「可哀想な王様、その他大勢でしかない友人たちと逆差別」ウィッシュ mneさんの映画レビュー(感想・評価)
可哀想な王様、その他大勢でしかない友人たちと逆差別
2回吹替で観ました。
とにかくマグニフィコ王が可哀想。
願いは「国民自ら」「忘れてしまうことも、月に1つずつしか叶えてもらえないこと」も承知の上で差し出したのに
しかもその上でみんな(サイモンみたいな例外はいるとしても、「ようこそ! ロサス王国へ」で歌われているように概ね)幸せに暮らしてたのに
ちょっと不安要素が出てきたら急に手のひら返して王を責め出すの、「なんて無礼な恩知らずめ」って言いたくなるのも当然かと
去年は2個もおまけしたのに!
確かに禁断の書に手を出してからの王は国民の願いを壊すわ、その力で国を支配しようとするわで最悪だけど、これはあくまで本のパワーに取り憑かれてしまったからだし
そもそも禁断の書に手を出すまで追い詰められたのも「ロサスが危険だ!」という思いからだし、それも一度はアマヤの声かけで思いとどまったし……
ただの一国民であるアーシャの父のこともよく覚えてたし、叶える願いを取捨選択してたのだって私利私欲じゃなく「ロサスのため」だし、彼が平和に固執するのは自分が経験した悲劇(タペストリーを見た感じアマヤとの間に子どもがいたのかな?)を二度と国民に味わせないためだし
道を誤って暴走したのは間違いないけど、国民をのことを第一に考える王様だったことも間違いないと思う
なのに最後は杖に閉じ込められて地下牢行き、国民はほぼ何もしてない女王を讃え、しかも禁断の書の支配は不可逆……
せめて「しばらく地下路で頭を冷やしていなさい」ぐらいにできなかったのか
国全体として「感謝してるけど暴走は許せぬ」じゃなくて、一気に手のひら返して彼を100%悪者扱いするのが可哀想でならない
今まで彼の努力を間近で見ていたはずの王妃様まで……
マグニフィコ王のおかげでなんだかんだ楽しくやれてたんじゃないの? 王妃様はアーシャたちのところに向かうよりも、夫に縋りついてでも止めるべきじゃなかったの?
彼だって「スター」の一人じゃないの? 一度道を踏み外したら二度とその輪には入れてもらえないの?
「マグニフィコ王」でGoogle検索したら「可哀想」「かわいそう」と候補が出たから同じことを思ってる人も少なくないはず。
誰よりも願いを叶えるために努力してきたのが彼だろうに。「おんぶに抱っこで暮らしてきた自分たちも悪かったよね」って結論にはならないんだろうか。
それ以外のところだと、「アーシャの行動理由の弱さ」と「全体的なキャラの薄さ」が気になるところ。
そもそもアーシャの「私の祖父は100歳まで待ったんだから願いが叶わないなんておかしい!」って考えがおかしいし、キャラクターもここ最近のディズニーのテンプレート通りの「明るく優しい、ちょっとうっかりだけど強い意志と行動力を持った女の子」でしかない。
サビーノの意見を無視して行動するし、迷いもせず自分の家族の願いを最優先で持ち出そうとするし(サイモンのは? 他のみんなのは?)、どこが「優しすぎる」んだろう。
家族は連れて逃げたけど、自分のせいで友人が危険に晒されるかもみたいな心配は一切しないし。
アーシャの友達も7人のこびとをモデルにそれぞれ設定されていることはわかるけれど、それによって物語への関わり方がさほど変わるわけでもなく、あくまで一括りに「アーシャの友達」でしかない印象。
特に「アジア人で、眼鏡で、障害者で、優しく賢い大親友」のダリア。
ここまで要素を盛っておいて、それらがなんの働きとしないという……まぁそれでこそ今時の「ポリティカル・コレクトネス」なのかもしれないけど。
障害がある人にもちゃんと仕事があるロサス、いい国だよね。
クッキー踏み潰すの酷すぎる。
Twitterで見かけた「ダリアの病気を治してほしい、って願いをアーシャの原動力にした方がよかったんじゃないか」という意見に賛同。
全体的に彼らの友情の描写が少なすぎる印象。どういう仲間なのかよくわからないし、そこまで信頼し合っている感じもないし……
何よりも「顔のいいやつはやっぱりダメだ。だからオレはお前らとつるんでるんだ」みたいなセリフがあまりにも直球の逆差別でびっくり。
「魔法がかかると草木も動物も人間の言葉を理解して歌い出す」辺りの「人間中心主義」といい、やっぱりディズニー様の人権意識はどこか歪だよなぁと感じることがしばしば。
とはいえ生田さん福山さん初め吹替の皆様の歌声は素晴らしく、映像もとても綺麗で、2回観たことを後悔することはない素敵な作品ではありました。
皆さんおっしゃっているように、100周年記念のショートムービーも最高!
なんだかんだ言いつつ、これからの作品も楽しみです。