「最高の散り方」春に散る ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
最高の散り方
物語自体はオーソドックスだ。判定負けでボクシングを引退し長年渡米していた老いた元ボクサー広岡のもとに、あるきっかけから弟子入り志願の若者翔吾が現れる。トラブルや葛藤、広岡の病状の悪化などがありながらも、やがて二人は世界チャンピオン中西との試合に臨む。
登場人物の環境の変化についての描写は、時に意表をつかれるほど淡々としてさりげない。一方、手に汗握るリアルなボクシングシーンが、翔吾の葛藤や成長、ライバルたちの人間性までも語り、このシンプルなドラマに命を吹き込んでいる。
広岡と翔吾の、互いに与え合う対等な関係がいい。広岡は翔吾にボクシングを教えたが、翔吾は広岡が若い頃に諦めた夢、ボクシングへの情熱を再び与えているように見えた。
生き急いでいるように見えるほどのひたむきさを持った翔吾のボクシングは、刑務所あがりでやさぐれていた次郎や、怪我のリスクを抱えて試合に臨むことに批判的だった令子までも変えてゆく。
夏の章からの幕開けと「春に散る」というタイトルは、この物語が単純な、何も失わないハッピーエンドではないことを予感させ、そのことがクライマックスの世界チャンピオン戦の緊張感をいっそう高めている。
でも、ある意味これ以上のハッピーエンドはないのではないだろうか。広岡も翔吾も、胸にくすぶっていた炎を燃やし尽くしたのだから。全くレベルの違う人生なので簡単に言うのは恐縮だが、私もこんなふうに散りたい。そう思わされる清々しいラストだった。
キャスティングに、本物のボクシングを撮りたいという思いを感じた。
優れた指導者に贈られるエディ・タウンゼント賞受賞歴があり、「ケイコ 目を澄ませて」でもボクシング指導をした松浦慎一郎(翔吾の所属するジムのトレーナーとして出演)をボクシング指導・監修に配した。片岡鶴太郎はプロライセンスを持ち、セコンドの経験もある。窪田正孝は2021年の映画「初恋」でボクサーを演じて以来、プライベートでボクシングジムに通っている。尚玄はボクサーの映画の企画を自ら立ち上げ、主演したことがある。
横浜流星は期待通り素晴らしかった。本作の出演をきっかけにプライベートでもボクシングを始め、6月にプロライセンスを取得したというからすごい。ひたむきさと危なっかしさ、隠していても覗く母親への愛情。失明のリスクを負ってもなお、力の限り今を生きようとする翔吾がそこにいて、リングサイドで思わず応援したくなる、そんな気持ちになった。翔吾が何故、広岡の枯れた心に火を着けることができたかよく分かる。
窪田正孝は、役に合った表情の変え方がとても上手い。「ある男」で誠とその父親の二役を演じた姿を見たが、ほんの数分映った犯罪者である父親の姿の時、誠と打って変わって殺気立った目つきがとても印象的だった。
本作では、不遜な態度でつかみどころのない雰囲気の世界チャンピオン大西という役どころ。翔吾との対戦が決まった後、大西が翔吾のジムにふらりと現れて帰りしな車に乗る時、挑発してきた翔吾に向けた視線の鋭さにはっとした。個人的に、彼の近年の出演作では朝ドラ「エール」での繊細な作曲家役が彼の演技の振れ幅の対極として印象深く、大西に化けた彼の凄みを余計に強く感じた。
孤独なトレーニングに耐え、負ければ相手に敬意を払える、単純なヒールではない大西の描かれ方もよかった。
作品全体を引き締めるのはやはり佐藤浩市の存在感だ。冒頭、不良に絡まれた時の動きは初老の元ボクサーとしての説得力十分。夢に挫折し、人生の終わりを目の前にした男の諦念を漂わせつつも、横浜流星とは異質ながら向こうを張る華があり、広岡という人物に惹きつけられた。
意外とアバズレの似合う(褒め言葉)坂井真紀、くりっとした透明な瞳で佳菜子の虚無感も生気も表現した橋本環奈、ちょっと出てきただけでろくでなし男としての生々しさがすごい奥野瑛太もよかった。
窪田正孝は憑依型の天才的な俳優だと私は思います。
でも、主役だから当たり前ではありますが、本作はやっぱり横浜流星のエネルギーですね。彼の役に対するストイックさが本作のボクサー役にハマっていたと思います。
春に散るとは違った演技が見られて台詞や言い回しが古くて面白かったストーリーでした。ボクシングジムに通っていることを初めて知りました。
役柄により、変わる演技を見ることが出来ると
面白さが増してくると思いました。