「どうにも気になるけど、どこまで突っ込んでいいのか…。ネタ枠なのか何なのか…。」ナニワ金融道 大蛇市マネーウォーズ yukispicaさんの映画レビュー(感想・評価)
どうにも気になるけど、どこまで突っ込んでいいのか…。ネタ枠なのか何なのか…。
今年357本目(合計632本目/今月(2022年12月度)10本目)。
まぁ、映画のタイトル名や原作その他から見て、法律論を真正面で受け止める映画ではないというのは自明だから、そこに突っ込みを入れるのは野暮だし、かといってこの映画、いわゆる「法律ワード」の中でも難易度の高いものは左下に説明が入るように、「どういう層を想定しているのか」がわかりにくいです。
60分ほどの映画で、ここのストーリー紹介や公式HPに書いてあるものがすべてといってよいですが、求められる分野が無茶苦茶広く、「行政法(地方自治法)」「民法」「商法会社法」「不動産登記法」というバラバラぶりです。
これ、全部まともに付き合おうとするともう無理じゃないかと思います(不動産登記法のみ司法書士の独占業務なのですが、一般的なことは宅建レベルでもやりますし、当然行政書士試験でもやります。一方で、行政法(地方自治法)はどうみても行政書士ネタなので、本気で理解しきろうと思うと、ものすごく厳しいです)。
1話、2話のことは知っていたのですが、この映画を見て感想を書いても「野暮」だし、かといって、今日(9日)は有休消化で、この映画を見ないと他の映画との接続がうまくいかないという事情もあったわけです。換言すれば3話だけみたわけですが、個々ストーリーは独立していて1話、2話の理解は前提にされていないようです(登場人物なども簡単に紹介はされます)。
まぁ正直、この映画、いわゆる「ネタ枠」とまでは言わないにせよ、本格的に法律論を語るような映画でないのは明らかな一方、「令和版リメイク」ということで、明示的に令和2年、3年という表記が出てくるということも考えると、気になる点も相当あります。
一見、「ネタ枠」とは言わないにせよ「そんな野暮な突っ込みいれるより60分間笑ってみようよ」という趣旨なのは理解するのですが、前提とされる知識の量が広範囲に広すぎて、どうなんってるんだろう…と思ったくらいです(あまりにも難易度の高い語は左下に説明は出ますが、それも最低限だけ。1話、2話はどうだったのでしょうか…)。
採点としては以下の通りくらいです。
------------------------------------------------------
(減点0.4/2020年の民法改正に対応していると言い難い)
・ 印刷業者の方が「ポスターの印刷費用払ってくださいよ」と請求するシーンです。
映画の中ではストーリー紹介にある通り、選挙がテーマですので、20時開票開始としてこの発言がされたのは21時か22時ごろになりますが、民法484条の2に次が規定されています。
> 法令又は慣習により取引時間の定めがあるときは、その取引時間内に限り、弁済をし、又は弁済の請求をすることができる 。
要は「慣習により取引時間の定めがある場合」になるのですが、日本国内どこでもそうであるはずです。つまり、真夜中の11(23時)時やら2時(26時)やらに、債権があるとしても、「お金払って」とは言えないのは、この条文があるからです(地方の慣習。もちろん、個別の貸金業その他では、何時以降には行くななどもっと「明確に」きまっています)。
この部分は民法改正(2020年)で新たに加わった条文(484条の2は新設条文)で、配慮が足りないかなというところです。
※ ただし、「その求めに応じて、債務者が任意に支払った場合、その弁済は(何時であろうと)成立する」というのが判例の立場です(最高裁判例35年5月6日)。
(減点0.4/左下の字幕が足りない)
・ 左下には最初にも書いたように、「難易度の高い法律ワード」の説明が入り、それは概ね妥当なのですが(字幕の関係上、必ずしも厳密でなくても言いたいことが7割通じればよいという立場)、それでも、字幕のない単語はどんどん飛んできます。
「善意の第三者」「○番抵当権」(抵当権の意味と、抵当権の順番の意味)、さらに「登記簿」などといった語が出てきます。
「善意の第三者」は特にわかりにいです。「善意」は「悪意」の反対語で「知らないこと」を意味しますが(「悪意」は「知っていること」、を意味する)さらに、「第三者」の理解もポイントになります。「第三者」は「当事者以外」の意味です。
