劇場公開日 2023年6月2日

「見方が変われば世界も変わる」怪物 とぽとぽさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5見方が変われば世界も変わる

2023年6月3日
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「僕は可哀想じゃないよ」

生まれ変わってもまたこの映画に出逢いたい、繰り返す意味がある。これは正義の話じゃない、世界の話。立場が違えば見えてくることがあって、だから何も知らずに決めつけは良くないし、やっぱり顔を突き合わせて一人の人間として話し合うことが大事。皆もっとちゃんと対話しようよって。違う人間なんだから意見が食い違うのも当然で、問題はそこからそのときどうするか。周囲の環境や当事者以外の雑音が加熱させる対立や、そうした部外者がいかに(往々にして良くない意味で)影響を与えるか。贅沢な組み合わせと要素の多さも必然。
豚の脳を移植された人間は、人間?それとも豚?怪物というタイトルから連想する言葉は、例えば"モンスターペアレント"。"母子家庭にはありがちっていうか"…穿った見方は誤った見方ってことじゃなくて物事を深く見るってこと。"普通"という枠組みから外れた、生きづらく、本当の意味ではまだ多様性なき世界で思春期の戸惑いというアイデンティティー・クライシスに陥って。髪型(髪の長さ)、強く握られたペットボトル、TVに映るタレント、クラスメイトの女子が読んでいる本、あるいは服装もかもしれない。
皆と同じである"普通"を強いる同調圧力と事なかれ主義の弊害・末路、その果てにそれでも僕らは自分らしく生きていけるのか。事件や政治もそうだけど、もっと日常的に落とし込んで、何事も決めつけは良くない。相手の事情を知ろうともせず最初から敵対姿勢が臨めば、どうなるか嫌というほど僕らは知っているはずだ。
きちんと生活者たちの息遣いや生活がここにはあって、それぞれが見れば見るほど丁寧に紡がれている印象を受けた。誰も断罪したり切り捨てたりしないで。始まってからしばらくは淡々(次々)と日常が流れていく印象があって、けどそれも作品を見進めていくほどに納得できる。息子思いの母親、生徒思いの先生、我関せずで常套句を並べる校長はじめ学校側…。教師による生徒への暴力・体罰、高齢ドライバー、そして偏向報道。真実はどこに?ただ、加熱するマスコミ報道などは本作の中では大きな比重は置かれおらず、世の中に蔓延する無関心や不寛容=嵐のあとに彼らが見た景色とは?
一見、見たまま単純に見えても、起きた事実は1つでも真実は人の数だけある物事の複雑さ。何事も多角的に見る必要があって、それぞれの言い分や正義がある。作り手にとって正義の話でなく、一部から物事は判断できない。そして、それは思春期に芽生え始める恋心の対象もそう。なぜ決めつけられる?だから、息苦しく行き場のなくなった子供の嘘は、無垢なものでなく葛藤の末。助けを求めながら自分でも分からなくて混乱して、どうすればいいか分からなくて。僕は病気?君は病気なんかじゃない。

「怪物だーれだ」

是枝裕和✕坂元裕二✕坂本龍一=日本が誇る各界のマスタークラスな巨人たちが、互いにその才に惚れ込んでは認め合い、ぶつけ合いながらも切磋琢磨して作り上げたこの作品には、レジェンドたちの本気と今の世の中に伝え遺したい真意が感じられて、骨の髄まで沁み入るような映画体験。こんな誰もがその名を耳にしたことあるような人たちに対して使う言葉じゃないだろうけど"俺得"と思っていて、実際見てもその高い期待は裏切られなかったし、なんならちゃんと超えてくれた感も。
ネタバラシパート的入れ子構造な作りも必然、むしろそこにこそ本作の意味がある。是枝節はそのままに、僕らが愛してやまないザ・坂元裕二ワールドなセリフ回しや、『ゲームの規則』など複数人が他人にとっては不都合に動く、素晴らしい脚本も(もちろん普段のドラマにおけるそれほど声を上げて笑えるようなパンチの効いた形ではないが)。だから題材としても納得だけど、ある意味ではカンヌを獲る前から坂元裕二さんは一貫して変わらず同じことをしている、とも言える。
大好きな名優・安藤サクラさん✕永山瑛太✕田中裕子=素晴らしき役者陣。瑛太の『友罪』などで見せたサイコパス演技が良い意味でミスリードになっていて効いていた。そして、茶髪ヘアで現代人らしいスタンスの高畑充希。東京03角田や中村獅童は安定。それらを捉える撮影に、是枝監督による編集など本当にすべてがすごいな、と。
『万引き家族』のときも書いたが、本当に演出の意図が伝わる。是枝監督と子ども。カメラを意識させないように、ごくごく自然体な空気を引き出す卓越した子供への演出力。『万引き家族』が喜怒哀楽の"怒"だとしたら、本作も作品中盤くらいまでは"怒"を感じた。"ひと夏の魔法"と形容したら些か聞こえが綺麗すぎる気もするが、語弊があるだろうか?火事に始まり、台風で終わる。虹はかからないかもしれないけど、最後には微かな希望もあって少し救われた。
決して音楽が前面に出ているわけではなく、的確に必要な時に必要な音が鳴るようでいて、けどそれが坂本さんらしい形と深度で作品に寄り添うさまは、シーンや、引いては作品全体をやはりより一層印象的なものにしていることは間違いない。ご冥福をお祈りします。そして、本当にありがとうございます。

勝手に関連作品『きみはいい子』『彼女が好きなものは』『禁じられた遊び』『スタンド・バイ・ミー』『イントゥ・ザ・ワイルド』『つぐない』『羅生門』『ある少年の告白』『海よりもまだ深く』
P.S. 作中、台風が直撃する本作の公開日が台風で雨だった偶然。

とぽとぽ
humさんのコメント
2023年6月11日

この変な保利先生は、トイレに金魚を流すのか?!と思わせたあのシーンは、置こうとしたのかもしれないし、水を足そうとしたのかもしれないし、なんでトイレに持って来ちゃったのかと佇んでただけなのかもしれないし、どれでもなかったかもしれませんもんね。
主観だけで決めつける危うさを繰り返し体験しました。

hum