劇場公開日 2023年3月3日

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「スピルバーグのファンなら120%楽しめる」フェイブルマンズ ありのさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0スピルバーグのファンなら120%楽しめる

2023年3月6日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 幼い頃の映画との出会い、夢中で撮った8ミリ映画、両親との関係、学園生活や初恋、映画人との出会いなどが、150分という時間の中にみっちりと詰め込まれており大変見応えのある作品になっている。一人の少年の夢への希望、葛藤と成長を過不足なく描き切った手腕は見事で、改めてスピルバーグの無駄のない語り口には脱帽してしまう。唯一、母親が別居を切り出すシーンに編集の唐突さを覚えたが、そこ以外は自然に観ることが出来た。

 また、あれだけの巨匠であるのだから、やろうと思えばいくらでもマニアックに自分語りができるはずであるが、そうしなかった所にスピルバーグの冷静さを感じる。確かに彼の”私的ドラマ”であることは間違いないのだが、同時に夢を追い求める若者についてのドラマとして誰が観ても楽しめる普遍的な作品になっている。

 ファンの中にはハリウッドで成功を収めていく過程をもっと見てみたかったという人がいるかもしれない。そのあたりは資料を探ればいくらでも見つかるので別書を参照ということになろう。とりあえず本作ではスピルバーグの人格形成や家庭環境、映画界に入るきっかけといった草創期に焦点を置いた作りになっている。

 とはいうものの、自分もスピルバーグの映画をリアルタイムで追ってきたファンの一人である。やはり幼少時代の映画との出会いや、仲間と一緒に8ミリカメラを回して自主製作映画に没頭するクダリなどは、特に興味深く観れた。後の「激突!」や「未知との遭遇」、「プライベート・ライアン」等の原点を見れたのが興味深い。
 また、両親の不仲や暗い学園生活、ユダヤ人であることのコンプレックス等、プライベートな内容にかなり深く突っ込んで描いており、スピルバーグの人となりが良く理解できるという意味でもかなり楽しめた。

 そしてもう一つ、ただの映画賛歌だけで終わっていない所にも好感を持った。
 映画は人々に夢と希望を与える娯楽であるが、時として大衆を先導するプロパガンダにもなるし、心に深い傷を植え付けるトラウマにもなるということをスピルバーグは正直に語っている。

 例えば、サミーは8ミリカメラで家族のプライベートフィルムを撮影するのだが、そこには映ってはいけないものまで映ってしまい、結果的にこれが平和な家庭生活に亀裂を入れてしまう。映画に限らず映像メディアが如何に罪作りな側面を持っているか、ということを如実に表したエピソードのように思う。
 あるいは、彼は高校時代の思い出にクラスメイトが集うイベントを撮影して、それを卒業のプロム会場で上映する。ところが、これが周囲に思わぬ物議を呼んでしまう。これも映画は編集次第で誰かを傷つける”凶器”になり得る…ということをよく表していると思った。

 デビュー時こそエンタメ路線で次々とヒット作を飛ばしたスピルバーグであるが、ある頃から彼は社会派的なテーマを扱うようになった。世間ではオスカー狙いだのなんだのと言われていたが、決してそれだけではなかったように思う。彼は映画が人々に与える影響力の大きさということを信じて疑わなかったのだろう。
 観終わってすぐに内容を忘れてしまう映画もあるが、良くも悪くもいつまでも心に残っている映画もある。そんな映画が持つ功罪を、スピルバーグはこの青春時代に身をもって知ったのではないだろうか。彼の作家性の基盤はすでにこの頃から培われていたのだと思うと、本作は更に興味深く観れる作品である。

ありの