つまり、Aが売主、Bが買主という売買契約を考えると、その売買契約で直接・間接的に損をするCや、その売買契約で何らか影響を受ける人は「第三者」になります。しかし、何ら関係のない「どこかの誰か」まで「第三者」に含めると、取引がまともにできなくなってしまいます(あらゆる第三者から無効・取り消しを主張されると取引が崩壊する)。つまり、「第三者」の範囲は限定的に解釈されていて(制限説)、この部分も難しいところです(個々、条文ごとに「この第三者」の範囲は異なりますが、「まったく無関係な人」は入ってこないのが原則です)。
(減点0.2/個々の理解で、あえて判断をさけている部分がある)
・ 手形の裏書を行うと、その裏書により連帯保証人となります(手形法)。しかし、その裏書が詐欺強迫や錯誤、その他「瑕疵ある意思表示」ほか(代理関係では、無権代理や表見代理等)が成立する場合、民法総則の「手形取引に対して無効・取り消しを主張できるか」という複雑な問題があります。
これは学説も判例も割れていて、「民法総則がすべての上位に来るのだからできる」という考え方と、「手形は転々譲渡されることが予定される以上、無効取り消しは原則できない」という考え方(取引の安定性を重視する考え方)、さらにその折衷的な考え方等いろいろあります。
判例も、手形取引自体が平成に入って数が減ってきたという事情からほとんど存在しないのが実情で、この部分は何とでも読めてしまいます(何が正解か、というのは、学説も割れる以上、正解はないが、映画内では一つに定めないと混乱する)。
------------------------------------------------------
この映画、まぁ、弁護士の方等が見ても(みないと思いますが…)まぁ「ネタ枠だから」ってあまり気にしない方もおられると思いますが、法律系資格の持ち主だと気にする人もいますし、「抵当権」や「登記簿」(の権利部の登記の順番)といったマニアックな語句が出てくる割に説明は何もないので、正直「誰がわかるんだろう?」というレベルになってます(どう譲歩しても、法学部の学生さんの1~2年生レベルの知識はないと詰まります)。
この映画、1話と2話はもう大阪市では放映されていないのですが、1話、2話もこんな感じだったんでしょうか…。
(参考/お金のやり取り(弁済など)を手渡しで行っているのはなぜか)
・ まぁ、実際問題、「あまりにも真っ黒すぎるお金は銀行が扱ってくれない」という実際上の問題もありますが、改正民法も実は関係してきます。今ではお金のやり取りは手渡しより銀行振込が多くなりました。
しかし、2020年の改正民法では次のような条文が追加されています。
----
(474条) 債権者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってする弁済は、債権者がその預金又は貯金に係る債権の債務者に対してその払込みに係る金額の払戻しを請求する権利を取得した時に、その効力を生ずる。
---
この条文は制定されてからまだ4年と短いのですが(2020年の大改正のときにできたので)、「払い戻しを請求する権利を取得した時」が何を意味するのかは判例が何もありません。つまり、メンテナンスや銀行のATMトラブルがあった場合、「入金はできたが出金はできない場合、弁済したことになるのか」という問題が発生します。
そして「魔の419条」という恐ろしい条文が待っています。
---
(419条の3) 第1項の損害賠償(←金銭債権に関すること)については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない。
---
要は、AがBにお金を借りていて、Aが返す日になったのでATMに行こうとしたら「日本超大震災」が起きてATMも何も使用できなくなったとしても、Bは「金返せ」と「常に」いうことができます。「不可抗力を持って抗弁することができない」からです。この条文は以前からあり、阪神大震災や東日本大震災等を経験した日本では、この419条(1~3まで)はこのような大震災級のときには解釈を修正する必要があるのではないか、という点が実際に議論されています。しかし、「金銭債権は理由が何であろうと返してもらわないと困る人が実際に出るから」ということから見直しは行われていません。
このため、新設された474条と従来の419条の組み合わせで「入金したのに銀行のATMトラブルで相手側が出金できない、何とかしろ」と言われた場合、相手側はどうしようもなくなってしまいます(大震災であろうが何であろうが履行遅滞は免れません)。このように、「銀行振込」はこのような「怖い論点」があるので、この映画のように「超大金すぎるケース」では、この「銀行振込のトラブル」を避けるため、手渡しになるわけです。