、みたいなのが個人的に嫌い。
その他、
・金魚はなんか意味あったの?
・高畑充希は単なる貢がせ女だったの?
・なぜあそこまで安藤サクラは息子に話を聞かないの?
・ガールズバー云々の件全般、必要だった?
・小2のとき?の担任の先生はなんだったの?
・靴の踵を踏んでいたりネグレクトを受けてそうなのに、よりくんの家はなんで綺麗なの?別にネグレクトはされてないの?
とかいちいち気になって、なんか入り込めなかった。
怪物だーれだって、誰しもが怪物って見せたい映画なんだろうけど、
・いじめっ子
・中村獅童
・田中裕子
の描かれ方が雑すぎるうえにシンプルにわかりやすくクソだから、いやいや怪物はこいつだよ!ってなります(次点で安藤サクラ)。
そのくらい浅い見方を許す程度には、ディテールの描き方が雑。いじめっ子なんか、昭和ファンタジーの描写みたいだよ。
あと、坂元脚本✖️是枝監督のそれぞれの良さが微妙に噛み合ってない気がしたのが、子ども2人の年齢設定。妙に10歳程度の子にしては、悩み方や発言が大人びていて、是枝さん最大の武器?である子どもの自然さが本作では損なわれている気がしました。
そもそも社会派を気取りたいのか?賞レース的に狙ってなのか?ゲイを主テーマにして案の定?クイア賞も受賞していますが、それほどそこに真摯な想いを持った作品には感じられませんでした。
観終わってから是枝さんの発言が一部で炎上していたことを知りましたが、日本映画でももっと誠実に取り上げている作品はありますよ。『彼女が好きなものは』とか素晴らしかったもんね。
とはいえ、観て損したと思うような駄作映画ではないですし、船場吉兆ギャグかましていた1幕までは面白かったです。
この映画はいろんなテーマを盛り込みすぎてゴチャゴチャになっちゃっていましたが、もしそのタイトルのテーマに惹かれる方がいたら、吉田恵輔監督の『空白』を激推しします。
誰でも得られるものこそが”幸せ"?
是枝作品なのでエンディングがこちら側に委ねられるのは予想通り。でも、それ以外は凄かった!ずっと「うわ、やられたー!」と思いながら観てた。
火事をトリガーに母親と先生と子どもたちのそれぞれの視点から一連の過程を振り返っていくことで、事実がいかに曖昧なものなのか、人間の複雑な多面性、何気ないセリフに散りばめられていたトゲの存在、社会の醜悪さ、そんなものが湊、依里パートでぶわーっと見えてくるのは圧巻としか。
物語では3人の視点が中心だけど、やる気の無さそうな校長先生にもまた校長先生だけが抱えている事実があり、保利先生に猫の死体の話をした女の子にもまた彼女なりの事実があるんだろう。
校長先生の「誰でも得られるものこそが幸せ」は世間一般的には「普通」って呼ばれるやつではあるんだろうけどもその「普通」のことができない人間には堪らない。このセリフにあらゆる理不尽が凝縮されてたように思う。
観終わってからずっと「怪物」とは何なのかを考えている。彼らの親のことなのか、学校なのか、この先待ち構えている不寛容な社会のことなのか、彼と自分を守るためにどうしようもなくなって些細な嘘をついた湊のことなのか、宇宙人と呼ばれるほどにピュアな依里のことなのか、それとも物語が進むごとにコロコロと見方を変える私のことなのか。
やはり是枝作品は容赦なく回答をこちらに委ねてくる。
人は主観でしか物事を見れない。
人は主観でしか物事を見れない。
時折耳にするが、日頃そこまで意識することのないこの言葉を強烈に突きつけられる。
母親が学校の教師陣を問い詰めるシーンで、教師達の杜撰な対応に、母親が理解に苦しむような目を向ける場面。視点を変えて処世に付き合わされる若い教師が何かを読み上げるように謝罪を述べる場面。それぞれの主観に立つと見事に感情移入ができてしまう。
一見まごう事なく悪に見える学校側の隠蔽も(もちろん許されることではないが)、過去の経験から見出されてしまった結論である。
