「怪物はどこにでもいる」怪物 ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
怪物はどこにでもいる
最初はよくある虐め問題かと思って観ていたら、途中から事件の真相が徐々に明るみになっていくことで予想外の方向へドラマが展開され、最後までグイグイと画面に引き込まれた。
脚本を担当したのは坂元裕二。前作の「花束みたいな恋をした」が評判になっていたことは知っていたのだが未だに観ておらず、その才能や如何に?と思いながらのぞんだ。結果から言うと、その手腕には脱帽してしまった。
時制と視点を交錯させながら謎が解明されていくという構成自体はよくある手法で特段驚きはないのだが、それにしても伏線と回収がよく計算されている。あのシーンの裏側ではこういうことがあったということが分かり、そのたびに一体誰が悪なのか?誰が怪物なのか?ということを常に自問しながら、気がつけば画面を注視していた。
特に、校長室のフォトフレームのクダリ、湊が車から飛び降りるクダリには唸らされた。
湊、母の早織、教師の保利、友人の星川、校長といったキャラクターたちが、夫々に心に傷を負った者として魅力的に造形されている点も特筆に値する。彼らの心中を察すると、今回の事件が辿る結末には悲しみを禁じ得ない。
但し、決して分かりやすい映画にはなっていない。こうなった原因はどこにあったのか?果たして誰が怪物だったのか?そうした単純なドラマではないからだ。むしろ、誰でも怪物になり得る、本作のメインキャラはすべて怪物だった…という言い方もできる。
湊の嘘は保利を傷つけ、早織は湊の苦しみを理解できなかった。校長も倫理に反する嘘をついていた。保利は学校の虐めに気付きながら無力だった。星川も重大な罪を犯していた。このように人は誰でも悪心を抱え、嘘をついたり、周囲を傷つけるエゴを持っている。人間とはそうした業を抱えた生き物なのだ…ということを暗に言われているような気がした。
ラストの意味を考えてみると、劇中にたびたび登場する”生まれ変わり”というフレーズが反芻される。果たしてこれをハッピーエンドと捉えていいのかどうか…。人が業から逃れられるとしたら、それは”生まれ変わり”しかないのか?だとしたらひどくネガティブな結末ではないか。そんな風に思った。
監督は「ベイビー・ブローカー」、「万引き家族」等の是枝裕和。
子役の起用に定評がある氏だけに、今回も湊と星川を演じた二人の子役が実に活き活きと活写されている。前半は鬱々としたダークなトーンが支配し同監督作「誰も知らない」を想起させられたが、後半から「奇跡」のような甘酸っぱく微笑ましいトーンが混入され、二人の絆を情緒豊かに綴っている。意外だったのはその関係に、これまで是枝監督が描いてこなかった要素を持ち込んだ点である。これも時流の流れだと思うが、良い意味で驚かされた。
それと、本作のクライマックスには同氏の「海よりもまだ深く」も連想させられた。風雲急を告げるとは正にこのこと。映像面から物語をドラマチックに盛り上げている。
キャスト陣はメイン所含め芸達者が揃っているので安心して観れた。ただ、校長役の田中裕子がやや作りすぎという気がしなくもない。もう少し自然体な方が、深みが出ると思った。
また、保利役の永山瑛太は、序盤と中盤の演技に少しチグハグな印象を持った。早織の前で初めて謝罪するシーンで彼は無作法な態度を取っていたが、あそこは今一つ理解できない。確かに少し変わった所がある男だが、そこを踏まえてもあの場面だけは浮いてしまっている。