「これがつまらないと思う人は恐らく体のどこかが痛んでいるのでホカンスじゃなくて年末年始に温泉で湯治に専念した方がいいです」ハッピーニューイヤー よねさんの映画レビュー(感想・評価)
これがつまらないと思う人は恐らく体のどこかが痛んでいるのでホカンスじゃなくて年末年始に温泉で湯治に専念した方がいいです
舞台は年末に向けて忙しくなってきたソウル市内の高級ホテル、エムロス。自宅のボイラーが故障してスィートルームに社員割引で長期滞在することにしたホテルの若きCEOヨンジン、その部屋の清掃を担当することになったミュージカル女優志望で新人ルームメイドのイヨン、マネージャーのソジン、ドアマンのサンギュ、ホテルでクリスマスライブを予定しているシンガーでDJのイ・ガンらはクリスマスと大晦日に向けて淡々と自分達の役割をこなしているが、公務員試験に落ち続けた上に彼女にも捨てられて自暴自棄になって全財産を叩いてやってきたジェヨン、ホテルのレストランで何度もお見合いを繰り返すも全然相手にされない整形外科医のジンホ、娘の結婚式に参列するためにやってきた未亡人キャサリンといったゲスト達が持ち込んだ小さなドラマに向き合うことで思いも寄らぬ大きな物語が動き出す。
とにかく登場人物が多くて、他にも大手芸能事務所からイ・ガンを引き抜かれそうになっている苦悩するマネージャーのサンフンや、ある日廊下で見かけたフィギュアスケーターの同級生アヨンに心を奪われる水泳部員でイヨンの弟のセジク、イヨンと昔バンドをやっていた仲間でイ・ガンがDJを務めるラジオ番組のプロデューサー、スンヒョといったキャラクターがとにかく色んなドラマを転がしますが、そのどれもが切なくて愛おしくて瑞々しくて舌足らず。そこにあるいくつもの苦悩や葛藤が化学反応を起こして盛大な笑いや涙を誘いながらゆっくりと足取りを早めて、ヨンジンがあらゆることで偶数に拘る強迫観念に駆られていたり、ホカンスを満喫した後大晦日に自ら命を絶とうと考えているジェヨンが毎朝モーニングコールに癒されたりといったサイドストーリーを伴って大晦日に向けて駆けていく。その疾走感に胸を掻きむしられます。
138分と何気に長尺ではありますが、実はティーンエイジャーからシニアまでバラエティに富んだ恋愛オムニバスを一歩間違えるとクサくなりそうなところを絶妙なテンポとセンスで軽やかに回避しているので尺は全く気になりません。この辺りはクァク・ジェヨン監督の力量かと。メインロールはホテルの実務を実質仕切っているマネージャーのソジンを演じているハン・ジミンで、彼女の魅力が本作最大のポイントだとは思いますが、個人的に一番心を動かされたのはルームメイドのイヨンを演じるウォン・ジナ。仕事や通勤の合間に優雅に歌い踊ったり少年のために街路樹に絡まった風船を取って上げようと奮闘したりといったキュートな挙動も素晴らしいし、夢がなかなか実現出来ず非正規雇用で働くヤングケアラーでもある彼女が思わずCEOのヨンジンに放つ言葉が『トラック野郎 激走一番星』でボルサリーノ2こと田中邦衛が放つセリフと同等の怒りを帯びていて胸に深く突き刺さりました。そしてもう一つ圧巻なのは未亡人キャサリンの恋。シニアの恋物語はえてして湿っぽくなりがちですがここにはそれが一切ない。断片的にしか語られない悲恋の後にやってくる画期的に斬新なのに古典的な香りがする展開にアラフィフ、アラカンは号泣です。