そんな出来事の中心にいる少年たちが、宇宙の未来について話す場面がある。宇宙は膨らみ続け、いつか破裂して時間は巻き戻ると、例えを挙げながら軽口のように話すが、身の回りの重い現実を、宇宙が始まってから終わるまでに起こるある種の自然現象のように捉えたような視点。
そんな達観したような一面を持ち合わせながら、良いことも悪いことも、懸命にもがきつつ経験していく姿が尊く映る。
怪物とは何か、、
最初予告見た時、なんかホラー的なものかと思って見ようと思ってませんでしたが、後から思っていたのと違う系統だとわかって見に行きました。
映画は3人の視点で構成されていて、
最初は湊の母、湊の担任保利、そして湊となっています。
作り的には、湊かなえさんの本と似てるなあと思いました。それぞれの視点で見ることにより、実際はこういうことだった、というのが見えてきます。
前触れもなく、月日が戻るので、見ていて、あれ?となりましたが、それは一瞬だけでした。
●湊の母
湊の水筒から泥が出てきたり、怪我をして帰ったり、僕の脳は豚なんだと言い出したりするので、問いただすと、先生にやられたという。
クラスメイトの依里の家に聞きに行くと、湊の片方の靴があったりして、湊が貸してくれたという。そして学校で湊がいじめられてると思い、真実を確かめるべく学校に行くも、先生も校長先生もただすみませんと謝るばかりで、気持ちもなく、何もわからない。
ある日家に帰ってこない湊を心配して、依里に聞いて秘密基地の場所へ迎えにいく。その帰り道、湊は走っている車からドアを開けて飛び降りる。
母は湊が自殺しようとしたと考え、先生を辞めさせるように動いていく。
そして全てが終わったと思った嵐の日、湊の姿は消えていた。
母にとっては、学校そのものが怪物だった。
● 保利
担任になったばかりの新米教師で、自分の小学校の時の作文を読んだり、子供達に少しでも馴染もうと頑張っている。ある日教室で湊がクラスメイトの体操着を投げて暴れていた。依里は上履きを隠されたりトイレに閉じ込められたりして、湊がいじめてると思うようになる。
そして、湊の母が乗り込んできて、自分が湊に暴力をふるったとか、暴言を吐いたとか身に覚えのないことばかり言われる。校長や先輩の先生方には、こういう対処はまかせておけ、とりあえず謝れと指示される。ガールズバーに行ってたという噂も立ち、学校を辞めさせられる。
保利は週刊誌の誤植を見つけるのが趣味で、ある日未添削の生徒の作文を何気に添削して、湊と依里の関係性に気づいて家を飛び出していく。
保利にとっては、湊の母や先生たちが怪物であった。保利を信用できなくなって、自分の対面を気にして、離れていった彼女もまた怪物かもしれない。
●湊
湊のクラスでは依里に対するいじめがあり、自分に飛び火するのを恐れて、学校では庇えなかった。でも外では、依里は自分の知らないことをいろいろ教えてくれて一緒にいるのが楽しかった。
壊れたバスを秘密基地にして、2人だけの時間を楽しんでいた。
依里は父親から虐待されていて、「お前は豚の脳みそだ、病気なんだ」と言われ続けていた。
一方湊は、母から「お父さんのようにかっこよく生きて、結婚して子供ができるまで見守ってるから」、先生からは「男だろ」と言われたりして、当たり前の生き方というものに反発を覚えていた。
父は実は浮気相手と一緒に事故で死んだのに、それを無かったことにして母は正当化していた。
2人は似たような苦しみを持っていたのだろう。
依里が豚の脳なら自分もそうなんだと自ら追い詰めていく。
依里は父親がガールズバーに行ってることを知り、そのビルごと燃やしてしまおうと火をつけたように思わせるシーンもあるが、これはどっちだったのかな。
死んだ猫を湊と葬るシーンがあるので、それだったのかも。
湊にとっては、母や先生、依里にとっては父やクラスメイトが怪物、そして自分自身もまた怪物だったのかもしれない。
