「後半になってやっと光るが…」怪物 char1さんの映画レビュー(感想・評価)
後半になってやっと光るが…
前半は謎が謎を呼ぶ展開で、後半になるにつれ、その謎が一つ一つ解明されていく形式のストーリー。
(前情報ないまま見たとして)「怪物」というタイトルと、前半の折々に挟まれる、猟奇的なにおいのする描写を見れば、「酒○薔薇事件を扱った映画だろうか?」等と思わされるが、謎が解明されていくにつれ、全くの思い違いだったと気付かされる。
最後の方でやっと解明される本作の最大の謎は、少年たちが「同性愛を自覚し出していること」である。「怪物」というのは、少年の一人が虐待の加害者でもある実父に言われている事だった。
これは憶測だが、製作者側は「『酒○薔薇事件だろうか』等と思う私のような鑑賞者も同性愛に理解のない怪物なのだ」と言いたいのではないだろうか。自省を促すという面では効果的かもしれないが、考えてみれば、ビルの火災に始まって、学校での暴行事件、猫の死体等、猟奇的な描写の数々に加えて、「怪物」というタイトルなのだから、そう思っても全く不思議ではない。もし製作者の意図がそうなんだとすれば、「私は怪物です」と自己紹介しておいて、怪物と呼んだら「怪物なんかじゃない!」と言われるようなものではないか。まあこれは憶測にすぎないが。
この映画は、不穏な前半から、時系列を遡って少年たちのビタースイートなセクシャリティに帰結する物語だが、思い返せば、その前半が中々ご都合主義的である。
第一に、ありもしない暴行で辞めさせられる担任。辞めさせられるに至るまでのプロセスがかなりよくわからない。辞めさせられる原因となった生徒の母親との関係はかなり悪いはずなのに、後半になって、なぜか台風の真っ只中で彼女の家まで行き、なぜか車に乗せてもらって、突如行方不明になった生徒を仲良さそうに探しに出かける。これに関しては本当に「…なんで?」と思わずスクリーンに突っ込みかけた。
あと、子供に暴行を加えたとして、校長室で母親に謝罪するシーンがあるが、ここでの担任の印象が最悪。後々暴行自体が無いと観客は知ることになるが、事実関係は抜きにしても、謝罪の場で飴を舐めだすヤツは絶対頭おかしい。後々担任はいいヤツだと判明するが、前半の描かれ方は「ヤバいやつ」すぎて、無理矢理感が強い。
第二に、校長先生。この方、担任以上にサイコな描かれ方をされている。自分の孫を車で轢いて殺してしまったのに、その罪を夫に擦りつける(これだけでも相当ヤバイ)、スーパーで走り回る子供の足を故意に引っ掛けて転ばす、保護者に謝罪する場で、保護者の席から見え易い位置に死んだ孫と一緒に写った写真を置く等、かなりサイコパス。な割に、最後の方では少年と音楽室で二人きりになって、「幸せは絶対来ないから幸せなのよ」みたいな、最もらしく、いかにも校長的な事を突然言い出し、一緒に思いっきり管楽器を吹いて「いい人感」が演出される。さすがに校長の印象はもう、その程度のことでは拭いきれなかった。この人の役割は、終始迷子になっていた印象が強い。
担任とその恋人との会話で「小学校の先生の名前、覚えてる? 覚えてないでしょ、そんなものよ」というセリフが印象に残った。ある意味、観客の記憶力が試されている事を示すようなセリフだった。(というか、少なくとも一人や二人ぐらい覚えてないか? 小学校の先生の名前)
時系列がぐちゃぐちゃな映画なので、確かに記憶力は試される。
ただ、このぐちゃぐちゃ時系列は少しやり過ぎな印象で、普通に追っていくのが疲れる。それなりのペイオフはあるが、そのためにここまで時系列をかき混ぜる必要はあったのかというと、疑問だ。
ここまで不満点しか述べていない気がするが、二人の少年に焦点が当たる後半からは光る画がいくつもあった。少年たちが廃列車や廃トンネルでただ遊び回るシーンは素晴らしい。それが友情から、恋愛感情だと気付かされる描写は圧巻だ。
ラストの駆け出していくシーンも、ジーンと来るものがある。先行きはあまり明るくはないが、とにかく「今」が嬉しい! というような、幸せでいっぱいの名シーンだ。
前半をグッと減らして、その分、後半の少年たちのシーンを増やした方が絶対良かった。前半の不穏さがあってからこそ後半が効くのだ、みたいな意見もあろうが、どうしてもご都合主義感が勝る。例えば、星川少年と実父とのやりとりは中々リアリティがあったが、それでも、父の行ってるキャバクラ燃やすかね、いくらなんでも… という風に思わさられる、無理矢理感の強い描写がありすぎた。
あとは個人的にどうしても安藤サクラの演技が苦手だ。なんというか、彼女個人のエゴがプンプン漂ってくる演技。瑛太の演技はとても良かった。
根本的な問題として、同性愛者ではない人間が、こういう風に同性愛を描いても良いものだろうか? という倫理的問題もある気がする。脚本家も監督も同性愛者ではないだろう。問題はないような気もするが… あるような気もする。とにかく、モヤモヤはする。ここを深掘りするとかなり長くなりそうなので、辞めておく。
後半、「終わりよければ全て良し」的な感じで、力技的に持って行かれた気がするが、思い返せば「アレなんだったんだ?」「アレおかしくない?」と思うことばかりの惜しい映画だった。