劇場公開日 2022年12月24日

「都会の狂騒的喧噪と、田園の憂鬱――。才人ピエール・エテックスによる無声映画風スケッチ集。」健康でさえあれば じゃいさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5都会の狂騒的喧噪と、田園の憂鬱――。才人ピエール・エテックスによる無声映画風スケッチ集。

2022年12月27日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

イメージフォーラムでのピエール・エテックス特集上映、鑑賞2本目。
「不眠症」「シネマトグラフ」「健康でさえあれば」「もう森へなんか行かない」の4つのスケッチを、幕をはさんで劇場風にまとめたオムニバス集である。
もとは1965年に一本の長編として仕上げられたものの、興行・批評的にふるわず、本人にとっても不本意な出来で、1973年に今の形に再編集されたという。
正直、4つのパートともエテックスが主演しているとはいえ、まるで別の話、別のキャラクターなので、もともとの「一本の長編」だったときにどう編集されていたのかは全く想像がつかないのだが……。
それと、もともとお蔵入りにしていた4本目の「もう森へなんか行かない」を新バージョンで復活させた代わりに、(おそらく同じ森を舞台とするスケッチで被るという判断で)旧バージョンから押し出されてしまった部分を再編集したのが、短編「絶好調」とのこと。
今日は、副産物(?)の「絶好調」をまず上映してから、本編の上映が行なわれた。

「絶好調」は、キャンプ場を舞台にしたスケッチ。
『恋する男』に比べると、ベタなコント集になっているので、観ていて格段に愉しい。
相変わらず、触るものすべてを壊してゆくエテックスの特殊能力は健在で、いつまでたってもコーヒーを入れることができない。
勝手にソロキャンしていたエテックスは、管理人に指定地に移動させられる(今とまったく変わらないw)。後半は、その先で目にするキャンプ場あるある集。「キャンプ」といいながら、だんだん別のキャンプ(強制収容所)のパロディになっていくのが面白い。

「不眠症」は、眠れない夜に吸血鬼小説を読むエテックスを描くカラーの現実パートと、小説内世界を描くモノクロパートが、しだいにオーバーラップしてゆく才走った構成。
イラストレーターでもあるエテックスらしく、吸血鬼小説のカバーアートが決まりに決まっている!
吸血鬼小説の中身は、けぶるモノクロームの映像といい、エテックスのメイクといい、明らかにトッド・ブラウニングの『魔人ドラキュラ』を意識したもの。ただ、あまりに「ふつうに」通り一遍の吸血鬼譚がちんたら展開するので、(なかなか寝付けない主人公とは裏腹に)こちらは大いに睡魔に襲われてしまった(笑)。

「シネマトグラフ」は、映画館あるある集のスケッチ。
なんか、映画が始まる前にいつもやってる「上映中は……」の警告映像となんとなくネタがいろいろ被っていて、映画の内と外、自分の「いま」と「ここ」がだんだんあやふやになってくる……と思ったら、エテックス自身が幕間のコマーシャルの世界にいつしか入り込んで……。
映画館で観る映画館のギャグというシチュを最大限にいかした、「越境的」な構造をもつ一篇だ。

「健康でさえあれば」は、表題作だけあって、いちばん力の入った佳品だったと思う。
「騒音」「振動」「渋滞」「満員電車」など、都会のストレスをテーマにした文明批評的な作品で、全編にわたってガンガン鳴り響いている工事の破壊音が、狂騒的なノリを増長させている(ちょっと、ジャック・ベッケルの『穴』を思い出した)。
とくに、レストランでの(杭打機の振動のせいで)「薬を呑みたくても呑めない」「隣の人間が薬を呑んでしまう」ギャグはエスカレートの具合が面白かった。どんどんストレスを溜めておかしくなってゆくメンタル医者のネタとクロスカッティングになっているのが、狂乱ぶりをいや増しに高めている。やっぱり映画にとって、モンタージュの技法って偉大だよね。

最後の「もう森へなんか行かない」は、都会の喧騒から打って変わって、小鳥のさえずる田園風景が舞台だ。エテックス演じるへぼハンターと、ピクニックを試みる中年夫婦、境界線のくい打ち作業をしている農夫の三者が、それぞれ邪魔をし合って、一向に目的を達成できないというベタベタのスケッチ。ドリフのコントのようなノリなので、ある意味いちばん安心して観られるかも。劇場内の笑い声もこれがいちばん大きかった気がする。
まあくだらないといえばくだらないが、アップテンポで密度が濃く騒々しかった「モダン・タイムス」風の三話目と、パストラル(田園的・牧歌的)でベッタベタなドタバタの四話目ということで、いい対比にはなっていると思う。
けっきょく、都会にいようが田園にいようが、エテックス世界の住人達はおしなべて誰も幸せにはなれないんだけどね(笑)。

というわけで、今年100本目の映画鑑賞終了。
ここ数年コロナと業務の多忙で出不精気味になっていたが、今年は頑張って内心ひそかに目標にしていたトリプル100(映画館で100本、クラシックのコンサート100回、テレビアニメシリーズ100本)を達成できた。
仕事に加え、趣味の登山、天然記念物めぐり、仏像めぐり、バードウォッチングと、それなりに充実した一年を過ごせてよかった。来年はこれに加えて、ミステリー小説100冊読破を目標にしたいかなと。
一応、備忘録的に今年の劇場鑑賞映画マイ・ベスト10を記しておく。
(封切り)1『RRR』、2『すずめの戸締まり』、3『ノベンバー』、4『さがす』、5『かぐや様は告らせたい』
(リバイバル・初見のみ)1『裁かるるジャンヌ』(ドワイヤー)、2『魔術師』(ベルイマン)、3『ストレンジャー』(ウェルズ)、4『アッカトーネ』(パゾリーニ)、5『クラバート』(ゼマン)
なんか、ハリウッド映画がほとんどないね(笑)。

では皆さま、よい年をお迎えください。
とにかく、「健康でさえあれば」!!

じゃい