夜帰らなかったのも、単に依里を待っていただけで、母が迎えにいた時、その後ろに依里もいたが姿を隠した。でも帰りの車の中で依里からの着信があり、まだそこにいると思って車から飛び降りたのだった。
ラストは、湊と依里が嵐の中バスの秘密基地から脱出すと、青空が広がっている。草むらに駆け出す2人は心から笑っている。
死んでしまったのか、それとも現実なのか、、
もし生きていて、依里が祖母に引き取られたとしたら、湊と離れ離れになってしまう。
心の支えがいなくなってしまったら、2人はやはり現実に耐えられなくて死を選んでしまうかもしれない。
見ているものは、見えているものではない
予告編で何度も聞いた「怪物だーれだ」という子供の声。
この言葉が発せられるシーンを見た時、このお話しの構造というか、私たちが見ているもの(或いは見えていないもの、という方が正しいかもしれない)が何か、という事が決定づけられる。
スクリーンの中にいる登場人物たちの言動は、安藤サクラ演じる母親、保利先生、湊がそれぞれの視点で見えた・聞こえた・感じた事を視覚化しているだけなのだ。見ているものは、見えているものではない。
誰しもが怪物になり得る、けれども誰も怪物じゃない。物語の視点が移り変わるにつれ、そう気づかされ、台風の日には、あいつも、あの子も、不器用でどこにでもいる、自分と同じ人間だと知る。星川くんの父親も、クラスのガキ大将も、みんなだ。
そんな自分となんら変わらない登場人物たちが、自分自身や大切な人を守りたいが故に、本心を隠したりさらけ出したり、それらの言動によって少しずつ人間関係がズレていき大事に発展していく様には、苦々しさと可笑しみがあった。
嵐の中、子供達を探しに行った母親と先生が、彼等の秘密基地である廃電車両の窓の泥を拭い去ろうとするシーンは、何度掻き分けても泥が拭えず「見えないものを見ようとする」もどかしさを感じさせる、象徴的なシーンだった。(是枝監督自身もひとつの名場面だったとラジオのインタビューで語っていた。)
台風が去り、子供たちがある境界線を越えて進んでいく姿には、「成長」という言葉では括ることのできない「生まれ変わった」瞬間を見たような気がして、果たしてこれはハッピーエンドなのか、そんな風に考えるのは野暮かもしれない。何故なら彼等の物語は続いていくのだから…。幾通りもの捉え方ができる間口の広い終わり方は、こういったテーマを扱う作品にはベストな選択だったように思う。
是枝監督作の中でもかなり好きな作品。脚本・坂元裕二のオリジナルシナリオ本も購入したので、ゆっくり読みたいと思っている。
怪物だーれだ
親、教師、子供の三つの視点でだいぶ印象が変わりました。
最初はホリ先生なにあれ、って思ってたけど、飴をなめるのは恋人からのアドバイスを受けて極限のストレス状態からなんとか自分を守ろうとした行動でしょうし、周りの教員が味方してくれないならそらあんな腐った態度になるし、恋人はあっさり自分を見限るし、腐るのも無理はないかなと思う。
親からしてもそんな背景は知りもしないから自分の子供を守るために戦うし、子供は子供で親を傷つけたい訳ではないから堪えるし嘘をつくし…
なぜこうも噛み合わないかな…と悲しくなった。
「普通」を定義するのもどうかと思うけど、皆と違うからって「異常」とされるのもどうかと考えてしまう。
校長は、心壊れてるけど、「誰でも手に入れられるものを幸せと言う」(うろ覚え)や、楽器に気持ちをのせさせた行動は湊を救ったんだろうな。
「生まれ変わるかな?」「生まれ変わりなんてないよ、そのままなんだ」(またうろ覚え)っていうラストの台詞とあの二人の楽しそうな駆けっこ&ピアノでちょっと泣いた。
ほんと、なぜこうも噛み合わないかな…
あと、途中聴き取れないところがあって悔しかった。ナチュラルな演技過ぎて大事なところ聴き逃す…
話が本当にリアル。一つ一つの言葉に注目!
