「記者たちの執念、権力の宿痾を斬る」SHE SAID シー・セッド その名を暴け ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
記者たちの執念、権力の宿痾を斬る
「パルプ・フィクション」「恋に落ちたシェイクスピア」「グッド・ウィル・ハンティング」……ワインスタインがプロデュースした作品は、皮肉なほど名作が多い。ヒット作は金を生む、そしてその才能には権力がついて回る。
ワインスタインの犯罪をニューヨークタイムズがすっぱ抜くその瞬間までの、記者の地道な取材と被害女性の葛藤や決心を描く本作。報道後のMetoo運動などの劇的な社会の反応などは周知のことだからか触れないが、そこに至るまでの関係者の心理の動きやワインスタインとの応酬などは、比較的淡々とした描写でありながら地下でたぎるマグマのような緊張感がある。ラストの出稿直前は、見ているこちらもどきどきした。
被害女性には不利な条件で示談契約書を書かせ金を渡し、身辺調査で弱みを把握して口封じ。意向に沿わないものは業界から締め出し、権力にものを言わせ報道も訴訟も潰す。映画や時代劇でしか見かけない、そんな巨悪が実在した。女性側も嫌だとは言ってなかったし、などと言い訳したらしいが、本気でそう信じているならここまで徹底的に事実を隠すような発想には至らないだろう。
取材活動の中心にいたミーガンもジョディも幼い娘を持つ母親だ。被害者と同じ女性としての正義感とともに、娘が生きる未来がワインスタインのような存在を黙認する社会であってほしくないという、強い願いがあったに違いない。
男性による女性への性犯罪という構図ではあるが、根底にあるのは権力の横暴と、それを許す法律の脇の甘さだ。男対女という単純な図式だけで語れる問題ではない。スクープに協力する男性の存在や、ニューヨークタイムズ社内の男性の闘う姿勢も描かれている。
制作総指揮のブラッド・ピットは、グウィネス・パルトローと付き合っていた当時彼女からワインスタインによるセクハラを聞かされ、彼に直接「俺の彼女に二度とあんなことをするな」と啖呵を切ったそうだ。
ワインスタインの醜悪さも見せられたものの(中盤にあった、被害女性との会話の録音音声はもしや本物?)、記者の覚悟や執念が物語の中心になっていてよかった。キャリー・マリガンとゾーイ・カザンのバディっぷりが自然で親近感があって、それでいて頼もしい。パトリシア・クラークソンが演じた上司のレベッカは毅然としていてかっこよかった。
一方、被害女性が多いので仕方ないが、それぞれの女性の描写が断片的な印象があり、20年以上黙っていたことを話そうと決心した契機が、人によっては分かりにくい場面があった(アシュレイ・ジャッドなど、一部本人がキャスティングされていたのはすごい)。
それと、ジョディがイギリスにあるロウィーナ・チウの家に行った時、本人が不在なのにワインスタインの行為を知らない夫に彼女の過去を話したシーンだけはかなり引っかかってしまった。いや、本人隠してたのに夫にぺらぺら話すってアリなの?結果オーライではあるけどさ……その辺はちょっと残念。
68歳で禁固23年を言い渡され、その後も別件で裁判が続いているワインスタインは、もう娑婆で悪事をすることはできないだろう。その後のMetoo運動で、彼のような人種は「前時代の悪弊」として一掃されつつあるようにも見える。
しかし、権力の周辺に驕りや腐敗が生じやすいのは、人間に心の弱さがある限り普遍的なことだ。どのような業界でも組織でも、決定権が集中する場所には、情報の風通しのよさと異論に耳を傾ける土壌、権力を持った者の恣意的な振る舞いを抑制する仕組みが必ずなければならない。
ワインスタイン後にそういう社会になったのか、その状態に近づけるべく自分自身に何が出来るのか。そういったことをあなたも考えて欲しいと、この物語から投げかけられている気がした。