怪物とは、、、奥深い、、、。
坂元裕二作品はいいぞと勧められ、もともと気になっていたため鑑賞。
内容としては、すごいリアルでありそうな話で心にくる。一応3部構成?なのかな?視点が変わるだけでこうも見方が変わるのかと驚き。様々なことが解決というか明かされていくのを見て納得し、ワクワクする。
何気ない一言も名言級に響いていたり、何よりみんな演技が上手い。こういう風に見せたいんだろうなっていうのがしっかり分かりそう見える。
完全な善人や悪人はいないと言うけれどこーゆー事かと。何かのために悪人にもなれ、人によっては善的行動でもある。全てを見て知った上でもう一度見返したいと思える作品。あとは、これが全てか分からないけれど物足りないとこもある。読者に呼びかけているのか、本では説明しているのか、、、とりあえずメッセージ性があるのは確か。
色々言ったけれど、これは見ないと分からないところがある。どういうものなのかは是非見て確かめて欲しい。なんとなく賛否も分かれそうな気はするけど。
圧倒
脳みそと心臓が震える、そんな感覚だった。
上手く言葉にできず浅い言葉しか出ないけど、天才たちが生きている時代に一緒に生きれることが嬉しい。
生きてる限りこういう作品を観て、人間って人生って何かずっと考え続けたい。
怪物のひとつは、誰の心にもある残酷性だと思った。彼らは残酷性を捨て、自分の気持ちに正直になれた。
終わり方に関しては、まだまだ現世では思うように生きれないということか、こどもたちの未来ではそれが叶えられているということかどちらにも感じられた。
カンヌで賞を取った作品の中では面白い方だと思う。
怪物というタイトルと言い、藪の中スタイルの展開と言い、賞を取りに行ったのだろう。目的は達せられ、結果僕も劇場まで行った。色々突っ込みたい所はあるが脚本はよくできていると思った。2人の主人公の子供たちが遊んでいるシーンは自分が5年生の頃一緒に遊んだ友達の顔を思い出しながら観ていた(僕はマイノリティではないが)。子役は2人とも演技が素晴らしく、星川君役の男の子は本当に可愛らしかった。いつもながら安藤サクラは素晴らしい。そして結末は哀しい。
納得できないのは
ー保利(永山瑛太)は真面なのに何故安藤サクラが学校に来た時あんな対応をしたのか?勿論我々をミスリードするためであろうが無理がある
ー湊は何故あそこまで保利を貶める嘘をついたのか?
ー小学校の教師は酷いのもいるだろうがここまで揃いも揃ってということはないだろう(特に好調は最悪)。少なくとも僕の小学校時代の担任は皆良い先生だった(なので僕は名前を覚えている)
ー父親が酷いのは事実だが星川君が無罪放免???死んだから仕方ないということか?
万引き家族の時も感じたがこの監督は(そして脚本家も)はだいぶ左に偏っている(賞を取るにはその方が良いのだろうが)と思う。
コレは、傑作!
前作の万引き家族はドキュメンタリー要素が強く、終始単調に物語が進んで行く。映像も薄暗く、何のどんでん返しも無い為、好き嫌いが明確に分かれる作品だった。
打って変わって、今作の怪物は没入感が凄かった!
同じ時間軸を人物の視点を変えながら繰り返して行き、謎が少しずつ解けて行く。
テンポがいいので、間延びせず見ることができた。
シンママの苦悩、子供社会の残酷さ、教師の闇など現代の世俗とリアルを今回も踏んだんに盛り込んでいる。
また、少しネタバレになるが、
放火犯の匂わせ方やクライマックスの少年達の生死など、解釈を視聴者の想像に委ねるシーンが多々見受けられた。
ここは、好みが分かれるポイントかもしれない。
逆に同性愛は包み隠さないところが、現代っぽさを感じた。
今思えば、カンヌのコンペに出す作品として、世界のジェンダー平等の波に寄り添う意味で意図的に濁さなかったのかもしれない。
ポリコレという言葉がチラついてしまった。
何はともあれ、只の話題作って訳じゃなくて、ちゃんと面白い作品だったので、とても価値のある時間だった。
次回作に期待!
PS :
瑛太が可哀想すぎ泣きます。是非映画館へ足を運んで見て下さい!
単純じゃない話
観終わってみると単純じゃない話で、さすがという印象。
基本、同性としたつるまない小学生が、仲良し、好きとか恋とかよくわからずにこうなってしまうというのはわかる。
そこは、すごくうまく演じられてると思った。
ただ、大きなテーマの
「子供ってすらっと嘘つくし、親であってもわからん時もある」
ということ。これ、小学生だとちょっと無理あるかな。
夜に秘密基地的なところで親に発見されたら、全告白するだろうね。小学生なら。
この2つを両立させるのは難しいけど、バランスとってせめて中2くらいかな。
学校部分は、1幕目のあのやり取りはリアリティに欠けるかな。
ちょっと先生をバカにしすぎ。
1幕目の先生のバカっぽい感じはひどすぎる。
そうであれば、それが2幕で完全に消えてるのがなんともね。
結末は自分で
学校はあそこまで酷くないなとは思う。教員はただの人間だというのはわかるが、学校を守るなんて公立校では無いと思う。教員を守ることはあっても(是非はともかく)。で、親だって正義ではない。大人たちが本当のことを聞くことをしなかったところから広がっちゃったかなと思う。
それ以外については、やっぱり是枝さんという感じ。脚本は時系列が変わるから、本当に伏線回収できてるのか一回ではよくわからないが。
同年齢集団って残酷。でもそれは社会の縮図。自分の気持ちを見極めるにはあまりにも幼い子どもたち。最後のシーンでは涙が。
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